16 / 25
【出会い頭】
しおりを挟む
まだ休憩時間を残してオフィスに戻れば、耳に飛び込んでくる朗太の噂。
「どうも彼女できたらしいよ」
「なんか一緒に釣り行ったんだって」
「あー、そんで日焼けしてたのか」
その言葉に奏は慌てて化粧室へ飛び込んだ。
朝はUVカット機能のある乳液を使っているから朗太よりマシな日焼けではあるものの、改めて鏡に目を向ければあきらかに、それも夕べよりも赤くなっている。
まずい。
朝から、眼鏡が影となって頬の日焼けを隠してくれていたのだろう。
そして何より地味な自分と朗太をダイレクトに繋げて考えるとも思えないが、やはり打てる手は打っておかなければならない。
更衣室へ向かい、入社しばらくしてからはすっかり使用しなくなったファンデーションを取り出すと、放置しすぎてやや油の匂いが勝ち気味となったそれを肌に乗せて日焼けを隠した。
顔だけに塗ると、それはそれで浮いてしまう仕方なく、これまた放置していた口紅を少量つけて唇の表面に極力薄く伸ばした。
なんとか色味を抑えることに成功し、なるべく俯き加減でオフィスに戻る。
そう。それがいけなかった。
曲がり角。
人の影に気づけず、出会い頭に向こうから来た相手にぶつかってしまった。勢い、その人物に抱きとられることとなる。
「大丈夫!? わー清白さん細っこー」
「あのっ、ごめんなさい。すみませんっ」
慌てて体を離した視線の先、自分を抱き取った長身の人物の横に、目を丸くしてこちらを見ている朗太と目が合い二重に焦った。
一礼し、そそくさと立ち去ろうとする奏の腕を長身の人物が捉える。
「一昨日の夜、二次会来てくれなかったよね?」
そこにきて、ようやく自分の手を抱きとめた相手が、今月から営業部に配属となった各務だと気づいた。
二次会に誘われたのだといえば、まあそうだったかと改めてその時の会話を思い返す。
各務は確かうちのオフィスに来た際に例の飲み会に誘われていた。しかしその日は顧客と会うから二次会から参加すると言っていた。そして、たまたま各務の居た場所に近かった奏に、二次会行くんでしょう? と聞いてきたことは覚えている。
それに対して、まあ、とか、ええ、とか適当に返したような記憶も。
「なのに居ないからさあ、もうガッカリ。ね、今度メシ、いかない?」
「……何かの会ですか?」
「違くて違くて。オレと二人で。個人的に」
「おい、各務っ!!」
目を見開いて各務を制する朗太を思わず見てしまい、慌ててまた視線を下げた。
おーい……。
モテ期の再来なのか、これは?
果てしなく嬉しくないやつ。
よく話しかけられるなとは思っていたが、元々誰にでも人懐っこいところがある各務なので、浮いている女子社員にいらん情けでもかけてくれているのかなんて、漠然と思ってはいたけれど。
「なんだよ、友部。人の恋路の邪魔する奴の末路知ってるか? 普通に生きてたら有り得ない死に体だぞ」
確かに馬に蹴られるのは、この現代日本においてかなりレアな確率だろう。
しかし問題はそこじゃない。
朗太はと言えば食ってかかるような目を各務に向け、
「馬に蹴られんのはおま……っ」
言いかけて奏と目が合い、慌てて口をつぐんだ。
なんなんだ。
なんなんだ、これは。
胃が軋む。
何より、目の前で「恋路」と言い切った各務。
とりあえず周囲に人目はないが、このまま各務から話を大きくされ、広がるなんて有り得ない。
「あの……困ります。そういう冗談、対処できないんで」
精一杯の大人しさを装う。
各務は心外だとばかりに目を瞬いてから苦笑した。
「冗談と違うんだけどマジで。彼氏いないって言ってたからさ、こりゃ神のタイミングだと思って二次会でコクろうと思ってたのに、帰ってんだもんなぁ」
下げた目線の先。
朗太が拳をイライラと握ったり開いたり。
むすんでひらいてかっ。
「困ります。ごめんなさい。とにかく、ここでこんな話もなんなんで……失礼します」
奏は困った表情をして、それでも朗太にだけは、ちゃんと釘を刺しとけよオーラを発して、急ぎ足でオフィスへ戻った。
くそー。
各務も、朗太ほどじゃないにしても男前だぁ。なんたって身長があるからなあ。女子が目つけてたよ。
ほんと、マジない。
最悪だ。
頼むぞ、朗太!!
わけのわからないこと触れ回らすなっ!!
「どうも彼女できたらしいよ」
「なんか一緒に釣り行ったんだって」
「あー、そんで日焼けしてたのか」
その言葉に奏は慌てて化粧室へ飛び込んだ。
朝はUVカット機能のある乳液を使っているから朗太よりマシな日焼けではあるものの、改めて鏡に目を向ければあきらかに、それも夕べよりも赤くなっている。
まずい。
朝から、眼鏡が影となって頬の日焼けを隠してくれていたのだろう。
そして何より地味な自分と朗太をダイレクトに繋げて考えるとも思えないが、やはり打てる手は打っておかなければならない。
更衣室へ向かい、入社しばらくしてからはすっかり使用しなくなったファンデーションを取り出すと、放置しすぎてやや油の匂いが勝ち気味となったそれを肌に乗せて日焼けを隠した。
顔だけに塗ると、それはそれで浮いてしまう仕方なく、これまた放置していた口紅を少量つけて唇の表面に極力薄く伸ばした。
なんとか色味を抑えることに成功し、なるべく俯き加減でオフィスに戻る。
そう。それがいけなかった。
曲がり角。
人の影に気づけず、出会い頭に向こうから来た相手にぶつかってしまった。勢い、その人物に抱きとられることとなる。
「大丈夫!? わー清白さん細っこー」
「あのっ、ごめんなさい。すみませんっ」
慌てて体を離した視線の先、自分を抱き取った長身の人物の横に、目を丸くしてこちらを見ている朗太と目が合い二重に焦った。
一礼し、そそくさと立ち去ろうとする奏の腕を長身の人物が捉える。
「一昨日の夜、二次会来てくれなかったよね?」
そこにきて、ようやく自分の手を抱きとめた相手が、今月から営業部に配属となった各務だと気づいた。
二次会に誘われたのだといえば、まあそうだったかと改めてその時の会話を思い返す。
各務は確かうちのオフィスに来た際に例の飲み会に誘われていた。しかしその日は顧客と会うから二次会から参加すると言っていた。そして、たまたま各務の居た場所に近かった奏に、二次会行くんでしょう? と聞いてきたことは覚えている。
それに対して、まあ、とか、ええ、とか適当に返したような記憶も。
「なのに居ないからさあ、もうガッカリ。ね、今度メシ、いかない?」
「……何かの会ですか?」
「違くて違くて。オレと二人で。個人的に」
「おい、各務っ!!」
目を見開いて各務を制する朗太を思わず見てしまい、慌ててまた視線を下げた。
おーい……。
モテ期の再来なのか、これは?
果てしなく嬉しくないやつ。
よく話しかけられるなとは思っていたが、元々誰にでも人懐っこいところがある各務なので、浮いている女子社員にいらん情けでもかけてくれているのかなんて、漠然と思ってはいたけれど。
「なんだよ、友部。人の恋路の邪魔する奴の末路知ってるか? 普通に生きてたら有り得ない死に体だぞ」
確かに馬に蹴られるのは、この現代日本においてかなりレアな確率だろう。
しかし問題はそこじゃない。
朗太はと言えば食ってかかるような目を各務に向け、
「馬に蹴られんのはおま……っ」
言いかけて奏と目が合い、慌てて口をつぐんだ。
なんなんだ。
なんなんだ、これは。
胃が軋む。
何より、目の前で「恋路」と言い切った各務。
とりあえず周囲に人目はないが、このまま各務から話を大きくされ、広がるなんて有り得ない。
「あの……困ります。そういう冗談、対処できないんで」
精一杯の大人しさを装う。
各務は心外だとばかりに目を瞬いてから苦笑した。
「冗談と違うんだけどマジで。彼氏いないって言ってたからさ、こりゃ神のタイミングだと思って二次会でコクろうと思ってたのに、帰ってんだもんなぁ」
下げた目線の先。
朗太が拳をイライラと握ったり開いたり。
むすんでひらいてかっ。
「困ります。ごめんなさい。とにかく、ここでこんな話もなんなんで……失礼します」
奏は困った表情をして、それでも朗太にだけは、ちゃんと釘を刺しとけよオーラを発して、急ぎ足でオフィスへ戻った。
くそー。
各務も、朗太ほどじゃないにしても男前だぁ。なんたって身長があるからなあ。女子が目つけてたよ。
ほんと、マジない。
最悪だ。
頼むぞ、朗太!!
わけのわからないこと触れ回らすなっ!!
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる