黒の騎士と未来を視る少女

スナオ

文字の大きさ
上 下
5 / 19

第5話 対決

しおりを挟む
「……アルファ、アルファ」

「……なんだ」

 マリアが自分のことを名前で呼ぶのは珍しいな、なんて思いながら、アルファはベッドから身体を起こす。元々浅い睡眠でもフルにパフォーマンスを発揮できる彼としては、マリアの監視中ゆえすぐに起きられる状態で寝ていた。だから同じ部屋で寝ているマリアが急に声をかけて来てもすぐに反応できたのだ。

「未来が視えた。ここにぼくを探して人々が押し寄せてくる」

「……」

 マリアの存在を隠すために一日中締め切られているカーテンの隙間から窓の外を見てみる。ほんの僅かの隙間だが、その遠くには松明の火が集まっているかのように、灯りが見える。

「……仕方ない。逃げるか」

「え?」

 クローゼットを開けたアルファは、そこから自身の私服と、フード付きのローブを取り出した。

「ほれ、これをかぶって目と髪を隠せ」

「い、いやしかし」

「いいから早く。陛下の許可なく僕は臣民を切ることはできないんだ。乗り込まれては面倒だ」

 すばやく黒いワイシャツと同色のズボンに着替えたアルファは、ローブをマリアに着せ、頭にフードをかぶせる。

「僕が良いと言うまで顔を伏せていろよ」

「あ、ああ……」

 マリアの手を、アルファは掴んで歩き出す。マリアはそんなアルファを呆けたように見ていた。すぐに彼は馬小屋まで向かい、小型の黒馬に乗り込んだ。マリアを自分の後ろにひっぱりあげていると、アリスが慌てて屋敷から出て来た。

「閣下! お荷物です!」

「ありがとう」

 いつの間にかアリスの持ってきたリュックサックと鞘に入った諸刃の剣を受け取る――アリスはいつもアルファの必要としているものやことに気づいてくれる――と、馬を走らせた。向かうは1つ、アルファとローゼスの隠れ家だ。

◆◆◆

 昏い森の奥深く、そこには小さな山小屋があった。そこは放蕩息子だったローゼスの隠れ家であり、今はアルファの隠れ家でもある。アルファは山小屋の前で馬から降りると手綱を木の杭に結びつける。そしてごく自然にマリアが馬から降りやすいよう手を差し出した。マリアはしばらくその手を見つめ、目をぱちくりとさせた。

「どうした?」

「……いや、こういう時の君はずいぶん紳士的だなと思ってさ」

「うるさい」

「照れるなよ。ぼくはうれしいんだ」

 マリアはアルファの手をつかみ、馬から降りる。そのときだったマリアに未来が視えたのは。同時にアルファも気配に気づき、マリアを後ろにかばった。

「誰だ!」

「おや、見つかってしまいましたか」

 森の奥から、白い司祭のローブに身を包んだ。初老の男が出て来た。左手には魔術書らしき分厚い本が握られている。

「お前は……箱舟教団の教祖、チースか」

 権力主義のバカの登場か、アルファはのんきにもそんなことを思った。

「そのとおり、皇帝陛下の剣に覚えていていただいて光栄ですよ」

「この子を取り返しに来たか」

「ええ、その娘は魔王の血を引き継ぐ魔女、改悛のため、民への償いのため、ワタクシの下で永遠に未来を視続けねばならないのです」

 チースは芝居がかった態度で右腕を広げてみせる。やはり権力バカはバカのままか、これなら誰が信仰を得るかなど見え切っている――アルファはくだらないものでも見るように顔を歪め、剣を鞘から引き抜いた。

「悪いが、この国の民はすべて皇帝陛下の所有物だ。そしてこの少女、マリアのことは僕が預かるようにと皇帝陛下が決定した。諦めて箱舟教団を解散しろ。さもないと……」

 アルファは剣の切っ先をチースに向けて構える。チースはおだやかに、だがバカにするように笑みを浮かべた。

「おやめなさい。ワタクシは魔術師だ。剣士は魔術師には勝てない」

「実力が拮抗していれば、な!」

 アルファは最後の言葉を言い終わらないうちに大きく踏み込み、チースが手に持つ魔術所を狙って剣を振るう。チースのように魔術書を使用するタイプの魔術師は、魔術書の補助無では魔術を使えない。つまり魔術書はわかりやすい弱点なのだ。

「はあ!」

「無駄です」

 アルファの神速の一撃を、チースは身体を雷に変えて回避し、後方に下る。魔術書は風もないのに凄まじい勢いでめくれていき、雷撃の魔術がアルファに襲い掛かる。

「アルファ!」

 マリアの自分を呼ぶ叫びを背中に受けながら、アルファは対魔術コーティングがされた剣で雷撃を切り裂く。無数の雷撃はその一振りで、一瞬にして切り裂かれた。

「まだまだ行きますよ!」

 魔術書のページがさらにめくれ、今度は雷でできた狼が生み出されていく。それも1体ではない。3体、5体とどんどん数を増やしいき、最終的には13体にまで増えた。1体1体の実力はたいしたことはないが、13体がコンビネーションを組んで攻撃してくるとなると手に余る。しかも隙を見せればマリアの方に攻撃を仕掛けようとしてくるだろう――雷撃でできた狼たちはチースの手同然なのだ。

「……ちっ」

防戦を強いられるアルファは舌打ちをした。しかし彼も負けてはいない、狼たちの動きを見切り、フィールドをコントロールする。攻撃と防御と回避を上手く組み合わせて、狼たちの自由な動きを阻止してみせた。だが、その立ち回りも決定打に欠ける。今の状況で勝つためには狼たちを退け、チースか彼の手にある魔術書を切る必要がある。

「……アルファ」

 マリアは未来を“視る”。彼女がアルファを助けることができる可能性があるとしたら、それしかなかった。

「!」

 マリアは“視た”、アルファが勝つ未来を。そのためには……。だから彼女は走り出す。なぜなら伏兵の14体目の狼が、今にもアルファの死角から彼に攻撃をしようとしていたからだ。その攻撃を、マリアはアルファを押し倒すことで無理矢理回避させた。

「な……」

 なにをするという言葉を言おうとするアルファの口を、マリアは自身の唇でふさいだ。

(なんだ? 魔力が流れ込んでくる)

 それはただのキス、ではなかった。マリアの魔力が流れ込んでくる感触にアルファが集中しているのを見て、チースは少しだけ苛立たし気になった。

「メロドラマに興味はないのですよ」

 狼が3体、アルファとマリアに向かって飛び掛かる。だがマリアを左手で抱いたアルファは、瞬時に体勢を立て直し、その3体を切り裂いた。まるですべての動きが読めているとばかりに。

「そ、その眼は……」

 嫌な予感がしたチースがアルファを見た瞬間、彼の背筋が凍り付いた。立ち上がり、閉じていた瞼を開いたアルファの右目が、マリア同様赤く光っていたからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

僕の彼女は小学生

mM
恋愛
公立文化ホールの職員と、施設利用団体のバレエスクール生徒との恋物語。2008年からあるサイトで連載をしておりおかげさまで好評でしたが、公私ともに多忙になり、なかなか執筆に充てる時間がつくれないでいるうちにそこが閉鎖になってしまいました。続編を書きたくて検索してこちらを知り早速、1話から投稿始めます(時代設定は2008年のままにしています)。誰か一人でも関心を持ってお読みいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。

処理中です...