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32: お出かけする二人の少年の話 4
しおりを挟む城の中では見られなかった光景に目が釘付けになっていると、専用の出入り口にいた顔見知りの門番と話しおえたノイギーアが、ツァイトの傍まで近寄ってきた。
「悪い、待たせた」
「ううん、もういいの?」
「ああ。いこうぜ」
城門からまっすぐに伸びる大きな道に沿いながら、町の中へと向かって二人は歩きだす。
「そんで、ツァイト。おまえ、どこか行きたいとことかあるのか? あったら連れてってやるけど」
「うーん、それなんだけどさー。オレこの辺のこと全然詳しくないからさー、なにあるか分かんないんだよね」
「あー、そっかー」
「ノイくん、どこかオススメある?」
「オススメかぁ……」
今日の外出は突然決まった事だ。
前もって城下町に行くと決まっていたなら、観光名所なりお勧めの店なりと調べる事も出来たが、今回はそれが出来ていない。
それをノイギーアも知っているため、ツァイトの言葉に、同じように考え込む。
ノイギーアにとって、この町の一番の見るべき処は、二人が今さっきまでいた魔王が住む城だった。
一般の魔族では入りたくても入れない、城門の外から眺める事しかできない場所なのだ。
中でも、広大で美しい庭園は一見の価値ありとさえ言われている。
下っ端料理人であるノイギーアは、城内でも行動できる範囲が限られているため、彼でさえもまだその庭園を見た事はない。
ノイギーアが行ける庭は、調理場の近くにある中庭ぐらいだ。
しかし、このツァイトはきっとその庭園を見た事があるのだろうとノイギーアは思う。
実際のところは、その庭園の一角を好き勝手に庭いじりしているのだが、ノイギーアは知る由もない。
「じゃあさ、何したい?」
それによって行き先を決めようとノイギーアは提案する。
言われてツァイトは少し考えたあと、何かを思いついた顔を見せた。
「うーん……あっ! 何か美味しいもの食べたい!」
「美味しいもの?」
「そう、いろいろなお店まわって、食べ歩きしようよ! それから、あとは何かお土産買いたい」
名案だとでも言うように、自分の思いつきに満足そうに笑顔でツァイトが頷く。
「土産かー」
「だってレスター置いてきちゃったし。お土産ないと拗ねそう」
「え、拗ねそうって……おまえ、まじで言ってる?」
「あとね、ラモーネさんとか、ヴァイゼさんとか、エルヴェクスさんにも何かあげたいかなー。いつもお世話になってるし。あ、あと、ほとんど喋ったことないけど、ムーティヒさんと、ファイクハイトさんと――」
指折り数えながら次々と出てくる魔王の側近たちの名前に、隣で聞いていたノイギーアの顔が笑顔のままひくつく。
そうだった。
この少年は普通の人間ではなかったのだ。
魔王だけでもノイギーアにはどうしていいのか分からないのに、宰相や賢者、将軍などといった魔王の側近中の側近の名前まで出てくるとは。
そんな人たちの土産を買う?
ありえない、とノイギーアは思った。
「何がいいかな?」
「いや、それを、おれに聞かれても困るんだけど!」
「えー」
「あげる相手が魔王様や側近の方々とかって、おれからすれば雲の上すぎて、何あげればいいか分かんねーよ」
偶然とはいえ、よくもまあ、あの時、あの場所で、このツァイトと出会ったものだと、ノイギーアは改めて思った。
調理以外で、こうも間接的に魔王とその側近にかかわる日がくるなんて。
「ノイくんも何か考えてよ」
「いや、考えろっていうけどさ! 例え土産でも、どう考えても安っぽいもんは贈れないだろ! かといって高い物買う金はないし!」
肝心な問題は結局それだ。
先立つモノがなければ何もできない。
だが、ノイギーアの心配をよそに、ツァイトは思いがけない言葉を返した。
「あ、お金ならあるよ」
「へ?」
「何でも好きに使っていいって、レスターがおこづかいくれた。だから、このおこづかいの範囲で買おうかなって。そしたらみんな怒らないよね、きっと」
そう言ってツァイトは、左肩から斜めがけにしていた小さな鞄の中を右手で探った。
鞄の中には、出掛けるときに女官長が用意してくれた焼き菓子が入った小袋と、筆記用具と帳面、そして鞄の中の大半を占める少し大きめの袋があった。
ノイギーアに見せるようにそれを鞄から取り出す。
「これがこの中で一番重いんだよね」
袋の口を窄めて紐で結わいた袋を手に持つと、ずしりと重さが手に伝わってくる。
微かにじゃらりと音を立てるそれの中には、わざわざ中を確認しなくても硬貨が入っていることは想像に容易い。
「小遣いっておまえ、それ……何も考えずに受け取ったわけ?」
「あー、いや、ほんとはもらうつもりなかったんだよ? 最初は見て回るだけのつもりだったし、お金なんていらないかなって思ったんだけど……何があるかわからないんだから少しは持っていけって、レスターがいうからさ」
ツァイトが外出着に着替えている最中にレステラーがヴァイゼとともに部屋に戻ってきて、ヴァイゼから大きな袋を手渡された。
レステラーいわく、遊びにいくなら金がいるだろうと。
もちろんツァイトが魔界の通貨を一枚も持っていないのを知っているからこその行動だった。
「あ、お昼はオレ奢るね。ノイくんが前に行ってみたいって言ってたお店に行こうよ」
「な、なんで?!」
「なんでって……いつも世話になってるんだから、昼飯ぐらいノイくんの好きなもん奢ってやれってレスターに言われたし。おこづかいとは別に、お昼の分のお金も入ってるよ。これで足りるよね?」
少しだけ心配になったツァイトは、持っていた袋の口を開けた。
つい思わず小袋の中をのぞいてしまったノイギーアは、袋の中にあったありえないほどの金貨の枚数に目を丸くしてバッと顔を上げた。
「ノイくん?」
きょとんと首を傾げるツァイトの腕を左手でつかみ、反対の手で中の金貨が零れおちないようにツァイトの手ごと袋の口を押さえたノイギーアは、慌てて人通りの少ない路地に連れ込んだ。
ツァイトの背を壁に押し付け、その前を覆いかぶさるようにして塞ぐ。
ノイギーアの方が少しだけツァイトよりも背が高かったので、うまいことツァイトの袋を持った手元が隠れ、後ろからはすぐには見えない。
周りに誰もいない事を確認してから、隠すようにコソコソともう一度中身を確認した。
やはり信じられない枚数の金貨がその中に入っている。
「ツァイト、これ……さすがに小遣いとかいう額には多すぎると思うぞ」
「そうなの?」
小声で話すノイギーアにつられて、自然とツァイトも小声になる。
「オレ、ここで買い物したことがまだないから、いまいちここの貨幣価値が分かんないんだよね。ヴァイゼさん、もっと大きな袋持ってたんだけどさ、硬貨っていっぱいあると重いでしょ? だから一番小さな袋に入れてもらって来たんだけど……これ、多すぎた?」
「多すぎもなにも……」
きっちり枚数を確認したわけではないが、あきらかにノイギーアの年棒は超えている枚数がそこにあった。
ノイギーアは下っ端料理人といえど魔王のいる城で働いているため、平均よりも給料は良い方だ。
だが、それ以上の枚数の金貨が、小遣いとしてツァイトの持つ手には握られている。
正直にそれをツァイトの耳元で告げてやると、信じられないとひどく驚いた顔をした。
「え……え、そんなに!?」
「バカッ!」
周りに聞こえてはまずいと、ノイギーアは慌ててツァイトの口を塞ぐ。
「ばっか! おまえ、声大きい! 変な奴に目をつけられたらどうすんだよ!」
魔族であれ人間であれ、弱い相手を狙って金品を強奪しようとする輩はどこにでもいる。
さすがのツァイトも、いま自分が手にしている硬貨が大金であると知ったため、ノイギーアの言いたい事を瞬時に理解して口をつぐんだ。
軽く頷くツァイトを確認して、ノイギーアが手を離す。
「ノイくん……ど、どうしよ、これ……。オレ、そんなに必要ないんだけど!」
「ど、どうしようって聞かれても……おれだってこんな大金、見たこともねえから、どうしたらいいか分かんねえよ!」
二人で顔を突き合わせながら小声で喋る。
とりあえず落とすと怖いから、中身が零れおちないように袋の口をぎゅっと縛った。
何を考えてこれほどの大金を、レステラーとヴァイゼはツァイトに渡したのか。
それも小遣いとして。
ノイギーアの話が本当なら、この中の金貨一枚でも十分お釣りがくることになる。
どうしたらいいのか分からず二人して慌てふためいていると、路地の奥の方から数人の話し声が二人の耳に届いた。
段々と近づいてくる気配に、ハッとなってツァイトとノイギーアは身構えた。
ツァイトやノイギーアよりも身体の大きい男の魔族が五人。
どこからどう見ても危険な匂いがする男たちだった。
「あれーおチビちゃん達、どうしたのかなー?」
その中の一人が、進行方向にいるツァイトとノイギーアに気づく。
男たちの目は良いカモを見つけたとでも言いたそうに妖しく輝き、その口元には笑みが浮かんでいた。
話しかけられただけで大きく身体が震え、無意識にツァイトは、手に持っていた袋を隠すように胸元に引き寄せる。
「ど、どうもしてません! おい、行こうぜ」
ツァイトを男たちの視線から庇うように立ち、ノイギーアがツァイトの背を押す。
幸いにも二人が居た場所はすぐにでも大通りに出られる場所で、人ごみに紛れこめば彼らも追ってこないはずだ。
すぐにでもその場から離れたかったツァイトは、逆らうことなく歩き出した。
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