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一話 変化しそうな日常
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「前髪は眉毛くらいで後ろは刈り上げないくらいで横は耳を出す感じで。前髪は眉毛くらいで後ろは刈り上げないくらいで横は耳を出す感じで……」
駅前の床屋からの帰り道で、僕は小声で何度もそう呟いた。可能な限りその時と同じ感じの声音と言い方を再現しながら。念の為、何度も緑道の前方と後方を見て人がいないことを確認しているので、独り言を聞かれる心配はない。
「……多分大丈夫」
変な感じには聞こえなかったはずだ。そう結論づけ、意識をまた別の問題に向ける。それは、一週間前からコピペされたような高校生活に異質が差し込まれたこと。
「どうしよ……」
僕は灰色の空を見上げて、今までのことを想起した。
同じような時間に登校して、ほとんど人とも話さず学校を過ごして、真っ直ぐ家に帰る。中学から高一までずっとそうだったんだ。でも、高二の六月に入ると、そのパターンが崩れた。
僕は何も変わらない平坦が好きだ。進みやすくて、新しいこともなく恐れる必要もない。駅までの道のりにある高い木々の葉が揺れる影と音に灰色のアスファルト、両端にある土と雑草もそうだ。このルートを通ればこの景色がある、そんな想像通りの世界があるというのはとても落ち着く。
反対に今日の床屋のように、定期的ではないイベントは僕の影精神衛生上によろしく無い。そしてそれは人間関係もまた同様で。ちょっとしたことでも反省会が発生して苦しむことになる。さらに、何を言ったかのセリフと音量チェックまで入るのだから尚更だ。どうにかして殺風景な日を取り戻さなくてはならない。
「結局、現実分析で終わったし」
考えながら歩いていると十五分の距離はあっという間で、静野という表札が目の前に。
「……っ」
ドアに手をかけた辺りで、隣の家の犬に吠えられてビクッとなって急いで家に入る。
洗面所で手を洗ってから、二階に上がってすぐそこにある僕の部屋に直行。入れば重みから開放されたかのようにほっとする。六畳の中にはラノベや漫画が入った本棚や勉強机に置いてあるゲーム機類があって、フローリングの床には教科書とかバッグ、空のペットボトルが散乱して、ベッドの上にはホワイトタイガーのぬいぐるみが寝転んでいた。奥には窓があって、向こうには花や木が植えられた庭がある。いい感じに汚い部屋が気持ちを穏やかにしてくれるのだけど、一つそれを乱す存在がいて。
「あっ、水樹おかえりー」
緑色の髪の小学生高学年くらいの少女が、僕の椅子に座ってくるくる回っていた。
「……ただいま」
彼女が回転を止めて正面を向くと、真ん丸で透き通るような黄緑の瞳と幼く可愛らしいあどけない顔が視認出来る。ただ、静かにしていたい僕としては真逆の彼女は面倒な存在だが。
「ふーん。やっぱり似合ってないよねそれ」
「仕方ないよ。他にどう頼めばいいかわからないんだから」
ぴょんと立ち上がると、てくてくと近づいて来て僕の姿をじっと見てきた。
「私みたく似合う髪で整えたら良い感じになると思うけどなー」
確かにショートボブ白のメッシュ入った髪がよく似合っていて、整った顔立ちを引き立たせている。
「その姿は僕の意識から作ったんだし、変化もしてないんだから、整えてないでしょ」
「でも、どんな姿かを選んだのは私だし」
「いやそれでも……。これ以上何かを言うなら水を上げないよ」
僕は勉強机の右端に置いてある、小さな赤色の植木鉢に入っているポトスを指さした。
「ひ、ひどい! それ植物に対する水ハラスメントだよっ。もしそんなことするなら、亡霊としてさらにうるさくして嫌がらせしてやるんだからね!」
「……くっ」
「ふっふーん。私の勝ちだね。さて、敗者には私に水を恵んでもらおうかな」
もう何の勝負かもわからないがうるさいのは困るので、ポトスの隣にある橙色のジョーロに水を入れて乾いた土に与えた。ポトスの葉を見ると緑色の中に白い模様があって前よりも増えてきた気がする。ちょっと葉を指で撫でてみた。
「やめっ……くすぐったいからぁ」
彼女は頬を緩ませ目をぎゅっと瞑り頭を抑える。
「……デコピンしたらどうなるんだろ」
「なっ、駄目だからねそれは! 痛みで泣いて転げ回って永遠に呪うことになるんだから。多分だけど」
「じょ、冗談だよ」
流石に亡霊で迷惑している相手でもそんな姿は見ていられず罪悪感でいっぱいになる。
「ジョークならもっと面白いこと言ってよ。そんなんだからボッチなんだよっ」
「……まぁ」
「あれ、いつもならそれが良いって開き直っているじゃんか」
「いや、そうなんだけど」
訝しげに僕を眺める。ポトスを買ってからすでに一年ほどで、そこから一緒にいるからか、変化には気づかれてしまう。
「というか、最近ちょっとおかしいよね。すごく楽しげだと思えば、すぐに悩ましげにして辛そうだったりして。感情の波が激しくなっているよね」
あまり表情に出さないよう意識していたのだが、見破られていた。
「さぁ、何を隠しているのかハナシに話してよ!」
ぐいっと距離を詰めてきて、逃がすまいと両手を掴んできた。髪からふわっと植物の爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、手にはひんやりとして滑らかな感触が伝わる。
「……」
「君が苦しむことを教えてくれれば私はそれを実行できる。そうすれば、人間への恨みを晴らせて私の存在は消えるかもよ?」
彼女はいつもこのように言って僕の苦しみについて聞き出そうとしてくる。非常に面倒くさい。
「何度も言うけどさ、ハナシを適当に世話をして枯らしたのは他の人ですごい逆恨みだし、僕はしっかりと世話をしているでしょ。それに、その騒がしい感じとか強引な感じとか、他にも嫌なことをずっとしてきているのに、いなくならないじゃないか」
「こっちも同じことを話しちゃうけど、君とこのポトスに取り憑いたのは、人への報復と同じことが起きないように監視する二つの目的があるから。いなくならないのは、君があいつに少し似ているからまだ完全には信用していないのと許せていないからだよ……多分だけど」
同じことが好きな僕としても、何回も起こるこの問答だけは好きになれない。特に彼女が言っていることが確定事項出ない点がモヤモヤを増長させる。
「はぁ、もういいや」
「話す気になった? さあ聞かせて聞かせて!」
無邪気に瞳を輝かせて僕の手をぶんぶん振ってきた。ハナシは好奇心が旺盛な上にポトスのあるこの部屋にしか出られないため、唯一彼女のことを認知できる僕と話したがり、その時はとても嬉しそうにする。
だけどこの僕が発した言葉を聞くと目を丸くして静かになった。
「友達が出来そうで、困っているんだ」
「なっ……」
彼女は力なく手を放して驚愕の表情であとずさった。
「まさか……まさか私の同業者がいるなんて」
「何を言っているんだ」
「だって、君と友達になりたいなんて人いるとは思えないもの。だとすれば、私と同じく君を不幸にしたい存在としか思えないじゃん」
友達を作れる人間性は無いと自分でも思っていることだけど、はっきり他者から言われると普通に傷つく。
「彼はそういうのじゃないから。僕と近い落ち着いた性格だし真面目なタイプで悪い人じゃない。それに、共通の趣味がある」
「趣味? 観葉植物と会話するとか?」
「そんなわけないでしょ。彼はASMRが好きなんだ」
クラスの中に同じ趣味を持つ人がいるとは思っていなかった。だからか柄にもなく楽しく話してしまって、そこから話す機会が増えることに。
「ほへー。よく趣味の話になったね」
「休み時間に焚き火の映像と音を聞いていたら、それを見た彼が話しかけてきたんだ。結構色々な動画を知っていて盛り上がった」
僕は主に自然音を聞くのだけど、彼は足音とかタッピングの音が好みらしい。オススメされて視聴したら、あのコツコツ音にハマってしまった。
「盛り上がったんだ……私が話しかけると冷たくあしらうか無視するのに」
ハナシはふてくされたように唇を尖らせた。
「邪魔する目的なんだから当然でしょ」
「亡霊だけど、八割位は楽しく会話したいから話しかけてるのっ」
前は六割くらいだった気がする。一緒にいる時間が長くなるにつれ割合が上がっているようだ。
「だとしても、落ち着きたい時に話しかけられたらそうなるよ。今だって同じ。もう疲れたしいいよね」
散髪屋に行くというイレギュラーで精神が疲弊している。早く音で癒やされたい。
「えー? もうちょっと話そうよ」
頬を膨らませて不平をわかりやすく表現してくる。
「……仕方ない」
「おおっ」
彼女は僕が折れたと思って期待がこもった視線を向けてくる。だが、僕はそれをスルーしてノートパソコンを開き、最速で動画サイトをクリック。音量を上げて焚き火のASMRを再生した。
「ううっ……」
感情が急転直下。表情が凍りつき耳を塞いでその場でうずくまってしまう。
「その音止めてぇ。本当に無理だからぁ」
「悪いけど静かにしてもらうから」
なんだか可愛そうな気もするが、リラックスのためには心を鬼にしなくてはならない。
「ぐぅぅぅ。も、もう限界っ!」
そう言うと、彼女は緑の光に包まれて姿を消してしまう。こうなるとしばらく姿を現さず静かになる。
「ふぅ」
完全に一人となり、僕は椅子に腰を下ろしパソコンの隣にあったヘッドフォンを装着。火がパチパチとなっている心地良い音を聴きながら、燃えている様子をぼーっと眺めた。
動画は作業用で三時間ぐらいの長さだけどずっと見ていられる。この変化の少なさが最高だ。
しかし、現実世界では変化が起きようとしている。確かに彼といる時間は楽しいのだけど、その後脳内反省会が発生したり、今までと違う自分を客観視して嫌悪感を抱いたりしてしまう。
どうすればいいのかわからない。二つの真反対の想いが相克して、定まらない指針にフラストレーションが溜まっていく。
動画の中の燃やされている薪は徐々に崩れていき黒くなっていった。
駅前の床屋からの帰り道で、僕は小声で何度もそう呟いた。可能な限りその時と同じ感じの声音と言い方を再現しながら。念の為、何度も緑道の前方と後方を見て人がいないことを確認しているので、独り言を聞かれる心配はない。
「……多分大丈夫」
変な感じには聞こえなかったはずだ。そう結論づけ、意識をまた別の問題に向ける。それは、一週間前からコピペされたような高校生活に異質が差し込まれたこと。
「どうしよ……」
僕は灰色の空を見上げて、今までのことを想起した。
同じような時間に登校して、ほとんど人とも話さず学校を過ごして、真っ直ぐ家に帰る。中学から高一までずっとそうだったんだ。でも、高二の六月に入ると、そのパターンが崩れた。
僕は何も変わらない平坦が好きだ。進みやすくて、新しいこともなく恐れる必要もない。駅までの道のりにある高い木々の葉が揺れる影と音に灰色のアスファルト、両端にある土と雑草もそうだ。このルートを通ればこの景色がある、そんな想像通りの世界があるというのはとても落ち着く。
反対に今日の床屋のように、定期的ではないイベントは僕の影精神衛生上によろしく無い。そしてそれは人間関係もまた同様で。ちょっとしたことでも反省会が発生して苦しむことになる。さらに、何を言ったかのセリフと音量チェックまで入るのだから尚更だ。どうにかして殺風景な日を取り戻さなくてはならない。
「結局、現実分析で終わったし」
考えながら歩いていると十五分の距離はあっという間で、静野という表札が目の前に。
「……っ」
ドアに手をかけた辺りで、隣の家の犬に吠えられてビクッとなって急いで家に入る。
洗面所で手を洗ってから、二階に上がってすぐそこにある僕の部屋に直行。入れば重みから開放されたかのようにほっとする。六畳の中にはラノベや漫画が入った本棚や勉強机に置いてあるゲーム機類があって、フローリングの床には教科書とかバッグ、空のペットボトルが散乱して、ベッドの上にはホワイトタイガーのぬいぐるみが寝転んでいた。奥には窓があって、向こうには花や木が植えられた庭がある。いい感じに汚い部屋が気持ちを穏やかにしてくれるのだけど、一つそれを乱す存在がいて。
「あっ、水樹おかえりー」
緑色の髪の小学生高学年くらいの少女が、僕の椅子に座ってくるくる回っていた。
「……ただいま」
彼女が回転を止めて正面を向くと、真ん丸で透き通るような黄緑の瞳と幼く可愛らしいあどけない顔が視認出来る。ただ、静かにしていたい僕としては真逆の彼女は面倒な存在だが。
「ふーん。やっぱり似合ってないよねそれ」
「仕方ないよ。他にどう頼めばいいかわからないんだから」
ぴょんと立ち上がると、てくてくと近づいて来て僕の姿をじっと見てきた。
「私みたく似合う髪で整えたら良い感じになると思うけどなー」
確かにショートボブ白のメッシュ入った髪がよく似合っていて、整った顔立ちを引き立たせている。
「その姿は僕の意識から作ったんだし、変化もしてないんだから、整えてないでしょ」
「でも、どんな姿かを選んだのは私だし」
「いやそれでも……。これ以上何かを言うなら水を上げないよ」
僕は勉強机の右端に置いてある、小さな赤色の植木鉢に入っているポトスを指さした。
「ひ、ひどい! それ植物に対する水ハラスメントだよっ。もしそんなことするなら、亡霊としてさらにうるさくして嫌がらせしてやるんだからね!」
「……くっ」
「ふっふーん。私の勝ちだね。さて、敗者には私に水を恵んでもらおうかな」
もう何の勝負かもわからないがうるさいのは困るので、ポトスの隣にある橙色のジョーロに水を入れて乾いた土に与えた。ポトスの葉を見ると緑色の中に白い模様があって前よりも増えてきた気がする。ちょっと葉を指で撫でてみた。
「やめっ……くすぐったいからぁ」
彼女は頬を緩ませ目をぎゅっと瞑り頭を抑える。
「……デコピンしたらどうなるんだろ」
「なっ、駄目だからねそれは! 痛みで泣いて転げ回って永遠に呪うことになるんだから。多分だけど」
「じょ、冗談だよ」
流石に亡霊で迷惑している相手でもそんな姿は見ていられず罪悪感でいっぱいになる。
「ジョークならもっと面白いこと言ってよ。そんなんだからボッチなんだよっ」
「……まぁ」
「あれ、いつもならそれが良いって開き直っているじゃんか」
「いや、そうなんだけど」
訝しげに僕を眺める。ポトスを買ってからすでに一年ほどで、そこから一緒にいるからか、変化には気づかれてしまう。
「というか、最近ちょっとおかしいよね。すごく楽しげだと思えば、すぐに悩ましげにして辛そうだったりして。感情の波が激しくなっているよね」
あまり表情に出さないよう意識していたのだが、見破られていた。
「さぁ、何を隠しているのかハナシに話してよ!」
ぐいっと距離を詰めてきて、逃がすまいと両手を掴んできた。髪からふわっと植物の爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、手にはひんやりとして滑らかな感触が伝わる。
「……」
「君が苦しむことを教えてくれれば私はそれを実行できる。そうすれば、人間への恨みを晴らせて私の存在は消えるかもよ?」
彼女はいつもこのように言って僕の苦しみについて聞き出そうとしてくる。非常に面倒くさい。
「何度も言うけどさ、ハナシを適当に世話をして枯らしたのは他の人ですごい逆恨みだし、僕はしっかりと世話をしているでしょ。それに、その騒がしい感じとか強引な感じとか、他にも嫌なことをずっとしてきているのに、いなくならないじゃないか」
「こっちも同じことを話しちゃうけど、君とこのポトスに取り憑いたのは、人への報復と同じことが起きないように監視する二つの目的があるから。いなくならないのは、君があいつに少し似ているからまだ完全には信用していないのと許せていないからだよ……多分だけど」
同じことが好きな僕としても、何回も起こるこの問答だけは好きになれない。特に彼女が言っていることが確定事項出ない点がモヤモヤを増長させる。
「はぁ、もういいや」
「話す気になった? さあ聞かせて聞かせて!」
無邪気に瞳を輝かせて僕の手をぶんぶん振ってきた。ハナシは好奇心が旺盛な上にポトスのあるこの部屋にしか出られないため、唯一彼女のことを認知できる僕と話したがり、その時はとても嬉しそうにする。
だけどこの僕が発した言葉を聞くと目を丸くして静かになった。
「友達が出来そうで、困っているんだ」
「なっ……」
彼女は力なく手を放して驚愕の表情であとずさった。
「まさか……まさか私の同業者がいるなんて」
「何を言っているんだ」
「だって、君と友達になりたいなんて人いるとは思えないもの。だとすれば、私と同じく君を不幸にしたい存在としか思えないじゃん」
友達を作れる人間性は無いと自分でも思っていることだけど、はっきり他者から言われると普通に傷つく。
「彼はそういうのじゃないから。僕と近い落ち着いた性格だし真面目なタイプで悪い人じゃない。それに、共通の趣味がある」
「趣味? 観葉植物と会話するとか?」
「そんなわけないでしょ。彼はASMRが好きなんだ」
クラスの中に同じ趣味を持つ人がいるとは思っていなかった。だからか柄にもなく楽しく話してしまって、そこから話す機会が増えることに。
「ほへー。よく趣味の話になったね」
「休み時間に焚き火の映像と音を聞いていたら、それを見た彼が話しかけてきたんだ。結構色々な動画を知っていて盛り上がった」
僕は主に自然音を聞くのだけど、彼は足音とかタッピングの音が好みらしい。オススメされて視聴したら、あのコツコツ音にハマってしまった。
「盛り上がったんだ……私が話しかけると冷たくあしらうか無視するのに」
ハナシはふてくされたように唇を尖らせた。
「邪魔する目的なんだから当然でしょ」
「亡霊だけど、八割位は楽しく会話したいから話しかけてるのっ」
前は六割くらいだった気がする。一緒にいる時間が長くなるにつれ割合が上がっているようだ。
「だとしても、落ち着きたい時に話しかけられたらそうなるよ。今だって同じ。もう疲れたしいいよね」
散髪屋に行くというイレギュラーで精神が疲弊している。早く音で癒やされたい。
「えー? もうちょっと話そうよ」
頬を膨らませて不平をわかりやすく表現してくる。
「……仕方ない」
「おおっ」
彼女は僕が折れたと思って期待がこもった視線を向けてくる。だが、僕はそれをスルーしてノートパソコンを開き、最速で動画サイトをクリック。音量を上げて焚き火のASMRを再生した。
「ううっ……」
感情が急転直下。表情が凍りつき耳を塞いでその場でうずくまってしまう。
「その音止めてぇ。本当に無理だからぁ」
「悪いけど静かにしてもらうから」
なんだか可愛そうな気もするが、リラックスのためには心を鬼にしなくてはならない。
「ぐぅぅぅ。も、もう限界っ!」
そう言うと、彼女は緑の光に包まれて姿を消してしまう。こうなるとしばらく姿を現さず静かになる。
「ふぅ」
完全に一人となり、僕は椅子に腰を下ろしパソコンの隣にあったヘッドフォンを装着。火がパチパチとなっている心地良い音を聴きながら、燃えている様子をぼーっと眺めた。
動画は作業用で三時間ぐらいの長さだけどずっと見ていられる。この変化の少なさが最高だ。
しかし、現実世界では変化が起きようとしている。確かに彼といる時間は楽しいのだけど、その後脳内反省会が発生したり、今までと違う自分を客観視して嫌悪感を抱いたりしてしまう。
どうすればいいのかわからない。二つの真反対の想いが相克して、定まらない指針にフラストレーションが溜まっていく。
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