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奥様会(3)
しおりを挟むろくに返事を返さずぼーっと眺めるだけの僕をきょとんと不思議そうに見つめ返してくるクオーツは、僕の表情筋をほぐすためか、頬をすり…と撫でながら話しかけてくる。
「どうしたの、着替えもしないで。戻ってからいままでずっとこうして座ってたの?ふふ、ご夫人方のお相手は疲れちゃったかな…。もうそろそろ食事の時間だけど、その前に湯浴みにしようか。いま用意させるから待って―――ラズ?」
「……」
なんの前触れもなく、目の前に立つクオーツの腰に腕を回しぽすんっと頭を預ける。丁度腹の高さに頭が収まり、ギュッと抱きつくと収まりが良かった。
「ラズ?どうしたの?体調悪い?」
「……ラルド様、幸せだって」
「……」
僕の頭を撫でていた手が、ピタッと止まった。
それでも構わず、クオーツがどんな顔をしてるかなんて気にもせず、一方的に心境を吐き出す。
こんな事を言えるのは、全てを知ったうえでいまの関係にあるクオーツだけだから。
「僕が幸せそうだから、ラルド様も幸せだって」
「……そう」
「幸せなんだ……よかった…よかった――!」
前世の記憶を自覚してから、今世では罪滅ぼしの意識が強かった。前世の僕を守って散ったあの方と同じ魂を持つラルド様の幸せをそっと影から見届ける。
ラルド様が幸せになる手助けは惜しまない。
そう決めて生きているのだと、秘めた決意を初めて告げた相手がクオーツだった。
神様が定めた運命の番という事実は変えられない。
それでも、心のどこかで常にお前じゃない相手がいる事に耐えれるのか、と。
こいつは迷わず即答した。
『それでいい。ラズが私だけのラズになるなら、それでいい』
そう言ったクオーツの顔をはっきりと思い出せない。ただ、罪悪感から直視出来なかった事だけは覚えてる。
だけどそれはまだ僕とクオーツが番になる前の話。
数年経った今となっては僕のクオーツに対する気持ちもだいぶ変わってきてはいる。……言わないけど。
悪態はつくし、鬱陶しいとは思うけど、いざという時安心する相手、求めてしまう相手はなんだかんだクオーツだった。
それが運命の番契約からなる気持ちなのか、はたまた僕本来の気持ちなのかは、正直わからない。クオーツと同じくらいの熱量を返せるかと言われたら答えは確実に否だ。なんならラルド様を推している時の熱量の方が何億倍もあると胸を張って言える。
けれど確実にクオーツは僕にとって必要不可欠な存在だった。
そんな相手に甘えきっている僕は本当にタチが悪い。
一心に想ってくれる番以外の幸せを堂々と願い、それを嬉しそうに聞かされる身にもなれ、と僕だったら思うけど、その言葉を無理やり呑み込ませている。
可哀想なクオーツ……
なんで僕なんかが運命なんだろうね……前世でも悲しい気持ちにさせてたのに。
ぎゅっと抱きつく相手に同情しながらやっぱり同時に思い返すのは別の男の人のこと。
今日は本当に、ラルド様の口から幸せだ、と聞けて放心してしまうくらい、嬉しかった。
ラルド様の言う幸せが、本当に心から幸せだと思えているのかは僕には分からない。
だけど、その口からその言葉が聞けただけでも、心がふっと軽くなったんだ。
「……落ち着いた?」
「ん―――っずび」
顔を埋めていたクオーツのシャツが涙どころか鼻水でべとべとに濡れてしまっていることに気付くと慌てて離れようとするも、お構い無しにギュッと抱き寄せられる。
「わ、わっ、ばか、シャツ汚れる」
「いいよいくらでも泣きなさい。……ただし、泣くのは私の腕の中だけにしておくれ」
一国の王とは思えない乞い願うような声音。
「……こんな鼻水垂れまくりのみっともない姿お前以外に見せられん」
「―――っ……そうだね」
一瞬息を呑んだように見えたが、すぐにふふ、と笑うクオーツはすっと隣に腰掛けてくるとそのまま僕共々ベッドへ横になる。
引っ張られるがまま、今度は僕がクオーツに抱きしめられる形で大人しく天井を眺めた。
「私もね、ラズ」
「ん?」
「私も幸せだよ。今ラズがいるのは私の腕の中なのだから」
「……ふんっ、ほんと、もの好きなやつ」
けっ、と悪態を着きながらぷいっと顔を逸らす。
多分いま見られちゃいけない顔をしてる気がするから。
「あれ、照れてる?」
「!照れてない!うるさい!」
「えーまだ何も言ってないよ?」
「顔がうるさい!!」
きぃぃっと威嚇しながら鬱陶しいクオーツとの攻防はマリンが様子を伺いに来るまでの間飽きることなく続いた。
歪に伸びた矢印の方向は決して交わることなくその想いだけが大きく大きく育っていく。
相手の幸せが自分の幸せ。
それを見届けるため、昔も今もそれぞれの方法で近くに居続けた僕たちの幸せ探しの終わらせ方は、いまだ誰もわからない。
自分の本当の幸せも、わからない―――。
奥様会-END-
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