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第3話 カーネーションの旗印
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「なに、このアルファがかね」
皇帝ローゼスは目を瞬かせる。
「はい、彼はあなたの死を阻止するために箱舟を作るのです。陛下」
「まだ僕はお前の予言を信じたわけでは……」
ローゼスとマリアの会話に、アルファが割り込むと、マリアはにこりと笑った。どこか寒気のする笑みだった。アルファの背中に何かが高速で走り抜けたのは言うまでもない。
「では信じさせてみせましょう。今からわたくしが3つ数えたら、賊がこの部屋に侵入します」
「だから……」
「1つ」
そこでアルファは気配を感じ取った。誰かがこの謁見の間に走ってくる。
「2つ」
「っ?」
謁見の間の扉の方からくぐもった声が聞こえてくる。門番がやられたか? そう判断してすぐにアルファは扉にむかってかけた。腰に差した剣を鞘から引き抜く。瞬間扉が乱暴に開かれ、2人の武装した男が入ってきた。
「3つ」
―― バ ン ッ !
「ローゼス! お前の首を……」
「遅い!」
男たちが言い終わらぬうちに1人目を切り倒し、勢いを殺さず2人目を逆袈裟に切った。ただし命は奪わない、奪ってはいけない。この連中から聞き出さなければならないことがたくさんあるからだ。
「近衛兵!」
アルファが呼ぶと次の間から出てきた6人の兵――まるでおもちゃの兵隊のように真っ赤な上着と帽子を着用している――が慣れた手つきで男たちを縛り上げ、連行していく。男たちは何かを叫んでいた気がするが、すぐにその音源は遠ざかっていった。
「お見事です。聖騎士(ナイト)様」
「おまえ……」
「フハハハハハ、良い余興だったぞ。その眼の力、余のために使うがよい」
ローゼスは高々と笑いそう命じ、マリアもそれをひれ伏して受けた。「まだ予言の力が本物かわからないではないですか」、そう言おうとしたアルファをローゼスは目線で制した。その眼は語っていた「見極めよ」と。アルファは幾度目になるかわからないため息を吐きたくなったが、また我慢した。
「マリア、そなたにも護衛がいるだろう。しばらくはアルファと共にいるとよい。その男なら教団が手を出してきても相手にならんだろう。……下がってよし」
◆◆◆
用意されている馬車に向かう道を歩きながら、アルファはマリアに尋ねた。
「お前は、未来をその眼で“視る”のか」
「ああ、さっき皇帝がそんなことも言っていたね」
「こら……」
「不敬だぞ、かい? それも視えているよ」
「はあ……。その眼は」
「生まれつきさ。“魔王”のようで気味が悪いとあちこちたらい回しにされた。でもぼくにはわかっていた。ぼくを助けてくれる聖騎士様が現れると!」
芝居がかった態度をとるマリアを軽くにらみつつも、アルファは馬車に乗り込んだ。マリアも当然とばかりに乗り込んでくる。アリスは何も言わず、馬の手綱を握った。走り出す馬車の中、マリアは小さくためいきを吐いた。
「そんなに不安なら、この眼を奪うといい。未来を視る力はこの眼に宿っている。そうすればぼくに帝国を揺るがすような力はなくなる」
「なぜ、それを僕に?」
「君ならそんなことをしないって、“視えて”いるからさ。アルファ……」
冷たい笑み、少女らしからぬ笑み。その笑みがアルファをぞくりと震えさせた。馬車の揺れはいつもよりも小刻みに感じられたが、同時に迫り来る何かを歌っているようにも感じられた。まるで、なにかを予兆しているかのような揺れだった。
◆◆◆
「へえ、ここが君の屋敷かい。ずいぶんと小さいんだね」
屋敷を見るなり、マリアはそう言った。未来を視る眼があるにもかかわらず、まるで何も知らないような言い方がアルファは気になった。
「それは視えていないのか?」
「まあね、なんでもかんでも視ていたら疲れる。まあ、勝手に視えてしまう場合もあるんだが……」
「ふむ……っておい」
軽く答えたマリアは止まった馬車からぴょんっと降りると、制止する声も聞かずに庭の方へ歩いて行った。仕方なく、アルファも彼女のあとを追った。
「おい……」
アルファが追いかけた先、彼女が立っていたのは、一面を白いカーネーションが覆っている庭だった。
「……きれいだね」
「アリスが手入れをしているからな」
「そうか、うん。きれいだ。ここのカーネーションは」
アルファは静かに彼女の隣に立つと、咲き誇る白いカーネーションを眺めた。
「カーネーションは君のシンボルだったね。何か理由が?」
マリアは屋敷に掲げられた2つの旗に目をやる。1つは帝国の今の国旗、つまりローゼスの象徴が描かれていた。それはライオンと赤いバラだった。ローゼスの旗よりひと回り小さいアルファの旗は、白いカーネーションと女性の天使が描かれていた。
「そういうことは視えないのか?」
「視えないね。過去は視えない」
「そうか……」
アルファは先に屋敷に入ろうとも思ったが、監視対象を置いていくわけにもいかず、少女と視線を交わす。赤い、血のような瞳。帝国で語り継がれる魔王伝説の魔王と同じ瞳。だがアルファには、まるでルビーのようでうつくしくさえ見えた。
「『わたしの愛は生きている』」
「なに?」
「白いカーネーションの花言葉だろう? 君に逢うために勉強したんだ」
何か関係が? そう言いたげに微笑む少女は年相応に見えた。だからアルファも静かに返した。
「……昔、僕をここに導いた天使が持っていたのが白いカーネーションだった。それだけだ」
「そうか。いつか聴かせてくれ、君のことはなんだって知りたい」
「……尋問を受けるのはお前の方だ」
「ふふ、君にならなんでも答えるよ。ぼくの聖騎士(ナイト)様」
「僕は陛下の騎士だ」
そうだね、今は。そう心の中で言ったマリアは、アルファの手を引いて屋敷の中に向かって行った。
「おい、引っ張るな」
「いいじゃないか。早く部屋に戻りたかったのだろう?」
「……それも未来を視る力か?」
「あは、違うよ。君を見ていればわかる。ずっと、“視て”いたんだから」
皇帝ローゼスは目を瞬かせる。
「はい、彼はあなたの死を阻止するために箱舟を作るのです。陛下」
「まだ僕はお前の予言を信じたわけでは……」
ローゼスとマリアの会話に、アルファが割り込むと、マリアはにこりと笑った。どこか寒気のする笑みだった。アルファの背中に何かが高速で走り抜けたのは言うまでもない。
「では信じさせてみせましょう。今からわたくしが3つ数えたら、賊がこの部屋に侵入します」
「だから……」
「1つ」
そこでアルファは気配を感じ取った。誰かがこの謁見の間に走ってくる。
「2つ」
「っ?」
謁見の間の扉の方からくぐもった声が聞こえてくる。門番がやられたか? そう判断してすぐにアルファは扉にむかってかけた。腰に差した剣を鞘から引き抜く。瞬間扉が乱暴に開かれ、2人の武装した男が入ってきた。
「3つ」
―― バ ン ッ !
「ローゼス! お前の首を……」
「遅い!」
男たちが言い終わらぬうちに1人目を切り倒し、勢いを殺さず2人目を逆袈裟に切った。ただし命は奪わない、奪ってはいけない。この連中から聞き出さなければならないことがたくさんあるからだ。
「近衛兵!」
アルファが呼ぶと次の間から出てきた6人の兵――まるでおもちゃの兵隊のように真っ赤な上着と帽子を着用している――が慣れた手つきで男たちを縛り上げ、連行していく。男たちは何かを叫んでいた気がするが、すぐにその音源は遠ざかっていった。
「お見事です。聖騎士(ナイト)様」
「おまえ……」
「フハハハハハ、良い余興だったぞ。その眼の力、余のために使うがよい」
ローゼスは高々と笑いそう命じ、マリアもそれをひれ伏して受けた。「まだ予言の力が本物かわからないではないですか」、そう言おうとしたアルファをローゼスは目線で制した。その眼は語っていた「見極めよ」と。アルファは幾度目になるかわからないため息を吐きたくなったが、また我慢した。
「マリア、そなたにも護衛がいるだろう。しばらくはアルファと共にいるとよい。その男なら教団が手を出してきても相手にならんだろう。……下がってよし」
◆◆◆
用意されている馬車に向かう道を歩きながら、アルファはマリアに尋ねた。
「お前は、未来をその眼で“視る”のか」
「ああ、さっき皇帝がそんなことも言っていたね」
「こら……」
「不敬だぞ、かい? それも視えているよ」
「はあ……。その眼は」
「生まれつきさ。“魔王”のようで気味が悪いとあちこちたらい回しにされた。でもぼくにはわかっていた。ぼくを助けてくれる聖騎士様が現れると!」
芝居がかった態度をとるマリアを軽くにらみつつも、アルファは馬車に乗り込んだ。マリアも当然とばかりに乗り込んでくる。アリスは何も言わず、馬の手綱を握った。走り出す馬車の中、マリアは小さくためいきを吐いた。
「そんなに不安なら、この眼を奪うといい。未来を視る力はこの眼に宿っている。そうすればぼくに帝国を揺るがすような力はなくなる」
「なぜ、それを僕に?」
「君ならそんなことをしないって、“視えて”いるからさ。アルファ……」
冷たい笑み、少女らしからぬ笑み。その笑みがアルファをぞくりと震えさせた。馬車の揺れはいつもよりも小刻みに感じられたが、同時に迫り来る何かを歌っているようにも感じられた。まるで、なにかを予兆しているかのような揺れだった。
◆◆◆
「へえ、ここが君の屋敷かい。ずいぶんと小さいんだね」
屋敷を見るなり、マリアはそう言った。未来を視る眼があるにもかかわらず、まるで何も知らないような言い方がアルファは気になった。
「それは視えていないのか?」
「まあね、なんでもかんでも視ていたら疲れる。まあ、勝手に視えてしまう場合もあるんだが……」
「ふむ……っておい」
軽く答えたマリアは止まった馬車からぴょんっと降りると、制止する声も聞かずに庭の方へ歩いて行った。仕方なく、アルファも彼女のあとを追った。
「おい……」
アルファが追いかけた先、彼女が立っていたのは、一面を白いカーネーションが覆っている庭だった。
「……きれいだね」
「アリスが手入れをしているからな」
「そうか、うん。きれいだ。ここのカーネーションは」
アルファは静かに彼女の隣に立つと、咲き誇る白いカーネーションを眺めた。
「カーネーションは君のシンボルだったね。何か理由が?」
マリアは屋敷に掲げられた2つの旗に目をやる。1つは帝国の今の国旗、つまりローゼスの象徴が描かれていた。それはライオンと赤いバラだった。ローゼスの旗よりひと回り小さいアルファの旗は、白いカーネーションと女性の天使が描かれていた。
「そういうことは視えないのか?」
「視えないね。過去は視えない」
「そうか……」
アルファは先に屋敷に入ろうとも思ったが、監視対象を置いていくわけにもいかず、少女と視線を交わす。赤い、血のような瞳。帝国で語り継がれる魔王伝説の魔王と同じ瞳。だがアルファには、まるでルビーのようでうつくしくさえ見えた。
「『わたしの愛は生きている』」
「なに?」
「白いカーネーションの花言葉だろう? 君に逢うために勉強したんだ」
何か関係が? そう言いたげに微笑む少女は年相応に見えた。だからアルファも静かに返した。
「……昔、僕をここに導いた天使が持っていたのが白いカーネーションだった。それだけだ」
「そうか。いつか聴かせてくれ、君のことはなんだって知りたい」
「……尋問を受けるのはお前の方だ」
「ふふ、君にならなんでも答えるよ。ぼくの聖騎士(ナイト)様」
「僕は陛下の騎士だ」
そうだね、今は。そう心の中で言ったマリアは、アルファの手を引いて屋敷の中に向かって行った。
「おい、引っ張るな」
「いいじゃないか。早く部屋に戻りたかったのだろう?」
「……それも未来を視る力か?」
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