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【残り酒】
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「普段から近づかないってとこがどうなのって感じだけど、まあ『極力』ってことでとりあえずは了解!……でも、ほんとに相良さんと何でもないの? 前に付き合ってた、とか」
「男女の関係ってこと? ないない。……共通の知り合いがいたのよ。もうそいつは死んだけど」
そう。
もう、今はいない。
「……なんか、ごめん。……彼氏だった、とか?」
奏は小さく頭を横に振ると、皿の中のホタテの貝柱を箸先で弄ぶように繊維にそって崩していく。
「カタワレ。もしくは不要なもの……。あんたもね、オトコとオンナの関係イコール、それって考え改めなさい」
「気になるもん。清白さんのことだから。好きな人のことって何でも知りたいでしょ?」
この上なく軽く、いけしゃあしゃあと口にする朗太に、ホタテを虐める手を止めてを眉を顰めて目を向ける。
「乙女か」
「うん。オレ超乙女」
さも純朴そうな顔をするけれど、今まで話すらまともにしたことのない人間にそんなセリフをポンと投げることのできる朗太は、いかにも経験値が高そうだ。
「……軽ぅ」
「ええ? 何言ってんですか。こんなんマジで清白さん相手にしか言わないよ。よし。オレ、会社では仕事以外で話しかけません! だからオフは『極力』付き合ってください!! で、早速明日休みでしょ? デートしよデート」
「……やっぱメンドイわ。なかったことにしよう」
「はああ? 何言ってんの!? ダメダメ、そんなの。クーリングオフは効きません」
一定期間内であれば無条件で契約を解除することができるクーリングオフの制度は、自ら店舗に出向いて購入した商品には適応されない。
「あんたのは一種の訪問販売じゃないの」
「俺はアヤシイ壺とかじゃないですよ」
「似たようなもんよ」
「え、じゃあ買ってくれます?」
「違うでしょ。返品しようとしてんの」
「あれ? じゃあオレもう既に清白さんのものってこと? わ。テンション上がる」
「……ほんとバカ」
そして、結局奏自身もバカだ。
『付き合ってもいい』なんて、前日の残り酒と睡眠不足のせいで判断力が鈍っていたとしかいえない。ほんとに、バカだ。
「で、その日焼け?」
相良は笑いながらビールのプルタブを引いた。
「あいつがモテる割にオンナいない理由の一端を垣間見た気がしたわ。まさかいきなり釣り堀とはね」
シュッとワイルドと評される相良が、テーブルに肩肘をついて奏を見る。
「まああいつ、そういうとこあるな。でもよかったじゃないか。途中で帰らなかったとこみたら、おまえも結構楽しかったんだろ? 釣り、好きだったもんな。で、何? おまえ、釣りできません演技とかしたの? ゴカイこわーい。気持ちワルーイとか」
口に拳を当て、奏のモノマネをするつもりの全くない作り声で身をくねらせた。
「しないよ。ふっつーにぶち切ったし。普通の釣り人?」
「あいつは? ゴカイぶち切る女見て引いてなかったか?」
「は。引くどころか、キラキラしてたわ。まぶしーっつーの」
相良は声をたてて笑うと、テーブルから身を起こし、ソファーに背中をもたせかけて宙を仰いだ。
「ま、でも良かったわ。おまえって、素直さの欠片もない頑なさんだからさ。どういう生き方するにしろ楽しいでもらいたいから安心したわ。もうそろそろ前だけ向くのもいい頃でないの?」
「は。後ろ向きの爛れた恋愛まっしぐらの相良には言われたくないね。そうだ! この話、釣り行ったこととか諸々、他の奴らに言うなよ? じゃないとダンナの方にチクるからな」
相良は肩をすくめ、ビールをゴクゴクと飲んでからぞんざいに口元を拭った。
「気まずいからやめて。つうかさあ、オレと違ってお前には障害なんてないんだぞ? とりあえずもう、お前の心の問題だろ」
心だけの問題。そうかも知れない。
でも、こと恋愛に関しては相手の心だって問題となるのだ。
「いっそ大っぴらに付き合えばいいのに。ちゃんと綺麗なカッコもしてさ。なあ、お前もう立派な女だよ。それも友部みたいなモテモテくんに惚れられるほどのさ。オレだって紗月さんいなきゃ、襲ってるよ。いやマジで」
絶対に、「マジで」しないだろう笑顔と口調。
「もう学生じゃないんだしさ」
「は。おまえ女の怖さ、知らないから」
高校のとき、好きでも何でもなかった男に一方的に思いを寄せられた。
告白でもしてこようものならハッキリと断れたのに、どっちつかずの煮え切らない態度でつきまとわれ、挙句その男を好きだった女からの嫌がらせにあった。
どういう経路か、高校を一度辞めて入学しなおしていた奏の前の学校が、男子校であったことを突き止められたのだ。
その結果、2度高校を辞めることになった。
まったくもってつまらない理由。
あのとき、あの男子生徒に言い寄られなければ、また少し違った人生もあったのだろうか。
いや、同じか。
ダメ押しのように付けられたあの時の心の傷が、ずっとケロイドのようになって奏を束縛する。
「お前が居なきゃ死んでた」
相良を前にすると自分のことを「私」とは言えなくなる。
それでも「オレ」とも言えないことが、歪んでいると思えた。
「男女の関係ってこと? ないない。……共通の知り合いがいたのよ。もうそいつは死んだけど」
そう。
もう、今はいない。
「……なんか、ごめん。……彼氏だった、とか?」
奏は小さく頭を横に振ると、皿の中のホタテの貝柱を箸先で弄ぶように繊維にそって崩していく。
「カタワレ。もしくは不要なもの……。あんたもね、オトコとオンナの関係イコール、それって考え改めなさい」
「気になるもん。清白さんのことだから。好きな人のことって何でも知りたいでしょ?」
この上なく軽く、いけしゃあしゃあと口にする朗太に、ホタテを虐める手を止めてを眉を顰めて目を向ける。
「乙女か」
「うん。オレ超乙女」
さも純朴そうな顔をするけれど、今まで話すらまともにしたことのない人間にそんなセリフをポンと投げることのできる朗太は、いかにも経験値が高そうだ。
「……軽ぅ」
「ええ? 何言ってんですか。こんなんマジで清白さん相手にしか言わないよ。よし。オレ、会社では仕事以外で話しかけません! だからオフは『極力』付き合ってください!! で、早速明日休みでしょ? デートしよデート」
「……やっぱメンドイわ。なかったことにしよう」
「はああ? 何言ってんの!? ダメダメ、そんなの。クーリングオフは効きません」
一定期間内であれば無条件で契約を解除することができるクーリングオフの制度は、自ら店舗に出向いて購入した商品には適応されない。
「あんたのは一種の訪問販売じゃないの」
「俺はアヤシイ壺とかじゃないですよ」
「似たようなもんよ」
「え、じゃあ買ってくれます?」
「違うでしょ。返品しようとしてんの」
「あれ? じゃあオレもう既に清白さんのものってこと? わ。テンション上がる」
「……ほんとバカ」
そして、結局奏自身もバカだ。
『付き合ってもいい』なんて、前日の残り酒と睡眠不足のせいで判断力が鈍っていたとしかいえない。ほんとに、バカだ。
「で、その日焼け?」
相良は笑いながらビールのプルタブを引いた。
「あいつがモテる割にオンナいない理由の一端を垣間見た気がしたわ。まさかいきなり釣り堀とはね」
シュッとワイルドと評される相良が、テーブルに肩肘をついて奏を見る。
「まああいつ、そういうとこあるな。でもよかったじゃないか。途中で帰らなかったとこみたら、おまえも結構楽しかったんだろ? 釣り、好きだったもんな。で、何? おまえ、釣りできません演技とかしたの? ゴカイこわーい。気持ちワルーイとか」
口に拳を当て、奏のモノマネをするつもりの全くない作り声で身をくねらせた。
「しないよ。ふっつーにぶち切ったし。普通の釣り人?」
「あいつは? ゴカイぶち切る女見て引いてなかったか?」
「は。引くどころか、キラキラしてたわ。まぶしーっつーの」
相良は声をたてて笑うと、テーブルから身を起こし、ソファーに背中をもたせかけて宙を仰いだ。
「ま、でも良かったわ。おまえって、素直さの欠片もない頑なさんだからさ。どういう生き方するにしろ楽しいでもらいたいから安心したわ。もうそろそろ前だけ向くのもいい頃でないの?」
「は。後ろ向きの爛れた恋愛まっしぐらの相良には言われたくないね。そうだ! この話、釣り行ったこととか諸々、他の奴らに言うなよ? じゃないとダンナの方にチクるからな」
相良は肩をすくめ、ビールをゴクゴクと飲んでからぞんざいに口元を拭った。
「気まずいからやめて。つうかさあ、オレと違ってお前には障害なんてないんだぞ? とりあえずもう、お前の心の問題だろ」
心だけの問題。そうかも知れない。
でも、こと恋愛に関しては相手の心だって問題となるのだ。
「いっそ大っぴらに付き合えばいいのに。ちゃんと綺麗なカッコもしてさ。なあ、お前もう立派な女だよ。それも友部みたいなモテモテくんに惚れられるほどのさ。オレだって紗月さんいなきゃ、襲ってるよ。いやマジで」
絶対に、「マジで」しないだろう笑顔と口調。
「もう学生じゃないんだしさ」
「は。おまえ女の怖さ、知らないから」
高校のとき、好きでも何でもなかった男に一方的に思いを寄せられた。
告白でもしてこようものならハッキリと断れたのに、どっちつかずの煮え切らない態度でつきまとわれ、挙句その男を好きだった女からの嫌がらせにあった。
どういう経路か、高校を一度辞めて入学しなおしていた奏の前の学校が、男子校であったことを突き止められたのだ。
その結果、2度高校を辞めることになった。
まったくもってつまらない理由。
あのとき、あの男子生徒に言い寄られなければ、また少し違った人生もあったのだろうか。
いや、同じか。
ダメ押しのように付けられたあの時の心の傷が、ずっとケロイドのようになって奏を束縛する。
「お前が居なきゃ死んでた」
相良を前にすると自分のことを「私」とは言えなくなる。
それでも「オレ」とも言えないことが、歪んでいると思えた。
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