ロストソードの使い手

しぐれのりゅうじ

文字の大きさ
上 下
91 / 100
ロストソードの使い手編

九十一話 ロストソードの力(ホノカ)

しおりを挟む
 その霊は林原さんだった。まだ彼は僕達に気づいていなくて、そのまま背中を見せている。モモ先輩もコノもクママさんも、少しの間言葉を発せず、その姿を見つめていた。

「そんな……まさか、あのボアホーンを吹き飛ばしたのって」
「ソラくん、でしょうね。それに、異変というのも」
「ど、どうしてそうなるんです……?」
「恐らく、ここら辺はボアホーンの縄張りなんです。そこにハヤシバラさんが来たことで追い出される形になったのかと。それで、居場所を求めるよう色々な場所に出没したり、凶暴化したのかと」

 モモ先輩は冷静でいるけれど、コノは混乱した様子で。そんな彼女の疑問にクママさんは、平静を保とうする声音で答える。

「な、なるほど……お家が無くなったら、怒っちゃいますよね」

 そう話していれば、気づかれたのか林原さんが振り返る。彼の瞳には光が灯っておらず、顔はこちらを見ているが、焦点はどこに向いているのかはわからなかった。

「……襲ってこないですね」
「ええ。暴走状態だから飛びかかってくると思ったけれど」

 アオといた時は、暴れていたギュララさんに襲われた。しかし、林原さんはその場で留まったままで。

「……グっ」
「い、今一歩動きましたっ」

 コノはそれだけで怯えたように後ろに後ずさる。林原さんはさらに足を動かそうとはしているが、ぎこちない。それは、勝手に動く身体を押し戻そうとしているように。

「……逃げ……ろ」
「ソラくん! 意思があるのね! 暴走状態なのにそれを止めているなんて、流石ソラくん……!」
「今、何とかなってる……だけだ。すぐに戻る……だから、はや……く」

 一瞬目の中に光が浮かんだ。けれどそれはすぐに黒の中に沈んでしまう。そして言葉を紡ぐことはなくなり、それは、完全に亡霊と化したあのウルフェンと同じく、ゾンビのように一歩ずつ近づいてくる。

「も、モモ先輩、どうしますか?」
「……そうだわ。そのマギアって確か、霊も捕まえられるって言っていたわよね」
「……ですね、アヤメさんがついでみたいに言ってました」

 このマギアを手渡してくる時の事を思い出すと、確かにその記憶があった。

「あのあの、それじゃあ撃っちゃいますかっ!?」
「待って。流石にボアホーン達みたく弱らせないといけないと思うわ」
「そ、そうですよね。でも、ハヤシバラさんってお強いんですよね?」

 それが大きな問題だ。今は抑えられているけど、いつまで持つか分からない。

「……なら僕が変身して彼を止めます」

 すっとクママさんが手を上げた。きゅっと口を結んでいて目つきも鋭く覚悟が見て取れた。

「ギュララの事ではお世話になりましたし、それを返したいのです」
「待って。あなたの気持ちはわかるけれど危険よ」

 そんなクママさんをモモ先輩は神妙な面持ちで止める。

「今は抑えられているとはいえ、ソラくんは本気を出せばミズちゃんと良い勝負が出来るくらいには強いわ。接近戦をするあなたには危なすぎる」
「それは……」
「ここは、あたしがやるわ。ソラくんやミズちゃんほどじゃないけど、魔法で戦えるもの。正直、どこまでダメージを与えられるかわからないけれどね」

 自分の意志は変えないと言わんばかりに、モモ先輩は僕達の前に立った。でも、斜め後ろから垣間見える表情は、どこか不安そうにしていて。

「……僕もやります」
 だからモモ先輩の隣に立つ。すると、驚きと困惑、それと少しの嬉しさがあるような表情を見せる。

「でも、ユーポンも――」
「いいえ。僕にはあります」
「へ?」

 僕はロストソードを見つめながらホノカの事を想う。あの日々と思い出を頭の中で再生する。そうしていると、彼女がいるのだとそんな感覚が芽生えてきて。
 それに同期するようにロストソードの刀身が紅に輝いた。さらに、さっきと同様に剣先が僕に向いて突き刺して入り込んだ。

「……ホノカ」

 するとまた大きな力が注入されてくる。ギュララさんの時のように直接的ではないが、全身に輪郭の掴めない不思議な力が流れ出す。そして確かにホノカがこの中にいるのだという温かさがあった。

「ユーポン……耳がエルフみたいになってるわ」
「それにギュララとはまた違う、赤い瞳になってます」
「髪も赤くなって、髪型もそうですし腕の感じもそっくりで。本当にホノみたいです……!」

 コノが近くに来て僕をじっくりと眺めるだけでなく、触れてもきた。それは、別れてしまった幼馴染を感じようとしているようで。少し胸が苦しくなった。

「これなら問題ありませんよね?」
「……そうね。一緒にソラくんを止めるわよ!」
「こ、コノも微力ながらお手伝いします!」

 コノも僕の隣に立つ。それにモモ先輩も微笑んでから頷いた。
 僕はグローブをしっかりと付け直して、林原さんに向き直る。彼はまだゆっくりと一歩ずつに真っ直ぐ迫ってくるだけだった。これなら狙いをつけやすい。僕は右手を突き出して、手のひらを林原さんに。

「シ火スイ球ミ炎熱ノリ焼カ……」

 脳内にいつの間にか呪文が記憶されていた。それに、今までホノカやコノと過ごした中で聞いていて、スラスラと口に出来て。詠唱をしていると徐々に手の先に不思議な力が流れて溜まる。放つ前、モモ先輩から教わった事を意識して狙いをつけて。

「フレイム!」

 手の平以上に大きな火球が反動と共に放たれる。その直球は、その威力を表すように大きな音を立てて林原さんへと向かい、着弾。

「ぐぅ……」

 モロに受けた事で軽く後ろへと仰け反らせる。そしてうめき声を上げて片膝をついた。

「す、凄いパワーです……ホノよりも炎が大きかいかも……」
「あたしも負けないわ! ……フレイム!」
「コノもいきます!」

 僕に続いてモモ先輩も同じ魔法で追撃。一回り小さい火球が放たれる。さらにコノも呪文を唱えてからさらに一回り小さいフレイムを。林原さんに何度も容赦なく浴びせられる。

「まだ……だ」

 けれど、まだダメージが少ないのか立ち上がり再び動き出す。抑制が弱まったのか、歩くスピードは少し上がっていて。

「き、効いてませんっ」
「流石にこの程度じゃ無理よね」
「やはり……デスベアーの力で……」
「大丈夫です、まだあります」

 僕は再び手で狙いをつけて記憶にあるホノカを思い出しながら呪文を唱える。さっきのよりも少し強い力が集まってきた。

「バーニング!」

 火炎の玉が連続で射出する。一点集中に林原さんに焼き付くしていく。

「ぐぉぉ……」
「はぁぁぁ!」

 彼は両手でクロスしてガードしてダメージを減らそうとする。それに負けず何度も何度も火球をぶつけた。そうしていると徐々に後ろへと下がらせられる。

「これはなら…」

 魔法を終えると、さらに疲労が押し寄せてきて思わず膝をついてしまう。

「ユーぽん!」
「ユウワさん、無理しないでください」

 顔を上げると林原さんは立ったままで、まだまだ余裕そうでいた。再びこちらに迫ってくる。

「そんな」
「コノハ、水魔法やれる?」
「は、はいっ。でもそんな威力は……」
「いいから。作戦があるの」

 モモ先輩は少し焦りの表情を浮かべながら、コノへ急かすように魔法を使うよう促す。それを受けてコノはすぐに呪文を唱え出して。

「ウォーター!」

 一転して、さっきまで火を浴びせられ続けた林原さんに水魔法がかけられる。当然、それによって傷は与えられていない。しかし、同時にモモ先輩は黄色い魔法陣を構築していて。

「スパーク!」

 黄色の稲妻がほとばしり、水をかぶった林原さんに直撃。通りやすくなった身体に電撃を受けて、痺れたのか動きが止まる。

「ぬぅぅ……」

 再び進み出すが動きはぎこちなく、林原さんの抑制も相まって、こちらまでに来るのは時間はかかりそうだ。

「……想像以上に効かないわね」
「でも動きは鈍くなりましたよ」
「けど、決定打にはなりそうにないわね。何か圧倒的なパワーじゃないと」
「やはり……僕がデスベアーの力でやります。今なら、接近戦でも問題ないですから」

 そうクママさんが言って、前に出そうな雰囲気があり、僕はそれを遮るように二人よりもさらに一歩踏み出した。

「ここは僕がやります。まだ一つ大技があるので」
「ユウワさん……それって!」
「無理し過ぎないでね、ユーぽん」
「はい!」

 二人から期待を受けて、僕はもう一度手を林原さんに向ける。そして、一体化した事で記憶されている長い呪文を口にした。

「炎カ獄ラシ絶レヤガ煉シヨイ熱リ灼ス……」

 スラスラと言葉に発せられた。それは何度も何度も唱えているように。やはり、ホノカがいるのだと感じられた。
 手のひらにデスクローと同じような力が流れ込んでくる。体内だけでなく魔力は周囲に影響を及ぼし、木々をざわつかせる。

「くっ……」

 強すぎるがあまりに手が震え出してしまう。何とか左手で手首を抑えて固定して、林原さんへと向ける。そして、呪文を全て唱え終わり。

「イン……フェルノォォォォ!」

 その瞬間、デスベアーすら飲み込みそうな程の巨大な真紅の火球を放つ。凄まじい反動があり、さらに撃った負担で強烈な疲労と心臓に痛みが発生して、思わず尻もちをついてしまう。だけど、最後まで狙いは一点に抑えられて、真っ直ぐ直進していく。

「っ!」

 林原さんは回避しようとするも、痺れからかその場にとどまってしまい、直撃。瞬間、着弾と共に爆発。大きな熱気をまとった爆風が吹き荒れこちらにも向かってきた。

「皆さんっ!」

 振り向くとクママさんはデスベアーに変身してて、爆風から背を向けて僕達三人を抱え込んでくれる。

「大丈夫でしたか?」

 風が収まると僕達を解放して変身を解く。どうやら傷がなさそうで安心する。

「はい、問題なしですっ」
「クママさん、ありがとうございます」
「助かったわ」
「良かったです。それよりも、ハヤシバラさんは……」

 土埃がなくなり、彼の方を見ると地面に仰向けで倒れていた。立ち上がる気配もなくて、ただ息はちゃんとしているし、消えそうな気配もない。

「コノ、今の内に」
「はいっ!」

 コノは手慣れたようにマギアを構えてマジックロープを射出。ヒットして林原さんをがっしりと捕らえた。

「や、やりましたっ!」
「ええ。何とかなったわね」
「良かっです、皆さんが無事で」

 コノはぴょんぴょんと跳ねて喜び、モモ先輩は達成感を含んだ微笑みを滲ませ、クママさんは安堵の表情を浮かべている。

「はぁ……はぁ……疲れた……」

 そしてホノカの力を解除した僕は、ポジティブな気持ちよりも、あまりの疲れに休みたくて地面に横になった。上に広がる雲が存在しない青空は、眩しく一色に澄み渡っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

処理中です...