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一泊二日の遠征(16)

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 そうこうしているうちにテントの幕が捲られ、中へ入ってくる人の気配がした。
 
 布団の中で響く心臓の音がバクバクうるさい。
 
 
「おはよう、ラルド」
「おはようございます、朝食の準備が完了しておりますのでご支度が整いましたらいらしてください。お食事の間にこちらのテントの撤収作業をさせていただきます」
「――だそうだ。ラズ、騎士達を待たせているから早く支度しなさい」
「……ひゃい」
 
 
 観念してもぞりと起き上がり、頭に残った布団で半分隠れた視野に映るラルド様のおみ足に向けぺこりと挨拶を送る。
 
 
「……おはようございますラルド様」
「おはようございます、ラズ様」
 
 
 あんな醜態を晒してしまったにも関わらず、変わらない態度で返事をくれるラルド様がもはや神様としか思えない。
 
 
「そうだ神様だった…僕はラルド教の信者…お布施お布施…」
「ラズ、寝ぼけてないで準備なさい」
「ひゃい」
 
 
 もう脳内パニクりすぎて自分でもわけがわからん。
 
 
 
 
 数名の団員からギクシャクとした空気を感じつつ、なんだかんだお腹がすいていたこともありペロリと朝食を食べ終えると、出発までもうしばらく時間がかかるとのこと。
 クオーツは各所からの報告を受けていたり、マリンは僕たちの荷物を整えるのに忙しそうだったりで一人手持ち無沙汰にしていると、不意に木と木を俊敏に移動する小動物を目撃した。
 最初はその動きを目で追うだけで我慢していたが、次第に小さくなっていく姿にフラフラ立ち上がるとその後を追いながら森の中をお散歩して準備が整うのを待つことにした。
 
 
 軽く一人で、のつもりだったのに―――
 
 
「あの、僕一人で大丈夫なので……」
「何かあってはいけないのでご一緒させてください」
「でもラルド様も忙しい……」
「クオーツ様からラズ様に付くよう仰せつかっております」
「ぐぬ……」
 
 
 普段であればラルド様と二人っきりでのお散歩なんて、万歳三唱スキップまでしてしまうご褒美シチュエーションであるのに、今はただただ気まずい。
 僕が話しかけなければ喋らない無言の空気がとにかく気まずすぎる。
 
 
「……懐かしいですね」
「え……?」


 そんな気まずい空気に気をつかってくださったのか、珍しくラルド様の方から話しかけられ一瞬反応が遅れた。


「昔はこうやって、あなたの後ろについてお散歩するのが日課でした」
「……そう、だね」
 
 
 幼少期ラズのお世話係をしてくださっていた時も、前世翡翠の付き人をしてくださっていた時も、あなたはこうやって僕の後ろを見守ってくれていた―――
 
 
 
『翡翠様、走ったら危ないですよ』
 
『だいじょーぶー転んだらお前が抱き起こしてっ』
 
『前を見てっ前!』
 
『っぎゃ!』
 
『あぁ言わんこっちゃない…大丈夫ですか?』
 
『うぅ……擦りむいた…痛い…抱っこ…』
 
『はぁ…ほら、俺の手を取って』
 
『わーい』
 
 
 
 今ではもう、僕だけが覚えているあなたとの記憶。
 
 
「……いつも、ありがとうございます」

 
 うるっと滲む視界を咄嗟に瞬きで誤魔化しにっと見上げれば、普段感情を読ませないラルド様の表情が柔らかく僕を見下ろしていた。
 
 
「……?ラルド様?」
「転んだあなたを抱き起こす役目は私にはありませんが、いつでもあなたを見守っています。この命尽きるまで、あなたのそばに……」
「え―――」
 
 
 ラズになってからラルド様に抱っこを要求した事は無いはず……と疑問を口にしようとした、その時、第三者の足音とともに名前を呼ばれる。
 
 
「ラズ」
「……クオーツ」
「お待たせ、出発の準備が整ったよ戻ろう。ラルド、ラズのお守りありがとう」
「いえ」
 
 
 スっと隣に立つクオーツに肩を抱かれ、元いた場所へ戻るよう促される。
 僕らの一歩後ろを歩くラルド様をチラッと盗み見てもこれ以上話しかけれる雰囲気ではなかった。
 
 
 
 
 
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