黒の騎士と未来を視る少女

スナオ

文字の大きさ
上 下
3 / 19

第3話 カーネーションの旗印

しおりを挟む
「なに、このアルファがかね」

 皇帝ローゼスは目を瞬かせる。

「はい、彼はあなたの死を阻止するために箱舟を作るのです。陛下」

「まだ僕はお前の予言を信じたわけでは……」

  ローゼスとマリアの会話に、アルファが割り込むと、マリアはにこりと笑った。どこか寒気のする笑みだった。アルファの背中に何かが高速で走り抜けたのは言うまでもない。

「では信じさせてみせましょう。今からわたくしが3つ数えたら、賊がこの部屋に侵入します」

「だから……」

「1つ」

 そこでアルファは気配を感じ取った。誰かがこの謁見の間に走ってくる。

「2つ」

「っ?」

 謁見の間の扉の方からくぐもった声が聞こえてくる。門番がやられたか? そう判断してすぐにアルファは扉にむかってかけた。腰に差した剣を鞘から引き抜く。瞬間扉が乱暴に開かれ、2人の武装した男が入ってきた。

「3つ」

―― バ ン ッ !

「ローゼス! お前の首を……」

「遅い!」

 男たちが言い終わらぬうちに1人目を切り倒し、勢いを殺さず2人目を逆袈裟に切った。ただし命は奪わない、奪ってはいけない。この連中から聞き出さなければならないことがたくさんあるからだ。

「近衛兵!」

 アルファが呼ぶと次の間から出てきた6人の兵――まるでおもちゃの兵隊のように真っ赤な上着と帽子を着用している――が慣れた手つきで男たちを縛り上げ、連行していく。男たちは何かを叫んでいた気がするが、すぐにその音源は遠ざかっていった。

「お見事です。聖騎士(ナイト)様」

「おまえ……」

「フハハハハハ、良い余興だったぞ。その眼の力、余のために使うがよい」

 ローゼスは高々と笑いそう命じ、マリアもそれをひれ伏して受けた。「まだ予言の力が本物かわからないではないですか」、そう言おうとしたアルファをローゼスは目線で制した。その眼は語っていた「見極めよ」と。アルファは幾度目になるかわからないため息を吐きたくなったが、また我慢した。

「マリア、そなたにも護衛がいるだろう。しばらくはアルファと共にいるとよい。その男なら教団が手を出してきても相手にならんだろう。……下がってよし」

◆◆◆

 用意されている馬車に向かう道を歩きながら、アルファはマリアに尋ねた。

「お前は、未来をその眼で“視る”のか」

「ああ、さっき皇帝がそんなことも言っていたね」

「こら……」

「不敬だぞ、かい? それも視えているよ」

「はあ……。その眼は」

「生まれつきさ。“魔王”のようで気味が悪いとあちこちたらい回しにされた。でもぼくにはわかっていた。ぼくを助けてくれる聖騎士様が現れると!」

 芝居がかった態度をとるマリアを軽くにらみつつも、アルファは馬車に乗り込んだ。マリアも当然とばかりに乗り込んでくる。アリスは何も言わず、馬の手綱を握った。走り出す馬車の中、マリアは小さくためいきを吐いた。

「そんなに不安なら、この眼を奪うといい。未来を視る力はこの眼に宿っている。そうすればぼくに帝国を揺るがすような力はなくなる」

「なぜ、それを僕に?」

「君ならそんなことをしないって、“視えて”いるからさ。アルファ……」

 冷たい笑み、少女らしからぬ笑み。その笑みがアルファをぞくりと震えさせた。馬車の揺れはいつもよりも小刻みに感じられたが、同時に迫り来る何かを歌っているようにも感じられた。まるで、なにかを予兆しているかのような揺れだった。

◆◆◆

「へえ、ここが君の屋敷かい。ずいぶんと小さいんだね」

 屋敷を見るなり、マリアはそう言った。未来を視る眼があるにもかかわらず、まるで何も知らないような言い方がアルファは気になった。

「それは視えていないのか?」

「まあね、なんでもかんでも視ていたら疲れる。まあ、勝手に視えてしまう場合もあるんだが……」

「ふむ……っておい」

 軽く答えたマリアは止まった馬車からぴょんっと降りると、制止する声も聞かずに庭の方へ歩いて行った。仕方なく、アルファも彼女のあとを追った。

「おい……」

 アルファが追いかけた先、彼女が立っていたのは、一面を白いカーネーションが覆っている庭だった。

「……きれいだね」

「アリスが手入れをしているからな」

「そうか、うん。きれいだ。ここのカーネーションは」

 アルファは静かに彼女の隣に立つと、咲き誇る白いカーネーションを眺めた。

「カーネーションは君のシンボルだったね。何か理由が?」

 マリアは屋敷に掲げられた2つの旗に目をやる。1つは帝国の今の国旗、つまりローゼスの象徴が描かれていた。それはライオンと赤いバラだった。ローゼスの旗よりひと回り小さいアルファの旗は、白いカーネーションと女性の天使が描かれていた。

「そういうことは視えないのか?」

「視えないね。過去は視えない」

「そうか……」

 アルファは先に屋敷に入ろうとも思ったが、監視対象を置いていくわけにもいかず、少女と視線を交わす。赤い、血のような瞳。帝国で語り継がれる魔王伝説の魔王と同じ瞳。だがアルファには、まるでルビーのようでうつくしくさえ見えた。

「『わたしの愛は生きている』」

「なに?」

「白いカーネーションの花言葉だろう? 君に逢うために勉強したんだ」

 何か関係が? そう言いたげに微笑む少女は年相応に見えた。だからアルファも静かに返した。

「……昔、僕をここに導いた天使が持っていたのが白いカーネーションだった。それだけだ」

「そうか。いつか聴かせてくれ、君のことはなんだって知りたい」

「……尋問を受けるのはお前の方だ」

「ふふ、君にならなんでも答えるよ。ぼくの聖騎士(ナイト)様」

「僕は陛下の騎士だ」

 そうだね、今は。そう心の中で言ったマリアは、アルファの手を引いて屋敷の中に向かって行った。

「おい、引っ張るな」

「いいじゃないか。早く部屋に戻りたかったのだろう?」

「……それも未来を視る力か?」

「あは、違うよ。君を見ていればわかる。ずっと、“視て”いたんだから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

捨てられた私は森で『白いもふもふ』と『黒いもふもふ』に出会いました。~え?これが聖獣?~

おかし
ファンタジー
王子の心を奪い、影から操った悪女として追放され、あげく両親に捨てられた私は森で小さなもふもふ達と出会う。 最初は可愛い可愛いと思って育てていたけど…………あれ、子の子達大きくなりすぎじゃね?しかもなんか凛々しくなってるんですけど………。 え、まってまって。なんで今さら王様やら王子様やらお妃様が訪ねてくんの?え、まって?私はスローライフをおくりたいだけよ……? 〖不定期更新ですごめんなさい!楽しんでいただけたら嬉しいです✨〗

処理中です...