欠損少女と声無しの奴隷

ペケペケ

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欠損少女

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 そう、生まれというのは本人が選べるものではない。

 だから私は自分の出生に不満を抱いた事など無かった。

 毛が生える頃に両手足を切り落とされたり、少しばかり普通の人よりも肌が白くて髪も白髪なだけで「お前は悪魔の子だ」「なんで産まれて来たんだ」と言われようと指して何か思うところがある訳では無い。

 そういう風習、バカみたいな言い伝えを信じてしまう家に産まれてしまったのは偶然なのだから、誰かに恨み言を言うのも筋違いというものだ。

 比較的、必然性を持ったこの世界で偶然だと言えるのは、生まれ落ちるお家と関わりの無い筈の人間との出会いでは無いかと私は思っている。

 例えば、部屋から一歩も出た事が無い私が口の聞けない奴隷と出会う事や世界の一片も知らない私が様々な知識を得る事ができる本という物に出会った事、これらに私は必然性を感じる事が出来なかった。

 偶然に出会い、偶然大切に思う事が出来たもの。

 人生とは紙の上で語られるような美しいものばかりでは無いけれど、私の人生は概ね幸せだと感じる事が出来た。


「では、君はどうかな?」

 あまり綺麗とは言えない身なりの青年。

 彼は生まれつき声帯を持ち合わせていなかったらしい。
 五感は正常、彼は人とコミュニケーションをとる事が苦手なだけで至って正常な人間だ。

 しかし、彼もまた生まれた場所があまり良くなかった。
 声帯が無い彼は泣き声さえ上げられない。

 そうと分かった彼の両親は教会の扉の前に彼を捨てて行ったそうだ。


『幸せか? という事ですか?』

「そう、こんな手足の無い女の世話を焼かされてそろそろ嫌気がさした頃かと思ってね」

 彼は筆談を覚えていた、というより私が覚えさせた。
 コミュニケーションさえ取れれば彼は問題なく日常を送れるのだから、私のような人間の介護に付き合う必要も無いと思ったのだが……。

『ボクは幸せです。これ以上の事はありません」

 私が、幸せか? と問うと必ず彼は幸せだと答える。
 何度か彼以外のお付きの人に彼の待遇について話しもしたが、どうやら彼は筆談ができる事を誰にも伝えていないようなのだ。
 甚だ疑問ではあるが、彼は気が利くし私に良くしてくれるから、介護をしてくれるのはありがたい話ではある。


「君がそう言うなら構わないけどね。文字が書ける、文字が読める事が周りにバレたく無いのならもう少し気を使いたまえ、君は些か気が利きすぎる」

『バレていましたか?』

「いや、違和感を持たれていた程度ではないかな? まあ、ぬるま湯に浸かり続けたいのなら相応に頭を使いなさい、頭の良い君の事だ、理解できるだろう?」

『はい、気をつけます』


 素直だし、頭が良く、人の事をよく見ているから実に気の利く青年だ。
 本を読みたいと頼めばちょうど良いタイミングでページをめくってくれるし、食事をする時も口元に運ぶ間も私に合わせてくれる。

 教会の孤児院から連れてきたと言っていたが、お父様は案外人を見る目があるのかも知れない。


『ところで今日はどんな本が読みたいですか?』

「ん? ああ、そうだね、この前の騎士の伝記の続きを頼もうかな」

 そういうと、彼は少し嬉しそうに微笑む。

「嬉しいのかい?」

『はい、実は続きが気になっていました』

 それは良かった、と答えると、彼は私の前で本を開いた。

「ふむ、そういえばこうして私が音読をするようになったのは君が文字が読めなかったからだったか、君は既に読み書きが出来るのだから先に読んでも構わないのだよ?」

 そういうと彼は悲しそうな顔をした。

『ご迷惑ですか?』

「いや、迷惑とかでは無いのだけれど、続きが気になったと言っていたから」

『ご迷惑でないのならご一緒に物語を楽しみたいです』

「まあ、私は構わないが」

 先に読んでも構わないと言ったが彼は読み書きが出来る事を隠している上に奴隷の身分なのだから先に本を読む時間など簡単には取れないか。

 失言をしてしまった。

「すまなかったね」

『何がでしょうか?』

 キョトンとした表情、特に気にしてはいないようだ。

「いや、何でもないよ。さあ、本の続きを読もうか」

 残念な事に、この物語は主人公の努力も虚しくバットエンドになってしまった。

 私も彼も、悲しい結末はあまり好きでは無かった。
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