滅びゆくこの世界で

スナオ

文字の大きさ
上 下
1 / 12

プロローグ 反出生主義の星――エデン――

しおりを挟む
 銀河の果てに小さく美しい星があった。星の名はエデン。エデンには地球の人間とよく似た〝ヒューマノイド〟という生き物がおり、星を支配していた。楽しいこともつらいことも乗り越えて生きてきたヒューマノイドたちだったが、彼らはあるとき気がついた。

「生まれて来なければ、辛い思いをしなくてよかったのに」

 その思いは思想となり、瞬く間に星に蔓延した。なぜなら救世主が現れたからだ。
 救世主は世界をめぐり、人々に説いた。

「人は生まれて来ないことが幸いである。生まれて来なければ苦しむことはない。だから我々は生むのを止めよう。自分の大切な子どもに苦しみを与えるのはやめよう。そして皆で静かに滅びようではないか」

 救世主の教えに多くのヒューマノイドたちは同意した。救世主の教えは「反出生主義」と呼ばれ、世界の9割以上のヒューマノイドが信じるものとなった。そこで統一議会は閣議の上「反出生主義法」を制定した。その法律は以下のような内容であった。


第一条 避妊

 ヒューマノイドは生まれてくるべきではないため、今現在生存しているヒューマノイドには確実な避妊が求められる。
 確実な避妊を推進するため、全星民に避妊手術を施す。
 避妊を拒む者は、苦痛を世界に蔓延させようとしているものとし、国家反逆罪を適用する。


第二条 中絶
 現在すでに妊娠している者、および避妊手術の失敗により妊娠してしまった者は、速やかに中絶手術を受けなければならない。もし中絶ができないほど妊娠が進行してしまっている場合は、出産後速やかに新生児は安楽死させるものとする。

第三条 絶滅
 我々ヒューマノイドは本法律に則り、緩やかな絶滅を選択する。我々が絶滅した後は、これ以上世界に苦痛が蔓延しないよう。恒星破壊爆弾を発動させ、エデンを完全に破壊する。

第四条 絶滅までの過程
 我々ヒューマノイドが絶滅するまでの間、なるべく苦痛を感じずに生きるため、苦痛を感じないアンドロイドを開発し、我々の衣食住などを保障させる。これはエデン最後の一人が死に絶えるまで続く。


 この法律の制定後、もうこれ以上苦しみを感じるヒューマノイドが誕生しないで済むことに多くの者たちが胸を撫で下ろした。さてそんな世界に、一組のカップルがいた。男の名はアダン、女の名をリリスといった。
 2人は幸せな結婚生活を送っていたが、ある日異変が起こった。リリスは妊娠したのだ。

「避妊手術を受けているはずなのに」

 2人は驚いたが、アダンは優しく微笑んでいった。

「でも大丈夫。安全に中絶できる。お腹の中の子も君も苦しむことはないさ」

 しかしリリスの表情は晴れなかった。膨らんだ自分の腹を撫でながらうつむいていた。しばらくしてようやく口を開く。

「ごめんなさい。すこし1人にしてちょうだい。この子に、お別れをいいたいの」

「ああ。もちろんさ。リリス、愛しているよ。もちろん、お腹の子もね」

 アダンはリリスの頬に口づけると、静かに部屋を出て行った。リリスは安楽椅子に深く腰掛けながらため息をつき、顔を覆った。
 お腹の中の子を苦しみの世界に生み出すべきではない。それは頭ではわかっていた。しかし、しかしだ。彼女の中の〝母親〟は、お腹の中の子を産むべきだと叫んでいた。愛する人との子を誕生させるべきだと。
 しばらくうつむいていたリリスは不意に顔を上げ、何事かを決意すると美しい金色の髪を後ろでまとめ、屋敷を飛び出していった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】大好きな貴方、婚約を解消しましょう

凛蓮月
恋愛
大好きな貴方、婚約を解消しましょう。 私は、恋に夢中で何も見えていなかった。 だから、貴方に手を振り払われるまで、嫌われていることさえ気付か なかったの。 ※この作品は「小説家になろう」内の「名も無き恋の物語【短編集】」「君と甘い一日を」より抜粋したものです。 2022/9/5 隣国の王太子の話【王太子は、婚約者の愛を得られるか】完結しました。 お見かけの際はよろしくお願いしますm(_ _ )m

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

異世界でダンジョンと過ごすことになりました

床間信生
ファンタジー
主人公の依田貴大(イダタカヒロ-26)は幼い頃より父と母の教え通りに真面目に生きてきた。 学問もスポーツも一生懸命挑んできただけあって、学生時代も優秀な成績をおさめ大学も一流大学を卒業後は一流企業に勤める毎日を送る。 ある日、自身の前で車に轢かれそうになる幼い少女を見つけた彼は、その性格から迷う事なく助ける事を決断した。 危険を承知で車道に飛び込んだ彼だったが、大した策も無いままに飛び込んだだけに彼女を助け出すどころか一緒に轢かれてしまう。 そのまま轢かれてしまった事で自分の人生もこれまでと思ったが、ふと気づくと見知らぬ世界に飛ばされていた。 最初は先程までの光景は夢なのではないかと疑った主人公だったが、近くには自分が助けようとした少女がいることと、自分の記憶から夢ではないと確信する。 他に何か手掛かりは無いかとあたりを見回すと、そこには一人の老人がいた。 恐る恐る話しかけてみると、老人は自分の事を神だと言って次々に不思議な事象を主人公に見せつけてくる。 とりあえず老人が普通の人間だと思えなくなった主人公は、自分の事を神だと言い張る老人の事を信じて、何故自分が今ここにいるのかをたずねて見たところ… どうやら神様のミスが原因で自分がここにいるというのが分かった。 納得がいかない主人公だったが、何やら元の世界へと生き返る方法もあると言うので、先ずはその老人の言う通り少女と三人で異世界に行く事を了承する。

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します

Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。 女性は従姉、男性は私の婚約者だった。 私は泣きながらその場を走り去った。 涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。 階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。 けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた! ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...