上 下
32 / 113

一泊二日の遠征(8)

しおりを挟む

 
「ラズ?大丈夫?落ち着いた?」
「ひ、ひぃ…危なかった……胸筋に溺れかけた……」
 
 
 布に包まれたままクオーツの膝の上。
 逃げたはずのベッドに再び舞い戻っていることなど気付きもせず、間一髪ギリ人間を保てていることに安堵する。
 
 もう数秒遅ければ間違いなく溶けていた。
 
 胸を押え、はーー、と大きく安堵の息を吐いていると、突然おでこをぺちんっとはたかれ「あぅっ」と漏れ出た声と共に非難の視線を送る。
 
 
「何すんじゃい」
「はぁ…あんな格好で外に出ていくなんて襲われに行くようなものだよ。心臓に悪いからやめてくれ」
「……誰のせいだ」
「ん?」
「なんでもありません」
 
 
 このクオーツには逆らわない方がいい。本能がそう判断すると、きゅっとお口をチャックし、クオーツの手がシャツのボタンをとめていくのを大人しく受け入れた。
 
 
 後ろから抱きしめるような形ですっぽりクオーツの腕の中に収まり、されるがまま身だしなみを整えられていると、不意にぐぅぅ…と存在を主張する我がお腹。
 
 うむ……我ながらマイペースである。
 
 
「ぐぬっ」
「ふふ、お腹すいた?」
「……すいた」
「それじゃあ夕食にしようか。外の者達を待たせてしまっているしね」
「あっ!そうじゃん!それを呼びに来てくれたんだった!」
 
 
 急がねば!とベッドから立ち上がろうとした勢いは、いまだがっちりお腹の前でホールドされたクオーツの腕が邪魔をした。
 試しに解こうと試みてもそのバカ力は凄まじく、とてもじゃないが歯も立たない。
 
 
「……?おい、離せよ、早く行かなきゃだろ」
「うん、そうだね。行こうか」
「だから離―――は?え、…はぁぁっ!?」
 
 
 抱きしめられていた腕にグッと力が加わったかと思えば、突如身体がふわっと持ち上がり、見る見るうちに視線が普段見慣れない高さまで上昇する。
 あっという間にクオーツに抱き上げられる形に驚愕し口をぱくぱく震わすだけの僕ににこっと満足そうな笑みを向けるとヤツはそのまま歩き出した。
 
 
「なっ、な……」
「こぉら、危ないから大人しくしてなさい」
「こんな情けない体勢はイヤだ!」
「さっきもこれで回収してるから今更だよ」
 
 
 ラズはそれどころじゃなくて気付いてなかったかもしれないけど、と無駄にいい笑顔で言われ開いた口が塞がらない。
 
 
「~~~っ、おろせぇぇぇぇっ」
 
 
 僕の悲痛な叫びがテントを通り越し、外の森の奥まで大きくこだました。
 
 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
ご感想をいただけたらめちゃくちゃ喜びます! ※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

処理中です...