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第5話 対決
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「……アルファ、アルファ」
「……なんだ」
マリアが自分のことを名前で呼ぶのは珍しいな、なんて思いながら、アルファはベッドから身体を起こす。元々浅い睡眠でもフルにパフォーマンスを発揮できる彼としては、マリアの監視中ゆえすぐに起きられる状態で寝ていた。だから同じ部屋で寝ているマリアが急に声をかけて来てもすぐに反応できたのだ。
「未来が視えた。ここにぼくを探して人々が押し寄せてくる」
「……」
マリアの存在を隠すために一日中締め切られているカーテンの隙間から窓の外を見てみる。ほんの僅かの隙間だが、その遠くには松明の火が集まっているかのように、灯りが見える。
「……仕方ない。逃げるか」
「え?」
クローゼットを開けたアルファは、そこから自身の私服と、フード付きのローブを取り出した。
「ほれ、これをかぶって目と髪を隠せ」
「い、いやしかし」
「いいから早く。陛下の許可なく僕は臣民を切ることはできないんだ。乗り込まれては面倒だ」
すばやく黒いワイシャツと同色のズボンに着替えたアルファは、ローブをマリアに着せ、頭にフードをかぶせる。
「僕が良いと言うまで顔を伏せていろよ」
「あ、ああ……」
マリアの手を、アルファは掴んで歩き出す。マリアはそんなアルファを呆けたように見ていた。すぐに彼は馬小屋まで向かい、小型の黒馬に乗り込んだ。マリアを自分の後ろにひっぱりあげていると、アリスが慌てて屋敷から出て来た。
「閣下! お荷物です!」
「ありがとう」
いつの間にかアリスの持ってきたリュックサックと鞘に入った諸刃の剣を受け取る――アリスはいつもアルファの必要としているものやことに気づいてくれる――と、馬を走らせた。向かうは1つ、アルファとローゼスの隠れ家だ。
◆◆◆
昏い森の奥深く、そこには小さな山小屋があった。そこは放蕩息子だったローゼスの隠れ家であり、今はアルファの隠れ家でもある。アルファは山小屋の前で馬から降りると手綱を木の杭に結びつける。そしてごく自然にマリアが馬から降りやすいよう手を差し出した。マリアはしばらくその手を見つめ、目をぱちくりとさせた。
「どうした?」
「……いや、こういう時の君はずいぶん紳士的だなと思ってさ」
「うるさい」
「照れるなよ。ぼくはうれしいんだ」
マリアはアルファの手をつかみ、馬から降りる。そのときだったマリアに未来が視えたのは。同時にアルファも気配に気づき、マリアを後ろにかばった。
「誰だ!」
「おや、見つかってしまいましたか」
森の奥から、白い司祭のローブに身を包んだ。初老の男が出て来た。左手には魔術書らしき分厚い本が握られている。
「お前は……箱舟教団の教祖、チースか」
権力主義のバカの登場か、アルファはのんきにもそんなことを思った。
「そのとおり、皇帝陛下の剣に覚えていていただいて光栄ですよ」
「この子を取り返しに来たか」
「ええ、その娘は魔王の血を引き継ぐ魔女、改悛のため、民への償いのため、ワタクシの下で永遠に未来を視続けねばならないのです」
チースは芝居がかった態度で右腕を広げてみせる。やはり権力バカはバカのままか、これなら誰が信仰を得るかなど見え切っている――アルファはくだらないものでも見るように顔を歪め、剣を鞘から引き抜いた。
「悪いが、この国の民はすべて皇帝陛下の所有物だ。そしてこの少女、マリアのことは僕が預かるようにと皇帝陛下が決定した。諦めて箱舟教団を解散しろ。さもないと……」
アルファは剣の切っ先をチースに向けて構える。チースはおだやかに、だがバカにするように笑みを浮かべた。
「おやめなさい。ワタクシは魔術師だ。剣士は魔術師には勝てない」
「実力が拮抗していれば、な!」
アルファは最後の言葉を言い終わらないうちに大きく踏み込み、チースが手に持つ魔術所を狙って剣を振るう。チースのように魔術書を使用するタイプの魔術師は、魔術書の補助無では魔術を使えない。つまり魔術書はわかりやすい弱点なのだ。
「はあ!」
「無駄です」
アルファの神速の一撃を、チースは身体を雷に変えて回避し、後方に下る。魔術書は風もないのに凄まじい勢いでめくれていき、雷撃の魔術がアルファに襲い掛かる。
「アルファ!」
マリアの自分を呼ぶ叫びを背中に受けながら、アルファは対魔術コーティングがされた剣で雷撃を切り裂く。無数の雷撃はその一振りで、一瞬にして切り裂かれた。
「まだまだ行きますよ!」
魔術書のページがさらにめくれ、今度は雷でできた狼が生み出されていく。それも1体ではない。3体、5体とどんどん数を増やしいき、最終的には13体にまで増えた。1体1体の実力はたいしたことはないが、13体がコンビネーションを組んで攻撃してくるとなると手に余る。しかも隙を見せればマリアの方に攻撃を仕掛けようとしてくるだろう――雷撃でできた狼たちはチースの手同然なのだ。
「……ちっ」
防戦を強いられるアルファは舌打ちをした。しかし彼も負けてはいない、狼たちの動きを見切り、フィールドをコントロールする。攻撃と防御と回避を上手く組み合わせて、狼たちの自由な動きを阻止してみせた。だが、その立ち回りも決定打に欠ける。今の状況で勝つためには狼たちを退け、チースか彼の手にある魔術書を切る必要がある。
「……アルファ」
マリアは未来を“視る”。彼女がアルファを助けることができる可能性があるとしたら、それしかなかった。
「!」
マリアは“視た”、アルファが勝つ未来を。そのためには……。だから彼女は走り出す。なぜなら伏兵の14体目の狼が、今にもアルファの死角から彼に攻撃をしようとしていたからだ。その攻撃を、マリアはアルファを押し倒すことで無理矢理回避させた。
「な……」
なにをするという言葉を言おうとするアルファの口を、マリアは自身の唇でふさいだ。
(なんだ? 魔力が流れ込んでくる)
それはただのキス、ではなかった。マリアの魔力が流れ込んでくる感触にアルファが集中しているのを見て、チースは少しだけ苛立たし気になった。
「メロドラマに興味はないのですよ」
狼が3体、アルファとマリアに向かって飛び掛かる。だがマリアを左手で抱いたアルファは、瞬時に体勢を立て直し、その3体を切り裂いた。まるですべての動きが読めているとばかりに。
「そ、その眼は……」
嫌な予感がしたチースがアルファを見た瞬間、彼の背筋が凍り付いた。立ち上がり、閉じていた瞼を開いたアルファの右目が、マリア同様赤く光っていたからだ。
「……なんだ」
マリアが自分のことを名前で呼ぶのは珍しいな、なんて思いながら、アルファはベッドから身体を起こす。元々浅い睡眠でもフルにパフォーマンスを発揮できる彼としては、マリアの監視中ゆえすぐに起きられる状態で寝ていた。だから同じ部屋で寝ているマリアが急に声をかけて来てもすぐに反応できたのだ。
「未来が視えた。ここにぼくを探して人々が押し寄せてくる」
「……」
マリアの存在を隠すために一日中締め切られているカーテンの隙間から窓の外を見てみる。ほんの僅かの隙間だが、その遠くには松明の火が集まっているかのように、灯りが見える。
「……仕方ない。逃げるか」
「え?」
クローゼットを開けたアルファは、そこから自身の私服と、フード付きのローブを取り出した。
「ほれ、これをかぶって目と髪を隠せ」
「い、いやしかし」
「いいから早く。陛下の許可なく僕は臣民を切ることはできないんだ。乗り込まれては面倒だ」
すばやく黒いワイシャツと同色のズボンに着替えたアルファは、ローブをマリアに着せ、頭にフードをかぶせる。
「僕が良いと言うまで顔を伏せていろよ」
「あ、ああ……」
マリアの手を、アルファは掴んで歩き出す。マリアはそんなアルファを呆けたように見ていた。すぐに彼は馬小屋まで向かい、小型の黒馬に乗り込んだ。マリアを自分の後ろにひっぱりあげていると、アリスが慌てて屋敷から出て来た。
「閣下! お荷物です!」
「ありがとう」
いつの間にかアリスの持ってきたリュックサックと鞘に入った諸刃の剣を受け取る――アリスはいつもアルファの必要としているものやことに気づいてくれる――と、馬を走らせた。向かうは1つ、アルファとローゼスの隠れ家だ。
◆◆◆
昏い森の奥深く、そこには小さな山小屋があった。そこは放蕩息子だったローゼスの隠れ家であり、今はアルファの隠れ家でもある。アルファは山小屋の前で馬から降りると手綱を木の杭に結びつける。そしてごく自然にマリアが馬から降りやすいよう手を差し出した。マリアはしばらくその手を見つめ、目をぱちくりとさせた。
「どうした?」
「……いや、こういう時の君はずいぶん紳士的だなと思ってさ」
「うるさい」
「照れるなよ。ぼくはうれしいんだ」
マリアはアルファの手をつかみ、馬から降りる。そのときだったマリアに未来が視えたのは。同時にアルファも気配に気づき、マリアを後ろにかばった。
「誰だ!」
「おや、見つかってしまいましたか」
森の奥から、白い司祭のローブに身を包んだ。初老の男が出て来た。左手には魔術書らしき分厚い本が握られている。
「お前は……箱舟教団の教祖、チースか」
権力主義のバカの登場か、アルファはのんきにもそんなことを思った。
「そのとおり、皇帝陛下の剣に覚えていていただいて光栄ですよ」
「この子を取り返しに来たか」
「ええ、その娘は魔王の血を引き継ぐ魔女、改悛のため、民への償いのため、ワタクシの下で永遠に未来を視続けねばならないのです」
チースは芝居がかった態度で右腕を広げてみせる。やはり権力バカはバカのままか、これなら誰が信仰を得るかなど見え切っている――アルファはくだらないものでも見るように顔を歪め、剣を鞘から引き抜いた。
「悪いが、この国の民はすべて皇帝陛下の所有物だ。そしてこの少女、マリアのことは僕が預かるようにと皇帝陛下が決定した。諦めて箱舟教団を解散しろ。さもないと……」
アルファは剣の切っ先をチースに向けて構える。チースはおだやかに、だがバカにするように笑みを浮かべた。
「おやめなさい。ワタクシは魔術師だ。剣士は魔術師には勝てない」
「実力が拮抗していれば、な!」
アルファは最後の言葉を言い終わらないうちに大きく踏み込み、チースが手に持つ魔術所を狙って剣を振るう。チースのように魔術書を使用するタイプの魔術師は、魔術書の補助無では魔術を使えない。つまり魔術書はわかりやすい弱点なのだ。
「はあ!」
「無駄です」
アルファの神速の一撃を、チースは身体を雷に変えて回避し、後方に下る。魔術書は風もないのに凄まじい勢いでめくれていき、雷撃の魔術がアルファに襲い掛かる。
「アルファ!」
マリアの自分を呼ぶ叫びを背中に受けながら、アルファは対魔術コーティングがされた剣で雷撃を切り裂く。無数の雷撃はその一振りで、一瞬にして切り裂かれた。
「まだまだ行きますよ!」
魔術書のページがさらにめくれ、今度は雷でできた狼が生み出されていく。それも1体ではない。3体、5体とどんどん数を増やしいき、最終的には13体にまで増えた。1体1体の実力はたいしたことはないが、13体がコンビネーションを組んで攻撃してくるとなると手に余る。しかも隙を見せればマリアの方に攻撃を仕掛けようとしてくるだろう――雷撃でできた狼たちはチースの手同然なのだ。
「……ちっ」
防戦を強いられるアルファは舌打ちをした。しかし彼も負けてはいない、狼たちの動きを見切り、フィールドをコントロールする。攻撃と防御と回避を上手く組み合わせて、狼たちの自由な動きを阻止してみせた。だが、その立ち回りも決定打に欠ける。今の状況で勝つためには狼たちを退け、チースか彼の手にある魔術書を切る必要がある。
「……アルファ」
マリアは未来を“視る”。彼女がアルファを助けることができる可能性があるとしたら、それしかなかった。
「!」
マリアは“視た”、アルファが勝つ未来を。そのためには……。だから彼女は走り出す。なぜなら伏兵の14体目の狼が、今にもアルファの死角から彼に攻撃をしようとしていたからだ。その攻撃を、マリアはアルファを押し倒すことで無理矢理回避させた。
「な……」
なにをするという言葉を言おうとするアルファの口を、マリアは自身の唇でふさいだ。
(なんだ? 魔力が流れ込んでくる)
それはただのキス、ではなかった。マリアの魔力が流れ込んでくる感触にアルファが集中しているのを見て、チースは少しだけ苛立たし気になった。
「メロドラマに興味はないのですよ」
狼が3体、アルファとマリアに向かって飛び掛かる。だがマリアを左手で抱いたアルファは、瞬時に体勢を立て直し、その3体を切り裂いた。まるですべての動きが読めているとばかりに。
「そ、その眼は……」
嫌な予感がしたチースがアルファを見た瞬間、彼の背筋が凍り付いた。立ち上がり、閉じていた瞼を開いたアルファの右目が、マリア同様赤く光っていたからだ。
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