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薔薇の毒(6)
しおりを挟む「トール、後の事は任せてもいいかい?」
「お任せ下さい」
「マリン、ラズの今日の予定キャンセルと何か温かいものを用意して部屋へ」
「はい、すぐに」
「ラルド、ありがとう、足を停めさせて悪かった。仕事に戻ってくれていい」
「……承知致しました、私はこれで失礼致します」
僕を軽々と抱え続けながら三方へ器用にテキパキと指示を出すクオーツの流れるような声を耳だけで聞き浸る。ラルド様が去っていく足音も、耳を澄ますだけで決して視界には入れなかった。
「さ、ラズ部屋へ戻ろう」
指示を出し終え踵を返すクオーツに下手なことは言わずこくりと頷くが、心の底ではこのままで本当に大丈夫なのかという一抹の不安。
ここまでの間、クオーツは一度たりとも言葉どころか視線すらローズ様に送らなかった。
まるでその場に存在していないかのように扱う。
当然、大丈夫じゃなかった。
そんな仕打ちを受け、流石に黙って終わるローズ様では無い。わなわなと怒りで身体を震わせその癇癪が爆発した。
「お、お待ちになって!酷い!こんな仕打ちあんまりです!わたくしを誰だと思っておりますの!?お父様に訴えます!」
歩き出そうとするクオーツの腕をガシッと掴み、引き止めるローズ様。
足を止められてやっとクオーツの視線は掴まれている腕にちらっと向いた。心底忌々しそうに。
決してその視線が自分に向けられたわけではないのに、ひえぇえ…と内心ビビり散らし、クオーツがどんなリアクションを取るのか最大限息を潜めながら様子を伺う。
そして―――
はぁ…と重々しいため息がその場に響き、容赦ない言葉がローズ様に放たれた。
「お前こそ誰を前にしてそんな口をきく?立場を弁えろローズ。私の番に害なすものは容赦しないと以前忠告したはずだがもう忘れたか?慈悲深いラズとお前の父が泣き縋るのに免じて王城追放だけで目を瞑ったというのに……無意味だったな」
「え……あ、あ……お待ちください、クオーツ様…」
「叔父上に伝えておけ、愚かな娘の躾がなってないお前の責だ、と」
「クオーツ様…クオーツ様―――っ!!」
金切り声を上げ必死に呼び止めようとするローズ様をすかさずトールが取り押さえ、これ以上クオーツに近付けないよう止めに入る。
クオーツはもはやその光景に見向きもせず歩き出していた。
「雑音を聞かせてごめんね、お待たせ行こう」
「……ん」
綺麗さっぱり何事も無かったかのような切り替えと僕を気遣う優しい表情に背筋がゾクリと粟立った。
颯爽と足取り軽く進む歩みはあっという間に廊下の曲がり角を超え、喧騒が遠のいていく。
「ラズ」
「……なに」
「何があっても絶対に手放す気は無いよ。私から逃げられると思わないでね」
「……僕も馬鹿じゃないので命は捨てません」
「うん懸命な判断」
にっこり笑う笑顔にうげっと顔を顰めるが、それすらも満面の笑みが返ってくる。
改めて思う、
絶対にこの男を敵に回してはいけない。
今世の僕は相当ヤバいやつに執着され、それが運命の番だというから恐ろしい……
「呼んどいてなんだけど…仕事、よかったの」
「ん?いつも言うでしょ?ラズがなによりも一番だ、って。ラズに呼ばれたらどんな時だって喜んで駆けつけるよ」
「うぅ……優先順位狂ってるぅ…」
「はは、いつだって正常だよ。そんな事より――呼んでくれてありがとう、嬉しかった」
ふわっと微笑む顔が、心底嬉しそうで……
「……ふんっ」
「ラズ?なんで顔逸らすの?もっとよく見せて?」
何故かこちらが照れてしまいぷいっと顔を逸らす僕をわかっててにまにま追いかけてくるクオーツのにやけづらがそれはもうめちゃくちゃ鬱陶しかった。
だけどそんなクオーツとの軽口のおかげで、さっきまでの急激な不安と久しぶりに蘇った嫌な記憶がすっかり霧散していた。
ローズ様がこれからどうなるかは知らない。
知らなくていい。
そう言われていままでも囲われてきた。
深いことは考えず、クオーツが守ってくれる安全域で甘えてのびのび過ごすのが僕の役目。
そうしていればこの男も幸せそうに満足するから。
これからもそうして過ごしてあげる。
「……クオーツ」
「ん?」
「ありがと」
「っ、……どういたしまして」
薔薇の毒 -END-
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