ある愛の詩

明石 はるか

文字の大きさ
上 下
7 / 10

しおりを挟む





















王都を離れてから、あっという間の一年だった。

その間には、色々とあったけれど、目まぐるしく日々は過ぎて行った。

あれから、テオバルト様とは一度もお会いしてはいない。

すぐにお父様に離縁の手続きをお願いしたけれど、進んではいないようだ。

やはり跡取りを連れて来てしまったせいだろう。

…でも、私にこの子を手放すという選択肢だけは存在しない。

私に連絡してくるのは、お父様だけ。

どこからも、余計な話は入って来ない。

慌ただしくも、穏やかな毎日。

沸き上がる罪悪感を胸の奥に押し殺して。

安らぎの時を過ごしていた。









久しぶりの王宮。

断りきれない王太后からの誘いだった。

王太后は、私の祖母の姉にあたる方で、幼い頃はとても可愛がってもらっており、社交界に出ない私に痺れを切らして離宮に呼び出され、どうしても断りきれなかった。

身辺がきちんとしていないため、まだどこにも出かける気がなかった私はしぶしぶ承諾し、離宮への長い廊下を歩いていた。

歩きたがってばかりで、抱かれることをよしとしないヴォルフの小さな手を握りながら。

「かー」

「なぁに?」

「ん!」

「あら、とっても上手ね、ヴォルフ」

段差を越えて誇らしげなヴォルフに、笑みが溢れる。

…何て、愛おしい。

この子は、私の全てだ。





「まぁ!…カミラ様ではございませんか」

知っている顔を認めて、内心ため息をつく。

…しまった。

「お元気にしてらっしゃいましたの?夜会やお茶会でもお見かけせず、心配しておりましたのよ」

そう言って、私の前に進路を防ぐように立つマルグリット。

どれくらいぶりだろうか。

何処からか聞いて、私が今日王宮に来る事を知っていたに違いない。

全ての交流を絶って一年以上。

「…ええ。ご無沙汰ですわ、マルグリット様もお代わりなく?」

「元気にしておりましてよ。…何処にいらしたの?」

「…少し、別邸に静養に出ていましたの」

一歩距離を詰めて、マルグリット様が私の手を引く。

「…何度も何度も、ヴィルケ伯から貴女の居場所を探る手紙が来てたわ」

「…ごめんなさい」

「お人好しのカミラ様」

「え?」

マルグリット様が笑う。

「あの方があんまり憐れだから、一度だけ機会をあげたの」

「…あ、の方?」

「ごめんなさいね?」

するりと私の手を撫でて、通りすがりにヴォルフの頭に口付けてマルグリット様が背を向ける。







「カミラっ、」

走ってきたのだろう、弾んだ息と、乱れた服装。

どちらも初めて見る姿だった。

彼は何時も泰然としていて、隙のない出で立ちで。

久々に見るテオバルト様は明らかに瘦せていて、顔色も良くない様子だ。

「…お久しぶりでございます、テオバルト様」

痛いほどの視線を感じながら、目を伏せて腰を折る。

「…」

手を握りしめ何度も口を開こうとするけれど、言葉にならない様子のテオバルト様。

「かぁー?」

ヴォルフが私のドレスを引いた。

「ごめんなさいね、ヴォルフ」

見上げるヴォルフの柔らかな髪を撫でる。

「…大きくなったな、ヴォルフ」

私の手を握り、不思議そうにテオバルト様を見つめるヴォルフに、

「…お父様ですよ、ヴォルフ」

そう告げる。

「とー?」

「ええ、父様です」

私と交互にテオバルト様を見つめて、テオバルト様に向かって手を伸ばすヴォルフ。

「とー」

「そうだ、…父様だよ、ヴォルフ」

震える手を伸ばして、ヴォルフを抱き上げたテオバルト様は、何かを堪えるような顔をしていた。

ヴォルフを片腕に抱き何度も何度も髪を撫でながら、私を振り替える。

「…カミラ」

「…はい」

「私は、…私と話す時間をくれないか」

「…王太后とお約束がありますの」

「待っている」

思い詰めたような表情のテオバルト様に、のろのろと頷いた。

…避けられない道なのだろう。

私の譲れないことは一つだけ。

後は何も望まないのだから。

テオバルト様は、私が了承した事に、僅かに表情を緩ませた。

「…」

むずがるような声が聞こえる。

弾かれたように、テオバルト様の視線が上がる。

向けられた先は、後ろに従っていたソアラの腕の中。

「…その、赤ん坊は」

「…」

ゆっくりと近づくテオバルト様に応えるように、大きな泣き声を上げ始める。

あやしながら、ソアラが私に窺うように見つめるのに、息を吐いて頷く。

「…エルフリーデ様でございます」

そう言って、ソアラは泣くエルフリーデの顔を見えるように抱き変えた。

「エルフリーデ…」

呟いて、泣き笑いのような表情を浮かべ、エルフリーデと私を交互に見やるテオバルト様。

「…あの日の?」

エルフリーデもテオバルト様の容姿を色濃く受け継いでいて、頷く他ない。

「…君に、似ている」

そう小さく呟いた。

「幼い頃の、君に」

テオバルト様の表情は、愛おしげな物で。

誕生を喜んでくれている嬉しさと、もしかしたらエルフリーデまでも争わなくてはならない懸念に、小さく息をつく。

「申し訳ありませんが、後ほど…、さぁ、ヴォルフ」

テオバルト様の腕から下りるように促すけれど、

「…前まで送って行く」

どうやっても逃げる術はないようだと、腹をくくる。

勇気が持てず、後回しにしていた自分のせいだ。





とうとう、テオバルト様と。



…私の心と向き合う時がきたのだ。




























しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲーム王子ルートハッピーエンド役目を終えた悪役令嬢は王太子殿下の溺愛=セックスに………

KUMA
恋愛
ルルーシェは転生者見事悪役令嬢を演じた、そして王子から婚約破棄されヒロインの男爵のマトリーヌ・ラズベリーと王子の結婚は行われた。 そこで騒ぎをお越しルルーシェはその場で、処刑され二人は幸せな生活…何て馬鹿な事は私はしない。 悪役令嬢として婚約破棄されて、自由になれただからもう貴方方は必要ない。 その判断が悪役令嬢ルルーシェのエロ殿下ルートの始まり…

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍化決定
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

処理中です...