ひまわりと太陽

スナオ

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第4話 都会にいこう

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 祖父が亡くなった後も、僕は夏になるたびひまわり島を訪れた。祖父の家はひまわりが管理をしてくれており、きれいな状態が保たれていた。高校3年生になった僕は早々と推薦を決め、ひまわり島を訪れていた。まずは祖父の家の奥にある墓に向かった。ここもひまわりたち島の人が手入れしてくれているようで大変きれいな状態だった。祖父の墓に手を合わせた僕は家の玄関に向かう。島特有の警戒心の薄さから鍵が開けっ放しのドアを僕は開く。

「ただいまー」

「おかえり、太陽」

 出迎えてくれたのはひまわりだった。お互いの想いを伝えあってから、彼女は僕のことを呼び捨てで呼ぶようになった。しかし彼女の服はいつまでたっても白いワンピース。僕と出逢ったときの服だから、と強いこだわりがあるらしい。ただ今日はワンピースの上からエプロンをしていた。

「お昼出来てるよ。食べるでしょ」

「うん、荷物おいてくるね」

 祖父が生きていた客間を使っていたが、今は祖父が使っていた部屋を使っている。ひまわり曰く「この家の主は太陽になったんだから、太陽がおじいさまの部屋を使わなきゃ」らしい。だから僕は祖父の部屋だった部屋に荷物を置くと、居間に向かった。
 僕が上座に座る(本当は上座という柄ではないのだが、これもひまわりがうるさく言うのである)と、ひまわりが料理を運んできた。そうめんだった。そうめんの上には細く切った玉子焼きと、同じく細く切ったきゅうり、ハムが乗っていた。ひまわりは僕の対面に座ると、自分の分をテーブルに置いた。気持ち僕の方が多い気がするのは「たくさん食べて大きくなれ」という意味だろうか。背丈こそひまわりに負けない程度になったものの、どうにも筋肉の付きが悪いのだ。

「いただきます」

「召し上がれ。大きくなるんだぞ」

 やっぱりだった。

◆◆◆

 昼食を食べ終えた後、僕とひまわりは麦茶を飲みながら雑談していた。

「それでどう? 島での仕事は?」

「んー」

 島にはかろうじて中学校まではあるものの、高校はなく、ひまわりは通信制の高校を卒業し、家業の手伝いをしていた。

「仕事って言ってもほとんど雑用ね。うちは農業が中心だけど、そんなに手広くやっているわけじゃないし。それよりも……」

 ひまわりがにやりと笑う。

「早く太陽と結婚しろってうるさいんだけど」

「……っ」

 僕は顔を熱くし、麦茶を吐き出しそうになった。あの日想いを伝えあった日、その後日僕は彼女の両親に交際の許可をもらいに行った。子どもの頃からお互いに知っている間柄だからか、幸いにも反対されることはなかった。しかし条件として、大学卒業後はこのひまわり島に住み、ひまわりと結婚することを言い渡された。僕は元々祖父の家でひまわりと一緒に住むことが夢だったので、迷わず「はい!」と返事した。そのときひまわりはめずらしく顔を真っ赤にしていたが。因みにうちの親も同意してくれた。両親、特に父にとっても、思い出のある祖父の家が人手に渡るのはさみしいものがあったらしい。

「もう高校も卒業でしょ? そろそろどーなのかなーって」

 ちらちらとこちらを見るひまわりがかわいくて、すぐにでも首を縦に振りたくなったが、僕はぐっとこらえた。

「……結婚自体は、できるよ」

 その言葉にひまわりはぱあっと顔を明るくする。

「でも、この島に住むのはあと8年待ってほしい」

「8年? なんで?」

「僕、医者になりたいんだ。この島には今医者がいないでしょ? じいちゃんみたいに亡くなる人を減らすために、僕は医者になりたい」

 僕の言葉にひまわりはしばし沈黙し、唐突に涙を一筋流した。

「ひ、ひまわり!?」

「ご、ごめん。太陽は本当にこの島のことを考えてくれてるんだなって思ったら、なんだか」

ひまわりはごまかすように笑うと、涙をぬぐった。

「でも太陽がお医者さんかあ……」

 その姿を夢想するように、天井のあたりを見上げていたひまわりは唐突に立ち上がった。

「よし、決めた!」

「決めたって何を? わたしも太陽と同じ大学受験する。看護師になって、太陽を支えてやるんだから」

 えっへんと胸を張ったひまわりは、「お父さんたちと相談してくる!」と、祖父の……いや、もう僕の、か。僕の家から出て行った。

◆◆◆

 その夜。僕の家に戻ってきたひまわりは開口一番にこう言った。

「OKもらった!」

「ひまわりのアクティブスキルにはいつも驚かされるよ」

 出逢ったときも、それからも僕は引っ張られてばかりだ。

「でも……ひまわりがやる気なら僕も勉強を教えるよ。ひまわりは頭が良いから、今からでもがんばれば行けると思う」

「よろしくね! 太陽!」

 元気いっぱい、やる気いっぱいなひまわりは、自分の家からおすそ分けとして持って来たカレーを僕にふるまってくれた。

◆◆◆

 食事のあと、僕はお風呂に入っていた。祖父の家の風呂は未だに薪で沸かしている……なんてことはなくて普通の給湯器を使用している。だからこそ危険なのだが。

「太陽いるんでしょ! 開けなさい!」

 ガンガンと脱衣場のドアを叩く。昔一緒に入っていた癖が抜けないのか、ひまわりはなぜか一緒にお風呂に入りたがる。僕としてはもう少し節度を持つべきだと思うのだが……。
 そんなとき、バキっと嫌な音がした。

「よーし、第1関門突破―! 次は……」

 浴室のドアは一応鍵がかかるようになっているのだが、安全のために10円玉で簡単にロックを解除できる仕様となっていた。仕方なく僕は自分の手で浴室のドアを押さえることとなった。

「太陽! 背中流してやるから開けろ!」

「いやだ!」

「別に良いでしょ婚約者なんだし!」

「節度ってものがあるの!」

「良いから開けなさーい!」

 ひまわりの気合の一撃にドアは開いた。というか半壊した。こうしてタオルを巻いただけの僕らは風呂場で鉢合わせるのだった。

◆◆◆

「かゆいところはない?」

 敗北した僕は、子どものころのようにひまわりに髪を洗われていた。うれしくないわけじゃないけど、やっぱり恥ずかしい。そんな僕の気持ちをよそに、ひまわりは僕の髪を丁寧にお湯で洗い流してくれた。

「次は背中流そっか? それとも昔みたいに洗いっこする?」

「背中流すだけで勘弁してください……」

「えー、昔みたいに前も洗いたかったのに」

◆◆◆

 それから、ひまわりに泡を流してもらうと同時に彼女を放置して速攻脱出をはかった僕は寝室にいた。寝室といっても、かつての祖父の部屋なのだが。そこにはすでに2つの布団がぴったりくっつけて敷いてあった。

「ひまわりの奴、また泊っていく気か」

 とりあえず布団だけでも離そうかとも思ったが、お風呂から出て来たひまわりが怒って元にもどすという経験を何度もつんでいるため、あきらめることにした。そうこうしていると、ひまわりがお風呂から出てきて、僕のいる部屋にやってきた。

「まったく太陽は、逃げなくてもいいじゃない」

「いや、逃げるわ」

 僕のつっこみにもかまわず、ひまわりは僕の髪にタオルを乗せる。

「ほら、まだ濡れてるよ。相変わらずそういうとこ適当なんだから」

 わしゃわしゃと僕の髪を拭くひまわり。僕は笑みを浮かべながらも言った。

「やめてよ。もう子どもじゃないんだから」

「わたしのほうがおねえさんなのは一生変わらないんだから覚悟してなさい」

「なにをだよぉ」

◆◆◆

 そんなふうにじゃれていると夜も更け、僕らは隣同士の布団に入っていた。タオルケットからお互いに片手を出し、手を繋いでいる。

「ねえ、ひまわり」

「なあに?」

「大学に合格したら、一緒に住もうか」

「うん。でもその前にやらなきゃいけないことがあるんだなあ」

「なに?」

「まだひみつ!」

 ひまわりは僕の布団の方に転がってくると、僕をぎゅっと抱きしめた。

「暑いよ」

「しーらない!」

 そうやって、高校生最後の夏は過ぎていった。
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