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王の側近
しおりを挟む「……」
「トール、どうかしたかい?」
立場上、常に周囲に気を張る私の主――クオーツ様は、腕利きの騎士にも全く引けを取らない察知能力を持ち合わせている。
今も、私の動きがワンテンポ遅れただけで書類を書く手を止め、そう尋ねてきた。
本当に、よく周りを見ていらっしゃる。
◆◇◆◇◆
本日のクオーツ様のスケジュールからして、朝から一日執務室にこもりっきり。
その為、丁度事務作業にも飽きてきた頃だったのだろう。
完全にペンを置き、すっかり話を聞く体勢のクオーツ様の様子からこれは言わなければ先に進まないとすぐさま察する。
さっさと報告して作業に戻ってもらわなくては――その手元と横に積み上げられた書類たちは今日中に王のサインが必要なものばかりだった。
顔を青ざめさせた臣下たちが扉の外で待っているのが目に浮かぶ。
「ほら、話してごらん」
机に頬杖をつき、にこにこ待っていらっしゃる。
そんな大層なことでは無いのに……。
はぁ、と一息を吐くと今さっき飛んできたことを報告した。
「――マリンが、ラズ様に話したそうです、私たちの力のことを」
「あぁ、なるほど」
それだけです、で話を終えようとしたがクオーツ様はそれだけでは終わらせてくれなかった。
頬杖はそのままに、何もかも見透かしたような落ち着いた笑みを向けてくる。
「心配?」
「何が、でしょうか」
不意の質問に答えが見つからなかった。
「おや、無意識?難しそうな顔をしてるけど」
「それは――無意識でした」
「そっか。いつにも増して表情硬いから、マッサージしなさい」
ほら笑って~と伸びてきたクオーツ様の指が無理やり口角を上げてくる。
「……やめてくらひゃい」
「無表情だなぁ、トールの表情筋はマリンが持ってったんだね」
「ですね、同じ顔なのに不思議です」
「あははっ自分で言う?」
そんなに面白かったのか、しばらく笑い続けたクオーツ様は目に浮かべた涙を拭いながら「で?」と話を戻してくる。どうやら終わってなかったらしい。
「ラズに知られた事がそんなに心配なのかい?」
「何でしょう……心配、とは違うのですが……あの方に嫌われたく無いな、と私もマリンも思いはします。それもあってこれまで知らせずにいました」
「ふふ、ラズはみんなに愛されているなぁ妬けてしまうよ」
そうクオーツ様に言われてから今の自分の発言は大分不遜な発言であったと気付く。
「あ、いえ、そういう訳では――申し訳ありません」
「いい、いい。大丈夫。お前達双子にはラズを大好きでいてもらった方が安心して任せられる」
「……はい、ラズ様には常に笑顔でいていただきたいです」
自分がラズ様と関わることは稀だが、マリンからよく伝わってくる。顔を合わせば「聞いてよトール、今日もラズ様――」とマリンの口からラズ様の名前が出ない日は無いくらい、楽しそうに話している瓜二つの双子の弟。
そんな明るい弟のいまの性格はラズ様のおかげ。
そして、そんなラズ様と出会わせてくださったクオーツ様のおかげ。
思い出したくもない幼少期。
双子は不吉という古い考えが根強く残る村の集落で散々な目にあいながら、気付いた頃には親に捨てられ私とマリンの二人だった。
生きるのもやっと、明日を迎えれるかどうかの瀬戸際、そんな人生だった私達双子が、巡り巡って今では王の側近トールと、王妃の世話係マリンとして今日を生きている。生きる意味を与えてくれる、太陽そのものみたいな方達の元で。
「決してラズはお前達のことを気味悪がったりしない。お前もマリンも、傷付くようなことはしない優しい子だよ」
「……はい」
ラズ様の事を語る時、必ずクオーツ様の口調はいつにも増して優しさを帯びる。その声を近くで聞けるのが密かな私の幸せ。
お二人の幸せが私達双子の幸せ。
「だから気に病むことは無い。今まで通り普通に接しなさい。もちろん、私にも。お前の力はとても役に立つからね」
「ふふ、はい」
ふっと自然に漏れた笑みをこぼしながら、心の底から返事を返した。
私達双子は、クオーツ様とラズ様に一生尽くして生きていく。
返しても返しきれない恩がいつの日か返し切れるその時まで―――
「―――あ、クオーツ様、ラズ様から伝言があるそうです」
「ふふ、早速あの子は面白がってマリンに力を使わせているんだね。なんだって?」
「アホバカクオーツ外出禁止解除しろ――との事です。申し訳ありません、ありのままをお伝えする為不遜な言葉を吐きました」
「……いいよ、トールは悪くない。そうだな、返事は――私の帰りをいい子で大人しく待ってなさい、と伝えて」
「……承知いたしました」
王の側近 -END-
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