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53: お出かけする二人の少年の話 25
しおりを挟むツァイトとノイギーアが、魔王城の客室で談笑を交えながら、女官長の淹れてくれたお茶を飲んでのんびりと過ごしていた頃。
その場にいなかった魔界の中央の統治者であるレステラーは、自分の治める領地から随分と離れた場所にやって来ていた。
「よう。犬っころは腹下してないか?」
「……お前か、あのエサを用意したのは」
気配もなく現れたレステラーに驚くこともなく、声をかけられた魔族は、眼下を見据えながら、アレと顎をしゃくった。
広大な森を見渡せる丘の上。
そこに二人は立っていた。
「まあな。欲しがってたろ?」
「……お前、随分と悪趣味だな」
「俺が? 何言ってやがる」
心外だとレステラーは鼻で笑う。
「悪趣味なのはお前のほうだろうよ、フェアラート。犬小屋の周りに妙な結界張りやがって」
犬小屋、とレステラーは表現したが、そんな可愛らしいものはどこにもない。
二人の眼下に広がる光景は、城の一角に作られた不自然で歪な森だ。
その森には、フェアラートと呼ばれた金色の瞳の魔王が飼っている、三つ首の獰猛な獣が住んでいた。
「妙とは?」
森ではしゃいでいる己の飼い犬を見ながら、フェアラートはレステラーに問いかける。
一度入ったら出られないと言われている魔の森では今、数名の魔族が三つ首の獣に追いかけられ、襲われていた。
遠くで見ているため、残念ながら悲鳴までは聞こえてこない。
普通なら目をそむけたくなる光景でも、この二人は顔色一つ変えていなかった。
「餌の魔力使えなくして逃がさないようにしている割に、再生能力は高めてやってるせいで、犬っころが食べきる前に再生してるじゃねぇか」
「賢い仔だ。頭さえつぶさなければ、すぐに再生するからな。当分エサには困らん。経済的だ」
「ハッ、よく言うぜ。ただ単に面倒なだけだろ。金には困ってないくせに」
「あの仔の好むエサを用意するのも、意外に手間がかかる。それに、ストレス発散のためには適度に遊ばせてあげなければな。エサと玩具、その両方を兼ね備えている。ちょうどいいだろう」
確かに二人とも魔王という立場にいるため、金銭的な面では困っていない。
だが、あの獣は生きた餌しか食べない。
それを用意するのも案外面倒なのだ。
いくら魔王といえど、無辜の民草を餌にするわけにはいかない。
彼らには他の使い道があるから、さすがのフェアラートも、そこは弁えている。
その点、頭部が破壊されない限り再生し続ける魔術がかかった結界があれば、餌が餓死するか、犬が飽きて壊さない限り勝手に再生してくれる。
一応、この森は食料となる木や植物、水が豊富なのだ。
基本的には、餌の餓死の心配はしていない。
それに、餌が元気にうごけるなら、玩具としての役割もついでに果たしてくれる。
「それにしても……お前に関わったばかりに可哀想にな」
「どこがだ。生かしておいてやっただけでも、感謝してもらいたいぜ」
いっそ一思いに消された方が楽だったろうにと、憐れみさえ浮かんでくる。
だが助けてやろうという気持ちは、微塵もわいてこない。
その時点で、フェアラートもレステラーと同類だった。
「さてと、犬につぶされる前に挨拶でもして来てやるかな」
そう呟いて、来た時と同じように、レステラーは音もなく姿を消した。
向かう先は、眼下に広がっていた森の中。
瞬きもせぬ間に違う場所に現れたレステラーは、足元に転がる丸い塊を見つけると、その足で軽くその塊を蹴った。
「ぐぁっ!」
「おい、豚」
背中に衝撃を受けて、豚と呼ばれた小太りの魔族が振り返る。
その顔は、城下町でレステラーとツァイトに危害を加えようとしたドゥムハイト男爵だった。
「お、おまえは……っ!」
「なんだ、まだ生きてたのか。豚は案外しぶといみたいだな」
腰が抜けているのか、尻もちをついて座り込んでいる男爵から視線を外し、レステラーは周りをぐるりと見回す。
男爵の従者だけでなく、巻き添えを食ってここに飛ばされた兵士たち数名も、そこにいた。
四足の状態で身の丈の二倍はある三つ首の獣相手に、男爵の従者は必死に剣を振い、兵士達は槍を使って獣を倒そうとしていた。
そんな男爵にとっては戦戦恐恐ものの光景でも、レステラーは平然とした様子で見ていた。
三つ首の獣はレステラーに気づくと、耳をぴんとそばだてて、三つ首同時に吠えた。
「うるせぇ……」
揺れた尻尾が、周りにいる兵士たちを吹き飛ばす。
飼い主のフェアラートとは違って、めったに来てくれないレステラーを見つけて、三つ首の獣はかなりご機嫌だ。
獣の目がこちらに向いている、ただそれだけで青ざめる男爵とは違い、獰猛な獣を前にしてもレステラーは怯えもしていない。
一縷の望みをかけて男爵はレステラーの足に縋りつく。
「た、助けてくれ! 頼む!」
「冗談きついぜ」
「た、頼む! ワシが悪かった! 何度でも謝る! 欲しいものは何でもやる! か、金もいくらでも出す! じゃから!」
「キサマの謝罪など端から必要としていない」
冷やかな眼差しと共に、レステラーは左足に縋りついている醜い物体を、邪魔だという風に蹴って振り払った。
あっけなく男爵は地面に倒れ伏した。
「た、頼む……た、助けてくれ」
顔や身体を土で汚しながら、レステラーへと懇願する。
城下町でみたような小奇麗さはどこにもなかった。
「おい、そろそろ私は帰るぞ。いい加減、飽きた」
不意に聞こえてきた声に、レステラーは肩越しに振り返る。
腕を組んでフェアラートがそこに立っていた。
「勝手に帰れよ、フェアラート」
「随分な言い草だ。分かってないだろうから、わざわざ来てやったというのに」
「余計なお世話だ。暇人が」
分かっていないとはもちろん男爵達の事だ。
城下町で会った時からずっと、ここで再会してもレステラーの正体が分かっていなかった男爵であったが、レステラーが口にした名前と、年齢の差はあるがその魔族と似たレステラーの姿に、やっと何かに気付いたようだった。
フェアラートと呼ばれる金色の瞳の魔族は、魔界の最深部の領地を治める魔王だ。
魔王の中の魔王を平然と呼び捨てに出来る者など限られている。
その上に姿まで似たとなれば、たった一人。
「ま、まさか……」
さっと一気に男爵の顔が蒼褪める。
今までの自分の言動を思い返し、恐怖で顔が歪んだ。
「お、お許しくだされ! 許してくだされ!」
貴族だ金持ちだと相手を蔑んで、頭を下げた事もない男爵が、プライドをかなぐり捨てて地面に額を擦りつける。
「魔王陛下があのようなところにいらっしゃるとは夢にも思わず! お願いですじゃ! 許してくだされ!」
許しを請う男爵の姿に、何の感慨も浮かばないレステラーは、ぱちんと一つ指を鳴らした。
すると見えない力で男爵の身体が宙に浮いた。
「な、な、な……っ!」
自分になにが起こっているのか、男爵は理解できない。
恐怖で顔が蒼褪め、身体は小刻みに震えている。
「……豚は豚らしく、ここであいつらと仲良く犬の餌でもやってろ」
ふいっとレステラーが右手を払えば、それに呼応するかのように男爵の身体が弧を描いて、遠くへと飛んでいった。
どさりと音を立て落ちた先は、三つ首の獣のすぐ足元。
六つの緑の目がギロリと男爵を向いた。
「ひ、ひぃ! た、助けてくれ……うわああああああ」
三つ首の獣は、長い爪の伸びた大きな前足を振り下ろし、男爵の身体を押さえつけた。
真ん中の顔が牙の生えた口を大きく開ける。
「ふむ、姿だけでなく鳴き声も豚らしいな」
男爵と遊ぶ飼い犬を見ながら、フェアラートは呟くが、それを聞く者は周りにいない。
後はどうでもいいのか、レステラーは男爵を放り投げた後、さっさと自分の領地に帰ってしまった。
「それにしても――……」
聞こえてくる悲鳴と楽しそうな己の飼い犬の様子に、今回は随分といい餌と玩具のようだとフェアラートは満足気な笑みを浮かべた。
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