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88: 少年と魔王とお見舞いの話 35
しおりを挟む数分もしない内に、ツァイトはまた気持ちよさそうな寝息を立て始めた。
二日酔いからくる頭の痛みは取り除いてやったが、それ以外はそのままなのだ。
倦怠感に包まれたままの小さな身体には、まだまだ休息が必要だったらしい。
相変わらずの寝つきの良さに、レステラーの口元に笑みが浮かんだ。
しばらくツァイトの柔らかな髪の手触りを楽しむ。
ツァイトが完全に寝入ったのを確認してからレステラーは静かにベッドから降りると、そのままその部屋から姿を消した。
彼が向かった先は、私室からずいぶん離れた場所にある彼の執務室だ。
空間移動を使って一瞬にして執務室へとたどり着いたレステラーは、そこに赤毛の魔族がいるのを発見した。
レステラーの側近の一人、宰相を務めるエルヴェクスだった。
「おはようございます、レステラー様」
突如として現れたレステラーの姿に特に驚いた様子も見せず、いつもと変わらぬ冷静な表情のままで、エルヴェクスはレステラーに対し頭を下げた。
「エルヴェクスか。ちょうどいい、手間が省けた」
「なにか、ございましたか?」
執務机へと向かって歩いてくるレステラーに、エルヴェクスは問いかける。
昨日、レステラーは一日中不在だった。
それは、彼が溺愛する人間の少年ツァイトと城下へ出かけたためだった。
前々から計画していた外出ではなく、前日の、しかも夜に突然言われたものではあったが、魔王であるレステラーに絶対の忠誠を誓っているエルヴェクスは淡々と職務をこなし、レステラーが不在の間、特に問題が起こることもなく、中央の領内は平和そのものと言えた。
そうエルヴェクスは記憶している。
しかし、ふとあることに気が付いた。
壁際にかかっている時計がさす針は、レステラーが毎朝執務室にくる時間よりずいぶんと早い時刻を示していた。
普段であればこの時間は、レステラーが溺愛する少年とまだ朝食をとっている最中である。
何を置いてもツァイトが最優先のレステラーにしては、ひどく珍しい事だ。
ツァイトとの時間を放ってまでここに来ることはあり得ない。
では、一体何があったのだろうか。
もしかしたら、宰相である自分の手が必要な案件が発生したのか。
どんな突拍子もないことを言われても瞬時に対応できるようにと無意識に身を引き締める。
しかしエルヴェクスの思惑に反して、レステラーは普段よりは僅かばかり穏やかな雰囲気をまといながら、どこからともなく取り出した物をエルヴェクスめがけてゆるく放り投げてきた。
「受け取れ」
魔力で操られているそれは、勢いよく放られた割に、ふわりとエルヴェクスの手の中に落ちてきた。
エルヴェクスの髪色によく似た赤色のリボンが綺麗に巻かれ、簡易包装された細長いそれは、エルヴェクスの手がそれを掴んだ瞬間、本来の重さをとり戻り、エルヴェクスの手のひらにずしりと重みがかかった。
「これは……?」
形状と重さから、何かの液体が入った瓶であろうことは見当がついた。
だが、それをどういう意図でレステラーが渡してきたのか、その真意が見えなかった。
やや怪訝な顔つきをするエルヴェクスを尻目に、レステラーは悠然と執務机の椅子に腰をおろした。
「土産だ。昨日のな」
「土産?」
レステラーの口から出た土産という似つかわしくない言葉に驚き、エルヴェクスは目を瞠る。
功績に対する褒賞はあっても、魔王であるレステラーからの土産や贈り物といった類は受け取った事は、過去に一度もなかったからだ。
冷静な己が腹心が僅かばかりの動揺を見せている様子を、レステラーは肘掛けに頬杖をついて眺めながら、口角を上げた。
「お前たちに土産をやるんだと息巻いていたぞ」
それが誰なのか、聞かなくてもツァイトのことだとエルヴェクスにも分かった。
人の良い彼ならそうするだろうとも。
ただ彼ならば自分から手渡ししにきそうなのに、その姿が見えなかったのを不思議に思った。
「ツァイト様は?」
「昨日、寝る前にグリューヴァインを飲みほしたからな。今は、二日酔いでくたばってる。代わりに土産を配ってこいだとよ」
「なんと……」
完全に寝入ってしまう寸前にツァイトに言われた言葉をエルヴェクスに教えてやる。
そんな理由でこの魔王に使い走りの真似をさせるのは、魔界広しと言えど、ツァイトだけだ。
魔王であるレステラーは人に使われることを嫌う。
彼は生まれながらの支配者だからだ。
しかし、目の前でくつくつと笑うレステラーは、ずいぶんと機嫌がいい。
ツァイトだからこそ許容しているのだというのは、誰の目から見ても明らかだった。
「私がいただいてもよろしいのですか?」
「でなけりゃ、この俺がわざわざお前に渡していない。中身は酒だ。嫌いじゃねえだろう?」
「はい。――では、有難く頂戴いたします」
決して大酒のみという訳ではないが、エルヴェクスも酒を嗜む。
それに、例え一滴も飲めないほど嫌いだとしても、敬愛するレステラーから渡されたものを拒否することなどエルヴェクスには到底出来ない。
「手が空いたら、ヴァイゼとムーティヒ。それにファイクハイトと、後は……お前のところにいるラモーネの息子も呼んで来い。そいつらにも土産だ」
レステラーがパチンと一つ指先を鳴らすと、執務室の中央にあるローテーブルの上に、先ほどエルヴェクスが受け取ったのと同じ形の包みが、人数分現れた。
「フォラオスシャオエントもですか?」
「どこかで接触したんだろ。アレの口から名前が挙がってたぞ」
側近の三人は頻繁にレステラーの近くを出入りしているから必然と顔見知りになり名前が挙がるのは分かるが、まさか宰相補佐のフォラオスシャオエントの名前まで出るとは。
着実に知り合いを増やしていっているツァイトに、レステラーは苦笑するしかない。
「何か、お礼を差し上げた方がよろしいでしょうか?」
もちろんツァイトにだ。
エルヴェクスの言いたいことが分かって、レステラーがまた一つくつりと笑う。
何が起こっても常に冷静な表情を崩さないがゆえに、他の領地はもちろん城内でも冷酷無比な氷の宰相と畏れられているエルヴェクスが、なんとも律儀なことだ。
レステラーほどではないが、このエルヴェクスも、ずいぶんとツァイトに甘い。
「その必要はない。いちいちそんな事してたらキリがねえぞ。どうせするなら、宴の準備でもしておけ」
「宴、ですか?」
連日連夜のように宴を催している貴族や他の領地の魔王がいる一方で、目の前にいるレステラーは、宴など滅多に催さない事で有名だった。
そんなレステラーの口から出た、宴という言葉に、思わずエルヴェクスは聞き返した。
「ノイくんの全快祝い兼、お前らとお食事会だとよ」
本当に、魔王に溺愛されているあの少年は、突拍子もないことを考える。
そしてその願いを叶えてやろうとしているレステラーもレステラーだ。
レステラーは際限なくツァイトに甘い。
きっとツァイトが望めば、放置したままになっている魔界全土統一も、またたく間にやってしまうのだろう。
「大勢でわいわいと食事をしてみたいんだそうだ。お前たちだけじゃなく、ノイくんの職場の奴らにも声をかけるんだとよ」
「かしこまりました。では、宴の日程は、その者が職場に復帰してからということで調整しておきます」
エルヴェクスも、ツァイトと仲がいいノイギーアのことは聞き及んでいた。
ツァイトと城下に出かけた際に腕を負傷して、もうすぐ職場に復帰できるという事も。
貴族でもなんでもない、一介の魔族でしかないノイギーアの為に、ツァイトの提案とはいえ、レステラー自ら宴をひらくというのは前代未聞の話ではあったが、レステラーに忠誠を誓うエルヴェクスには反対する理由はない。
具体的に誰を招くかといったことは、レステラーが溺愛する彼の少年に聞けばいいだろう。
普段の仕事とはまた違った意味で忙しくなるなと、エルヴェクスは思った。
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少年と魔王とお見舞いの話・終
次はノイくんの快気祝いの宴……と続きたいところなんですが、まったく完成していないので、いったんこの話で完結にしておきます。
続きが書きあがったらUPしますので、そのときはまた読んでくださるとうれしいです。
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
番外編、ひとまず区切りということで…お疲れ様でした!!
相変わらずのレスツァイに悶えまくってました本当にありがとうございます!!!
ホントにホントに…ツァイトにアマアマデロデロなレスターが堪らなく好きです…!!!!
レスターに愛されるツァイトが可愛くて可愛くて……(悶)
毎日お昼の投稿を仕事の合間の癒しと楽しみにしてたので、とても寂しいですが、またお話を書いてくださるとのことなので、大人しくお待ちしてます!
かなり肌寒くなってまいりましたが、どうぞご自愛くださいませ!
感想ありがとうございます(*´▽`*)
楽しんでいただけたようでうれしいです。
溺愛ものが好きなので、がんばって甘くしてみました!
お仕事の合間の癒しになってよかったです。
また楽しんでいただけるようにちまちま書いていますので、また投稿した折には読んでいただけると嬉しいです。
ふらにゃさまも体調を崩されないようご自愛くださいませ。