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空席の護衛騎士(6)sideラルド

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 *****
 
 
「ホント、ラズ様って凄いですよね~。怖いもの知らずっていうか…あのクオーツ様にあんな態度取れるの、この世にあの方だけですわ」
「……そうですね」
 
 
 ラズ様とクオーツ様が居るメインルームに続く控えの間。
 中の様子は見えないながらも音声だけは聞こえてくる、そんな場所でマリン殿と二人、息を潜め待機していた。
 
 本来はこんなはずでは無かった。
 
 筋トレで流した汗を拭ってもらおうとタオルを手にラズ様が待つ部屋へ戻ると、そこには先程まで不在であったクオーツ様がいらして――その光景は臣下が容易に見てはいけないものだ、とすぐさま判断すると外で待機する、と言って咄嗟に開いた扉はまさかの外に繋がる物では無かった。
 一度閉じた扉を開いて再びあの部屋へ戻る事などできるはずもなく、仕方なく様子が落ち着くまでマリン殿とその場で待機し、今に至る。
 
 
 会話は全て聞こえていた。
 
 国王とその王妃、アルファとオメガで運命の番。国民からは理想の番と敬われるお二人の実態は、知る人ぞ知るクオーツ様の一方通行気味だということ。
 出会った瞬間、運命を感じたクオーツ様がドン引きする勢いでラズ様のもとに通い、囲うように王城へ召し入れあれよあれよと番になった。
 
 私は、その過程を近くで見てきた者の一人。
 
 だから知っている、本人すらも気付いているか怪しいラズ様の気持ちの変化。
 
 
 知り、理解していたはずなのだが―――
 
 
「……ラルド様。ラズ様お付の先輩として、ひとつ俺からラルド様にアドバイス――というか、もはや忠告ですかね、それを今からします」
「はい、なんでしょう」
 
 
 じーっと私の顔を眺めていたマリン殿がそう話を切り出すのに耳を傾ける。
 
 
「ラズ様付きになるという事は、今後も陛下とのこういう場面をよく見聞きする事になると思います。
 ……てか絶対なります。俺も何度も遭遇して無駄に空気になるスキルばっか上がってますもん。なので、耐性をつけてください。一々気にしてたら気力が持ちません。今のラルド様、ご自分がどんな表情しているか自覚あります?」
 
 
 それは暗にラズ様への気持ちを呑み込め、と言われているかのようで内心ハッとした。
 
 実際のところ、この方がどの程度ラズ様との関係をご存知か正確には把握出来ていない。
 我が家が代々ラズ様の家系に仕える者だという事くらいは貴族社会を齧っていればわかる事だろうが、幼少期直接世話係をしていた事実を知る者は多くは無い。
 もしかしたらラズ様から話を聞く機会があったかもしれないが、私とマリン殿では直接会話をする機会は数える程しかなかった。
 その為、私もマリン殿の事はラズ様に長年傍で仕える方で双子のご兄弟がクオーツ様の側近をしているという情報くらいしか知らない。
 そんな薄い関係の方でも察する事が出来るくらい私の感情がダダ漏れなのだとしたら――気を引き締めなくてはならない。
 
 今まで以上に近くで過ごす事になるのだから尚更。
 
 
「……ご忠告痛み入ります」
「ラズ様の事が大好きな気持ちは悪いことじゃないです。俺も、ラズ様大好きなんで。だけど、あの二人は運命だから――やっぱり外野は入れない二人の空気感ってあるんですよね~。それを目の当たりにしてラルド様が辛くならないといいな、って先輩としてちっと心配。……なんて年齢も場数の経験も断然若輩者が余計なお世話かもしんないですけど」
「いえ……お気遣いありがとうございます」
「まっ、いつでも愚痴は聞くんで、分野は違えどラズ様付きの同僚として今後ともよろしくお願いしますね~。あ、ちなみに俺クオーツ様と同い年で、ラルド様ともそう歳は離れてないっすけど、年下なんで俺に対して堅苦しい言葉遣いはいらないです立場も下だし」
 
 
 「タメ口でどうぞ!」と、にっと笑うマリン殿。その笑みを見ていれば、世話係という立場以上に友人に近い気安さで彼を慕うラズ様の気持ちが少し理解出来た気がした。

 ふぅ…とひとつ息を吐き、気持ちを整える。
 
 
「空席だった王妃専属護衛騎士という誉に恥じぬよう全身全霊ラズ様をお守りする。その為には我々の協力は必要不可欠だな。今後ともよろしく―――マリン」
「わぁ…」
 
 
 差し伸べた手と私の顔をぱちくり、と何度も交互に見比べながら「ラズ様が推す気持ちわかるわぁ…」なんて呟きおずおずと握り返してくるマリンの苦笑にこちらもふっと笑みをこぼした。
 
 
 ラズ様の幸せを願うのは私だけでは無いと今日一日そばに仕えてよくわかった。
 彼の周りにはラズ様を想い見守る温かい人々が大勢いる。これも全てラズ様のお人柄の良さが成せる事。
 
 遠くから見守るだけではわからないそんな内情を知れただけでも護衛騎士になれてよかったと、心より思う。―――反面、
 
 
『―――死ぬ時は一緒だ』
 
 
 そんな言葉を私が貰えることは一生ない。
 前世でも、今世でも。
 
 この報われない想いがいざラズ様をそしてクオーツ様をお守りする判断の邪魔とならないよう、誰にも触れられない心の深く奥底に沈め続ける。



「ラルド様、そろそろ行きましょ~」
「あぁ」



 これまでも、これからも、ラズ様の前でなんともない顔をして過ごしていく。
 
 
 
 
 
 空席の護衛騎士 -END-
 
 
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