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【証人保護プログラム】
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「あんたが日焼けとかして、女の子と釣りに行ったなんて言ったからでしょ? 慌てて日焼け隠しにファンデ塗ったのよ」
投げつけるように言うと、再び手酌で入れた酒を呷る。
「ちょっとピッチ早くないすか? いや、そりゃ強いんだろうけど」
「立て続けにワケわかないこと起こるからパニクってるの! そうだ。そうよ。あんたのせいで友達呼べなくなったじゃないよ」
あの部屋は相良と紗月さんとの逢い引き場所近くにあって、会えるかどうか微妙な時間を潰すのに相良がよく現れた。
勝手知ったるなんとやら。奏が居なくても合鍵を使って呑気にテレビなどを見ていたのに。その鍵を返してしまった今、自分がいないとき、あいつどうすんだろ。
不憫な気持ちがこみ上げる。
「え? 友達、呼んでも別にいいんじゃ……。一緒に暮らすわけじゃないし」
「当たり前でしょ」
ほっぺを赤らめてるんじゃないっ!
「私は嫌なの。なんか、とにかく日々の暮らしを変えたくないの。あらゆる意味で、ひっそりと暮らしたいの」
奏の切なる願いに朗太が訝しげな視線を投げてきた。
「なんでさ。そこまでさあ、徹底してるっていうか、誰かに追われてるみたいだね。……え、あれ? そうなの!? 身を隠してるの!? 証人保護プログラム的な?」
「バカ」
とは言ったものの、でもそうだ、海外映画でお馴染みのアレも全くの別人になって人生を過ごすんだっけ、と親近感のようなものを抱いた。
「目立ちたくないだけよ」
俯いてお猪口の中の透明の液体を回す奏に、朗太はそれ以上追求することはなく、仕切り直すように音を立てて手を合わせた。
「ね、カナデさんって呼ぶからね」
いきなり言われて即座に返事ができなかった。
殆ど呼ばれることのないその名。だから10年たっても慣れることもできなくて、未だに不思議な感じがする。
「だって俺日陰のオトコだもん。なんかちょっとくらい特別もらってもいいんじゃないかなーって」
少し首を傾げるようにしてニッコリと笑む朗太。企画部でありながら特に外回りの多い理由がわかる、性別やら年齢やら無関係に愛される、そんな笑顔。
「……二人のときだけ、ね」
酒が入っていたから、絆された。
どうせ名前には何の思い入れもないんだから。
そう思うことにする。
「ううーわ、超テンションあがるっ!! カナデさんっ!」
「うるさいっ」
「ええー! 呼んでいいっていったのに!?」
「用事もないのに呼ぶなっ」
犬のように真っ直ぐ曇りのない目を向けてくる朗太。この目が自分から反らされるのは、いつなのだろうか。
合わさった視線にいたたまれなくなって、またお猪口に視線を落とした。
朗太もまた、人の気持ちを掻き乱すだけ掻き乱して、そうして自分の前から消えていくのだ。
何も感じない、鉄みたいな女───。
体はすっかり女で、黙っていればよほど知識のある相手でなければ男だった過去を気付かれることはないだろう。
でも、どれだけ愛されても体がその愛に応えることはない。
濡れない女。感じない女。
元々持ち合わせがないのか、それとも男の残滓を取り除いた際に快楽ごと失ってしまったのか。
ベッドの中。何の悦びも見いだせない行為へのバカバカしい演技。
やがてそれは相手に伝わることとなり、少しづつ不協和音を生み出していった。
奏の過去を知れば朗太はどうするんだろう。
その笑顔が陰る瞬間を見たい。
優しく、柔かな、それこそ天使みたいな朗太が地に堕ちるところを見たい。
彼こそのギャップを見たい。
朗太に拒まれて、傷つき傷つけること。そんなことで自分の存在を確かめられる気がするから。
臆病な程に人の視線が気になり、人との交わりをさけてきた。そんな中で自分に好意を持つという人間が現るたび、その相手を傷つけなければいられず、そうしていつも自らが深く傷ついていくことで、自分というものを確認してきた。
そうせずに、いられなかった。
「カナデさん」
優しい朗太の声。
うっかりと溺れそうになるその声に、破壊衝動が、疼いた。
投げつけるように言うと、再び手酌で入れた酒を呷る。
「ちょっとピッチ早くないすか? いや、そりゃ強いんだろうけど」
「立て続けにワケわかないこと起こるからパニクってるの! そうだ。そうよ。あんたのせいで友達呼べなくなったじゃないよ」
あの部屋は相良と紗月さんとの逢い引き場所近くにあって、会えるかどうか微妙な時間を潰すのに相良がよく現れた。
勝手知ったるなんとやら。奏が居なくても合鍵を使って呑気にテレビなどを見ていたのに。その鍵を返してしまった今、自分がいないとき、あいつどうすんだろ。
不憫な気持ちがこみ上げる。
「え? 友達、呼んでも別にいいんじゃ……。一緒に暮らすわけじゃないし」
「当たり前でしょ」
ほっぺを赤らめてるんじゃないっ!
「私は嫌なの。なんか、とにかく日々の暮らしを変えたくないの。あらゆる意味で、ひっそりと暮らしたいの」
奏の切なる願いに朗太が訝しげな視線を投げてきた。
「なんでさ。そこまでさあ、徹底してるっていうか、誰かに追われてるみたいだね。……え、あれ? そうなの!? 身を隠してるの!? 証人保護プログラム的な?」
「バカ」
とは言ったものの、でもそうだ、海外映画でお馴染みのアレも全くの別人になって人生を過ごすんだっけ、と親近感のようなものを抱いた。
「目立ちたくないだけよ」
俯いてお猪口の中の透明の液体を回す奏に、朗太はそれ以上追求することはなく、仕切り直すように音を立てて手を合わせた。
「ね、カナデさんって呼ぶからね」
いきなり言われて即座に返事ができなかった。
殆ど呼ばれることのないその名。だから10年たっても慣れることもできなくて、未だに不思議な感じがする。
「だって俺日陰のオトコだもん。なんかちょっとくらい特別もらってもいいんじゃないかなーって」
少し首を傾げるようにしてニッコリと笑む朗太。企画部でありながら特に外回りの多い理由がわかる、性別やら年齢やら無関係に愛される、そんな笑顔。
「……二人のときだけ、ね」
酒が入っていたから、絆された。
どうせ名前には何の思い入れもないんだから。
そう思うことにする。
「ううーわ、超テンションあがるっ!! カナデさんっ!」
「うるさいっ」
「ええー! 呼んでいいっていったのに!?」
「用事もないのに呼ぶなっ」
犬のように真っ直ぐ曇りのない目を向けてくる朗太。この目が自分から反らされるのは、いつなのだろうか。
合わさった視線にいたたまれなくなって、またお猪口に視線を落とした。
朗太もまた、人の気持ちを掻き乱すだけ掻き乱して、そうして自分の前から消えていくのだ。
何も感じない、鉄みたいな女───。
体はすっかり女で、黙っていればよほど知識のある相手でなければ男だった過去を気付かれることはないだろう。
でも、どれだけ愛されても体がその愛に応えることはない。
濡れない女。感じない女。
元々持ち合わせがないのか、それとも男の残滓を取り除いた際に快楽ごと失ってしまったのか。
ベッドの中。何の悦びも見いだせない行為へのバカバカしい演技。
やがてそれは相手に伝わることとなり、少しづつ不協和音を生み出していった。
奏の過去を知れば朗太はどうするんだろう。
その笑顔が陰る瞬間を見たい。
優しく、柔かな、それこそ天使みたいな朗太が地に堕ちるところを見たい。
彼こそのギャップを見たい。
朗太に拒まれて、傷つき傷つけること。そんなことで自分の存在を確かめられる気がするから。
臆病な程に人の視線が気になり、人との交わりをさけてきた。そんな中で自分に好意を持つという人間が現るたび、その相手を傷つけなければいられず、そうしていつも自らが深く傷ついていくことで、自分というものを確認してきた。
そうせずに、いられなかった。
「カナデさん」
優しい朗太の声。
うっかりと溺れそうになるその声に、破壊衝動が、疼いた。
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