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空席の護衛騎士(5)
しおりを挟む「な、なに――」
突然噛み付かれたという状況に目をシロクロさせるクオーツに容赦なく、「いいかよく聞けぇっ」と捲し立てる。
「お前が僕を“私のモノ”って言うのが気にくわない。間違えないでくれる?お前が“僕のモノ”だから!毎日毎日屋敷にやって来てしつこいくらい泣いてすがるお前を仕方なくもらってやったの!そのこと忘れんな!項のそれはラズ様のモノっていう証!消えたらまた噛み付いてやるから言え!」
ビシィッと人差し指を突き付け言い切った。
ふんっふんっと鼻息荒くクオーツの反応を待っていると、ぽかんと僕を見つめていた――かと思えば次の瞬間、ガバッと胴体に抱き着いてきた。
抱き締められる、じゃない、文字通り抱き着かれている。
「うぉっ」
「ラズ――私はキミのモノ、キミの所有物」
「……ん?なんか方向性違う気がするけど…まぁ、そーだな、うん」
「嬉しい」
胸に顔を埋め、旋毛しか見えない番にふっと苦笑をもらし、頭をぽんぽんっと叩いて撫でる。
この国の民はみな、国王クオーツを完全無欠な人間だと思っている。だから、番に抱き縋る国王のこんな姿を一体誰が想像できようか。
僕だけが見る事の出来るクオーツの完璧じゃない姿。番の特権。
「あんま思い詰めないでよ。お前が変だとこっちも調子狂う」
「……ごめん、いつも通りのつもりだったんだけど、ラズにはお見通しだね」
「番なめんな」
デコピンならぬ旋毛ピンをかましてやると、いまだ胴体に抱き着いたままふふっ、と笑う穏やかな振動が心地いい。小さな子供を相手にするようによしよし、なんて頭を撫で続けていると、ぽつりと呟かれたクオーツの言葉にその手はピタッと止まった。
「―――キミのためなら死んでもいい」
「ダメ、生きて」
なんで、こうも僕の周りの人達は簡単に命を投げ出そうとするのか……
出そうになるため息をぐっと呑み込んでいると、そんな気配を察したのか途端抱きつく腕の力を強めるクオーツ。別に離せとは言いませんけど…なんて思いながら、また項しか見えなくなったクオーツの後頭部をじーっと眺めるが、それも早々に見飽きた。
埋もれる両頬に手を伸ばし、そっと持ち上げ視線を合わせる。
「約束、僕より先に死なないで。お前は一国の王なんだから、背負うものの大きさを考えろ」
「……私もラズに置いていかれたくない」
「やー、それは…」
「ラズのいない世界で私が生きる意味なんて無いよ」
「ぐっ」
一旦は取り戻したと思ったクオーツの目から再び光が失われようとしている。
こいつ、こんなにも闇属性だったか!?
「~~っ、わかった、わかったから。じゃあ、僕たち死ぬ時は一緒な」
「!うんっ」
あぁ…これは、だいぶはやまった約束をしてしまったかもしれない……。
「ラズ、ラズ…好き、大好き。大好きなラズのモノになれて私は幸せだ」
「……はいはい」
まだ先のどうなるかもわからない未来の約束ひとつで、ぱぁぁっなんて、効果音が聞こえてくるくらい顔を輝かせ嬉しそうに笑うクオーツを見ていたら、まぁ、いいか、なんて思ってしまう。
この約束が、のちの命運をわける大きな分岐点になろうとは、この時の僕は知る由もない。
とにかく今は、番が道を踏み外さず幸せそうに笑っている、それだけで100点満点だ。
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