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77: 少年と魔王とお見舞いの話 24
しおりを挟む「えっと、一応いま呼びたいのはね……エルヴェクスさんと、ヴァイゼさんと、ムーティヒさんでしょ。それに、ファイクハイトさんと、ノイくんとカッツェさんと、料理長さんに、ノイくんの先輩さん達でしょ? それと、ラモーネさんと、オレの世話してくれる女官のみんなでしょ? あっ、あとラモーネさんの息子さんも!」
「……ずいぶん増えたな」
ツァイトが次々と上げていく側近の名を聞くたびに、ノイギーアは現実逃避をしたくなる。
ノイギーアと友達になってからというもの、ツァイトの交友関係はぐっと広がった。
ツァイトの後ろに魔王がいるのが分かっているから、無下に出来ないのもあるのだろう。
最初は指折り数えていたが、まったく足りていないそれに魔王も苦笑する。
「ねえ、これだけの人数って入る?」
「部屋にか?」
「うん」
「城の大広間使えば余裕だろ」
ただでさえ広大な敷地を誇る魔王の居城は、部屋数も多く、各部屋も非常に広い。
いくつかある広間も、小さいものでも数百人規模で招集できる。
ツァイトが上げた人数程度ならば、どの広間を使っても問題ない。
「じゃあ、そしたらその場合、料理とかってどうするの?」
「料理?」
「だって、オレ希望の食事会にノイくんのお祝いでしょ? 料理長さんたちを呼ぶとして、料理も作ってもらってそれからってなると、なんだか料理長さんたち忙しすぎない?」
城の調理場を一手に引き受けている者たちだ。
ツァイトはただ食べるだけでいいが、料理人たちはそうもいかない。
魔王だけでなく、その側近も何人も参加するとなると、それ相応の料理と品数を用意するだろうし、それを作るのに手間も暇もかかる。
それくらいは普段料理を一切しないツァイトにも容易に想像が出来た。
「ノイくんの全快祝いと職場復帰祝いもするんだから、料理長さんや先輩さん達には気軽に参加してほしいし。作ってもらってからだと、忙しいし、大変だよね? どうしたらいいかなぁ……」
いい解決案が思い浮かばないツァイトは、うーんと頭を悩ませる。
ツァイトの中では、宴の最中は、料理人たちや女官たちは大忙しのイメージだ。
途切れないように常に料理や飲み物を提供し、それらを女官たちが運ぶためにせわしなく動いている。
宴に参加してもらうなら、それをしてもらうわけにはいかない。
悩むツァイトに、レステラーが一つ提案する。
「だったら……フェアラートのところの奴らにでも作らせるか」
「えっ?」
「要はうちの奴らに作らせなきゃいいんだろ?」
諦めの境地で口をはさめずにいたノイギーアとカッツェはもちろんの事、ツァイトもさすがにこのレステラーの発言は思いもよらなかったことらしく、驚愕してレステラーを見た。
フェアラートと言う名は、ノイギーアとカッツェも知っている。
もちろんツァイトもだ。
魔界の最深部にある領地に居城を構える魔王で、この中央を治める魔王レステラーの生みの親とも言うべき存在だ。
そしてかなり前に少しだけ関わりを持った相手だった。
「えっ……なんでフェアラートさん……?」
「ん? なんか問題あるか?」
「問題あるかって、ありまくりだろ! っていうか、意味が分からないんだけど!」
「なんで? ある意味アイツは俺だろ。だから、アイツのものは俺のもの?」
「どうしてそうなるの!」
「心配しなくてもフェアラートのところの食事も美味いぜ? アイツのところの料理人に作らせれば、アンタがいうように忙しくならないだろ」
「なにそれ。ダメ、ダメ! それ却下!」
前々から自分勝手なところがあるとは思っていたが、さすがに身勝手すぎると即座にツァイトはレステラーの案を却下する。
「そんな事したら、フェアラートさんにすごく迷惑かかるだろ」
「アイツがそんなこと気にするかよ」
彼の魔王をよく知るレステラーが鼻で笑う。
「仮にフェアラートさんがよくても、あっちの料理人さんたちが迷惑するだろ。ダメだよ」
「……まあ、その辺はこっちで適当になんとかするからさ、アンタは気にしなくてもいいよ。ほら、アンタ待望のデザート来たぞ」
話をはぐらかすかのように、話題をツァイトの好きなものへと変える。
レステラーが顎でしゃくった方へと視線を移せば、ちょうど給仕がデザートと食後の紅茶を運んできたところだった。
ツァイトのすぐ目の前に静かに置かれた皿の上には、いくつかの層に重なりココアパウダーがかかった小さなケーキがのっていた。
それとは別に追加で頼んだデザートも、目の前に置かれる。
こちらは、イチゴを使ったケーキだった。
「うわー、美味しそう」
甘いものが大好きなツァイトは、それを見ただけで気分が高揚する。
さっそくそれを味わおうとテーブルの上にあるフォークへと手を伸ばすツァイトに、レステラーの声がかかる。
「ツァイト、口開けろ」
「なに? れすた……」
名前を呼ばれ、ツァイトがレステラーへと視線を向ける。
彼の名前を呼ぶために口を開いたその隙間に、レステラーは自分の前の皿から一口分だけとったケーキがのったフォークを差し入れた。
反射的に口を閉じてしまった。
「んっ!?」
「うまいか?」
突然口に入れられたものに吃驚して、大きく開いたツァイトの目が、途端にふにゃっと崩れる。
ほんのりと口に広がる上品な甘さに、ツァイトは幸せいっぱいだった。
「うん、おいしー!」
「俺の分もアンタにやるよ」
「え? いいの?」
「アンタ好きだろ、こういうの」
二口目を差し出せば、ツァイトは素直に口を開けて食べた。
くれるというのだ。
甘いものが大好物のツァイトには、断る理由がない。
機嫌を損ねた時に甘いものを差し出せば、すぐに機嫌が元に戻るくらいツァイトは甘いものに目がなかった。
そんなツァイトに度々付き合わされるので、レステラーも甘いものは食べられるのだが、自分で食べるよりもこうやってツァイトに与えて、彼の嬉しそうな顔を見る方が好きだった。
今回も一口食べるたびに、本当に幸せそうな笑みを浮かべてくれた。
「せっかくだからレスターも食べればいいのに。美味しいよ? オレの一口食べる?」
「俺は別にいいよ」
「そう言わずにちょっとくらい食べたらいいのに」
とりあえず勧めては見たものの、断るレステラーにそれ以上強くいう事もなく、レステラーに差し出されるまま、ツァイトは食べ続けた。
さながら雛鳥に餌を与える親鳥のようだった。
口直しともいえる小さなケーキはあっという間になくなる。
自分の皿にあった分をツァイトに食べさせ終わると、レステラーはさっさと紅茶の入ったカップへと手を伸ばした。
「んー、おいしい」
甘さがきつ過ぎないので、これならいくつでも入りそうとツァイトは思った。
ツァイトの小さな身体には、前菜のサラダとメインの肉料理とパンだけで十分に満腹にはなったが、甘いものは別腹だとはよく言ったもので、レステラーの分と合わせて二つ目になるケーキも難なくツァイトの腹に納まっていった。
いまから三つ目のケーキを食べようとしている。
そんなツァイトを、紅茶を飲みながらレステラーが柔らかな眼差しで眺めている。
もちろんこの様子を、同じテーブルにいるノイギーアとカッツェのみならず、店の従業員や客たちが呆気にとられて見ていたのは言うまでもなかった。
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