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58: 少年と魔王とお見舞いの話 5
しおりを挟む瞬き一つした後にツァイトの目に飛び込んできたのは、見慣れない外の景色だった。
目の前に聳え立つ、身の丈の何倍もあろうかというくらい大きな、美しい細工の施された門扉。
その両端は一体どこまで続いているのかと思うほど、長すぎて先が見えない。
ほんの一瞬前までは室内だったというのに、見回してみてもさっきまでいた女官長の姿はどこにもなかった。
代わりに門扉の両脇に立っている魔族の兵士の姿を見つけた。
不審者が無断で侵入しないように、その入り口を警護している兵士たちだ。
城内の各所にいる兵士たちと同じように、長槍をもち、鎧を着た厳つい男たちがそこにいた。
不意にその内の一人と目が合った。
実際にはツァイトがフードを目深にかぶっている所為で、その兵士とは視線が交差はしていないのだが、その兵士は明らかにこちらを見て驚いていた。
なにかあったのだろうかと首を傾げる。
「着いたぞ」
「え? あ、うん……」
真横から聞こえた声に、意識をレステラーへと戻される。
彼の肩越しに見ていた景色から、視線をすぐ横にある彼の顔へと移動させると、レステラーの紅い瞳がツァイトの方を見ていた。
「どうした、なんかあったか」
「ううん。なんでもない」
ツァイトは首を横に振る。
兵士の顔が驚いた顔だった。ただそれだけだ。
別にレステラーに言うほどの事でもない。
「そういえば、レスター」
「ん?」
「こっちの道はどこに繋がってんの?」
「こっち?」
ツァイトが指差したのは、魔王城の正門に並行して走る、長く真っ直ぐな道の一方。
あまりにも広大な城の敷地のせいで、ツァイトの視力では、向こうに何があるのか見えない。
「ああ、こっちの城の東側は貴族の居住区だ。反対側もよく似たもんだけどな」
魔王城があるこの城下町では、身分によって居住区は分かれていて、魔王城に近い東側と西側にある居住区には、貴族の豪邸が建てられている。
より魔王城に近いほど、爵位は上だ。
ちなみに正門に垂直方向に広がっている大きな通りは、前回ノイギーアと共に訪れた、城下町でも特に賑やかな商業区へと続いている。
もちろん貴族の居住区の近くには、貴族専用の店が建ち並ぶ商業区がある。
こちらは客層が貴族のみなので、とても静かだ。
庶民たちの居住区は、賑やかな方の商業区の先にあった。
「貴族の居住区かぁ」
「やたらデカい家ばかり並んでいるだけだ。んなもん見ても面白くもなんともねえぞ」
興味もないとばかりに、レステラーはいい捨てる。
「ほら、行くぞ。ノイくんへの見舞いの品を調達するなら、どう考えてもこっちだろ」
こっちとはつまり、正門から垂直方向の通りだ。
ノイギーアの家もこっちだし、貴族の居住区しかないなら行く必要はないな、とツァイトも早々に結論を出し、レステラーの言葉に頷いた。
「うわぁ、人多いねー」
午前中にも関わらず、大通りにはすでに大勢の人であふれていた。
右を見ても左を見ても、魔族ばかり。
レステラーに抱き上げられているため、いつもより高い視線に、ツァイトは辺りを物珍しそうにキョロキョロと見回しながらはしゃいでいた。
「ねえねえ、レスター。あれなに?」
ツァイトが指したのは、大通りから少し中に入った広場だ。
そこには、たくさんの露店が建ち並んでいた。
大通りにはもちろんゆったりとした座席を構えた店もたくさんあるが、これから寒くなるこの時期、こうした広場に露店を構えて、この時期限定の食べ物や小物を売っていた。
ツァイトが指差した店では、両手持ち付きの巨大な鍋を使って店主が何かを炒めている。
そして、炒めたそれを袋に詰め客に手渡している。
距離があるのに、ここまで香ばしい良い匂いが漂ってきていた。
思わず食欲がそそられる。
近づいて見ると、巨大な鍋で炒めていたのではなく、その上で黒く大きな丸いモノを煎っていた。
「これって……栗?」
ツァイトの知る栗とは少しばかり大きくても形も違うが、ここは魔界なので人間界のとは違っても仕方がない。
レステラーに聞けば、そうだと返ってきた。
「食ってみる?」
ツァイトが頷くと、すぐさまレステラーが一袋買い求めた。
底が尖った三角の紙袋いっぱいに詰まったそれを受け取ると、そのままツァイトに手渡す。
袋を開ければ、出来たての温かな湯気と共に美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
「うわぁ、いい匂い。ねえ、このまま食べていいの?」
「ああ。軽く押さえてみろ、切れ目が入ってるからすぐ剥けるだろう」
露店から離れ、ほかの店もみようと広場を歩きながら答えれば、ツァイトは袋の中から栗を一つ取りだした。
言われたとおりに表面の硬い皮を軽く指で押さえれば、すぐに中身が出る。
出来たての湯気が漂うそれに、迷わずパクリと噛みついた。
「ん、おいしい! あっちのよりちょっとパサパサしてる……かな? けど、甘いやコレ」
名称が同じでも、魔界と人間界では違うモノがあったりするが、この栗は大差はない。
甘さもくどくなく、次が欲しくなる丁度いい甘さだ。
すぐに皮が剥ける手軽さも手伝って、つい手が進むのを止められない。
「俺にも一個ちょうだい」
「あ、うん。ちょっと待って」
いつの間にか半分以下に減った栗を一つ取りだし、その皮を剥く。
「はい、どうぞ」
きれいに剥けた栗をツァイトが差し出すと、レステラーが軽く口を開けたので、そのまま口に放り込んであげた。
「どう? 美味しい?」
「ああ、うまいな」
「でしょ?」
美味しいと言ってくれたのが嬉しかったのか、ツァイトが満足げに笑う。
その笑顔をみて、レステラーの口元にも自然と笑みが浮かんだ。
「でもコレ、美味しいけど食べてたら結構のど渇くね」
「じゃあ次は何か飲むか?」
「うん、何がいいかなぁ……あっ!」
どこかいい店がないかと周りに視線を移したところで、ツァイトの目にとまったものがあった。
さっきと同じように立ち売りの店だが、こちらの方がより人が集まっていた。
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