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48: お出かけする二人の少年の話 20
しおりを挟む中央の大地の魔王であるレステラーが、ツァイトとノイギーアを連れて空間移動で姿を消した後の城下町は、それまでとはまた違った意味で騒然としていた。
城下町の、中心部にほど近い、魔王城へと続く大通りのど真ん中。
全身を覆う分厚い鎧兜を着た屈強な兵士達が、大勢膝をつき、倒れ伏していた。
立っているのは僅かばかり。
ある者は腹を押さえ呻き、またある者は頭や腕から血を流し苦痛の声を上げていた。
しかし重傷を負ってはいたが、誰一人としてまだ死んではいない。
城下町を警邏する兵士たちだけあって、体格もよく、顔を覆う兜で見えないが厳つい顔立ちの者ばかりで、見た目に違わず力も強く、体力もある。
戦闘にも長けている者達ばかりなのだが、この現状を見ればそれを疑いたくなってしまう。
しかし彼らが決して弱いからではない。
彼らが相手にしたこの魔族が強すぎたのだ。
「もう終わりー?」
大勢の兵士たちの前に悠然と立って微笑んでいるのは、魔術師風の格好をした中肉中背の優男。
魔王の側近の一人、賢者ヴァイゼは普段通りの爽快な笑みを崩すことなく、ぐるりと辺りを見回した。
その拍子に、彼の緩く三つ編みにした長い髪が、背中でふわりと揺れる。
倒れ伏す兵士とは対照的に、彼にはかすり傷一つなく、その服装にも乱れはない。
「えーっと、なんだったかなー? 貴族に逆らう者は、即刻処刑か、拷問だっけー? 魔王であるレステラー様に楯突いたんだから、どうなるか、わかるよねー」
笑みを浮かべたままのヴァイゼの、静かで無慈悲な声が辺りに聞こえる。
宰相のエルヴェクスは、ヴァイゼの後ろでその様子を静観していた。
「まあー、負けると分かってて、なりふり構わず向かってくるその心意気は評価するよー? 無抵抗よりは、歯向かって来てくれる方が嬲り甲斐があって、俄然楽しいからねー」
死者はまだ出ていないが、出てもおかしくないくらいに兵士たちは血を流し、うずくまり、倒れている。
この現状を前にして、楽しいと表現できる賢者に、彼に相対していた一同は顔を青ざめた。
「不満があるとすればー、苦痛と恐怖に歪む顔が兜に邪魔されてー、ハッキリ見えないってことぐらいー?」
くすくすと笑いながらヴァイゼは、左手に持っていた身の丈より少し短い杖の、飾りが一つもついていない方の先で、足元に蹲っている兵士の顎をくいっと上げさせた。
兜の奥で兵士の顔が恐怖に怯え歪められているのだが、残念ながらそれを目にする事が出来なかった。
「まあ、全員の兜剥がすのも面倒だしー、キミたちのキタナイ顔なんて見たくないから別にいいけどー」
兵士の顎から杖を退けると、そのままこつんと一つ、石畳を叩いた。
小気味よく響く音に、倒れ伏している兵士たちは、みっともないほど大きく身体を揺らした。
途端に、死なない程度に微弱な、けれど強烈なしびれと痛みをもたらす電撃が、賢者の持つ杖の先から石畳を通って兵士達へと走った。
金属製の鎧はその電撃を遮ることなく増幅して兵士達に伝える。
「ぐぁっ!」
「ぎゃぁぁっ!」
「キミたちホント弱すぎー。これくらい避けたらー?」
あちこちで上がる低い悲鳴に、遠巻きに見ていた周囲の、兵士達とは一切関係のない城下に店を構える店主や通りすがりの者、はたまた野次馬根性で眺めていた魔族たちが顔をそむけた。
この賢者ヴァイゼは、魔王の側近の中でも一番性質が悪いと密かに言われている。
平素、いや、どんな状況に置かれても、始終笑顔を浮かべているために勘違いされやすいが、この男は決して見た目通りに優しくはない。
老若を問わず、性別が女性であればその優しさが発揮されるらしいが、それは女性のみだ。
それでも、敵に回れば容赦はしない。
敵の女性に対する優しさとしては、こんな風に悪戯に苦しめることなく、さっさととどめを刺してやるくらいだ。
可愛げもない、厳つく大柄で、屈強な兵士たちには無情だった。
悲鳴が途切れた後、そこかしこで倒れる音がいくつも聞こえてきた。
気を失えれば楽だっただろうが、それさえもヴァイゼは許さなかった。
「もうちょっと抵抗してくれるー? じゃないとオレ、全然面白くないんだけどー」
腰に右手を当てながら、はあ、と大げさにヴァイゼはため息をついた。
その言葉を聞いて悔しそうに奥歯をかみしめたのは、この場にいる兵士達をまとめる隊長だった。
まるで歯が立たない。
屈強な兵士達にかかれば、彼の腕など一捻りで折れそうなくらい細いのに、見えない壁に阻まれ、触れることすら叶わない。
いや、彼の近くに寄る事すら叶わなかった。
正直に言えば彼らは舐めていた。
例え魔王の側近といえどたった一人でなら、複数で一斉に襲いかかればこちらにも勝機があるだろうと思っていた。
何を思ったのか賢者が自分一人でやりたいと言い出したために、宰相は手を出さなかったのだ。
これほどの好機は滅多にない。
だが結果は 火を見るよりも明らかだった。
隙もないくらい一斉に攻撃を仕掛けたというのに、立っているのは賢者一人で、襲いかかった兵士たちは地に伏していた。
「ねーねー、エルー」
軽く後ろを振り返り、ヴァイゼが赤毛の宰相の名を呼んだ。
彼の後方でこの戦いを見ていたエルヴェクスが、ヴァイゼへと視線を向ける。
無言で続きを促せば、ヴァイゼはいつもの笑顔をエルヴェクスに向けた。
「弱すぎて、つまんなーい。オレ、なんかもう飽きちゃったー。一気にやっちゃっていーい?」
まるで遊び飽きた玩具を、躊躇いもなく捨てるくらいの気軽さで言ってのけた。
長い付き合いでヴァイゼの性格を熟知しているエルヴェクスは、小さくため息を吐いた。
「……構わんが、一人残しておけ」
「一人?」
「私の獲物だ」
こてんとヴァイゼが首を傾げた。
だがすぐにピンときて、同じようにまた微笑んだ。
一人が誰を指すかは聞かなくても分かる。
魔王に暴言を吐いたあの兵士だ。
「いいよー、エルのために一人残しておいてあげるー」
よほどエルヴェクスから許可を貰えて嬉しかったのか。
緊張感をまるで感じさせない、明るく愉しげな声が辺りに響いた。
「というわけでー、遊びはおしまい」
そういうなりヴァイゼは、先端に大きな半透明の翡翠色の石が嵌まった杖を、左手で掲げた。
「あ、周りの関係のないみんなはー、見ててもいいけどー、ちょっと離れててねー。巻き込まれても責任とらないからねー」
笑顔のまま告げられた内容に、周りで見ていた者たちは急いでその場から離れた。
ヴァイゼの近くにいて動かなかったのは、エルヴェスクと、兵士たちだけだ。
だが兵士たちは覚悟を決めたのではなく、満身創痍の状態で動きたくても動けなかったに他ならない。
「け、賢者様!」
「我々は、知らなかったんです! あの方が魔王陛下だとは! 魔王陛下だと知っていれば……ッ!」
「お許しください、賢者様!」
死の危険を察知して、慌てて数名の兵士達が命乞いを始める。
「だから、なにー? 『知らなかったは通用しない』って、キミたちの隊長さんが言ってたじゃないー。いまさら無駄だよー」
「そ、そんな!」
「お願いします! お助けください、賢者様!」
神にすがるかのように、弱弱しい手がヴァイゼに向かって伸ばされる。
それを見たヴァイゼは、こてんと首を傾げた。
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