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【沈黙の理由】
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「もしもし、一来くん? ええ、そうよ。中国には一緒に行ってもらうから。あの人やたらと欧米カブレだから夫婦で行かないと……何? 聞こえる? ああ、今地下の駐車場なのよ。ちょっと待って……清白、ここの出口に車出してるから、あと一人で平気?」
紗月が携帯を少し耳から離してこちらにそう小さく問いかけた。どうやら電話の相手は紗月の夫らしい。
奏は小さく頷くと、ありがとうございましたと一礼をして背中を向けた。
「あ、もしもし?……『せやけど』じゃないっ!! だからっ!! 夫婦でいかないと意味ないの!! はあ? そりゃ私だってあんたなんかよりコースケと行きたいに決まってるでしょ!? 何言ってんのよ、無理に決まってるでしょっ!!」
地下駐車場は重役しか車を停めることはない。だから他者に聞かれる心配はあまりないのだとしても、自分の愛人の話を夫と堂々とするのはいかがなものか……。
どこまでも複雑な思いで地下駐車場から地上へのスロープをあがったところに、一台の重役用社用車が横付けされていた。
その横に立ち、どこかをジッと見つめているような、それでいてその目には何も写っていないような、もの思う視線の朗太の姿があった。
「友部さん」
一応社屋の中なのでそう声をかける。
そうしてから、そういえば外で会った時は一度もその名を呼んだことがないことに気づいた。
奏に呼ばれ朗太の体がビクンと揺れる。
ゆっくりとこちらを振り返った朗太が、少しぎこちない笑顔を見せた。
「倒れたって聞いて、心配した。オレ今日寝坊して、ギリで着いたら相良さんにいいとこ攫われてたよ。女子とか、お姫様だっこでキャーキャー言ってた」
それで紗月が現れたのかと得心した。
「どうぞ」
開けられた助手席のドア。
奏が乗り込むと朗太は運転席に回り、「高そうな車……当てたらやべーな」などと呟きながらエンジンをかけた。
「あー、俺が医務室連れて行きたかったなぁ」
言った後、唇を歪めた朗太に、奏はいつもの調子で口を開いた。
「女子にキャーキャー言われたかった?」
例の愛嬌のある笑顔を浮かべると思った。
けれど朗太はそれに返さず黙り込んでしまう。
いつもと違う朗太の様子に奏もなんとなく言葉を続けられず、沈黙が車内に充満した。
気詰まりな空間に居たたまれずスマートフォンのチェックなどをするフリなどしてはみる奏。
次に朗太が口を開いたのは、会社の敷地を出て3番目の信号にかかったときだった。
「俺が、清白さん送って行けって言われたの……は、さ、あの……一応お付き合いしてるってことを、相良さんが知ってるってこと、だよね?」
探り探りに紡ぐような朗太の言葉。
めずらしく歯切れの悪い様子を訝しく思いながらも小さく頷いた。
「まあ、そうね」
「そっか。なんか…嬉しい……のかな? これ。はは……あの、さ」
「何?」
「いや……うん…」
それからまた黙ってしまう。
奏自身も各務の言葉を思い出し、自ずと思考は過去へと流されて、車は沈黙を乗せて走ることとなった。
紗月が携帯を少し耳から離してこちらにそう小さく問いかけた。どうやら電話の相手は紗月の夫らしい。
奏は小さく頷くと、ありがとうございましたと一礼をして背中を向けた。
「あ、もしもし?……『せやけど』じゃないっ!! だからっ!! 夫婦でいかないと意味ないの!! はあ? そりゃ私だってあんたなんかよりコースケと行きたいに決まってるでしょ!? 何言ってんのよ、無理に決まってるでしょっ!!」
地下駐車場は重役しか車を停めることはない。だから他者に聞かれる心配はあまりないのだとしても、自分の愛人の話を夫と堂々とするのはいかがなものか……。
どこまでも複雑な思いで地下駐車場から地上へのスロープをあがったところに、一台の重役用社用車が横付けされていた。
その横に立ち、どこかをジッと見つめているような、それでいてその目には何も写っていないような、もの思う視線の朗太の姿があった。
「友部さん」
一応社屋の中なのでそう声をかける。
そうしてから、そういえば外で会った時は一度もその名を呼んだことがないことに気づいた。
奏に呼ばれ朗太の体がビクンと揺れる。
ゆっくりとこちらを振り返った朗太が、少しぎこちない笑顔を見せた。
「倒れたって聞いて、心配した。オレ今日寝坊して、ギリで着いたら相良さんにいいとこ攫われてたよ。女子とか、お姫様だっこでキャーキャー言ってた」
それで紗月が現れたのかと得心した。
「どうぞ」
開けられた助手席のドア。
奏が乗り込むと朗太は運転席に回り、「高そうな車……当てたらやべーな」などと呟きながらエンジンをかけた。
「あー、俺が医務室連れて行きたかったなぁ」
言った後、唇を歪めた朗太に、奏はいつもの調子で口を開いた。
「女子にキャーキャー言われたかった?」
例の愛嬌のある笑顔を浮かべると思った。
けれど朗太はそれに返さず黙り込んでしまう。
いつもと違う朗太の様子に奏もなんとなく言葉を続けられず、沈黙が車内に充満した。
気詰まりな空間に居たたまれずスマートフォンのチェックなどをするフリなどしてはみる奏。
次に朗太が口を開いたのは、会社の敷地を出て3番目の信号にかかったときだった。
「俺が、清白さん送って行けって言われたの……は、さ、あの……一応お付き合いしてるってことを、相良さんが知ってるってこと、だよね?」
探り探りに紡ぐような朗太の言葉。
めずらしく歯切れの悪い様子を訝しく思いながらも小さく頷いた。
「まあ、そうね」
「そっか。なんか…嬉しい……のかな? これ。はは……あの、さ」
「何?」
「いや……うん…」
それからまた黙ってしまう。
奏自身も各務の言葉を思い出し、自ずと思考は過去へと流されて、車は沈黙を乗せて走ることとなった。
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