上 下
54 / 88
ホノカ編

五十四話 揺らぐ赤い瞳、定まるエメラルドの視線

しおりを挟む
 ホノカと会話をしている内に夕食の時間になっていたようで、オボロさんが机に料理を運んでくれた。僕達もそれを手伝い、並べ終えてからホノカに呼びに行ってもらう。そして、全員が席に着いてから食事を開始する。

「「「「いただきます」」」」

  この家でも長い時間手を合わせた。エルフの人々は、やはり自然というものを大切にしているのだと改めて理解する。
 食器も箸に関してもコノの家と同じようなものだった。中身は、もう安心感すらあるエルフ製の味噌汁にカラフルな野菜のサラダ、メインとしてはエルフ米の上にキユラシカの肉が乗っている丼みたいだ。飲み物は水で、オボロさんだけがお酒を飲んでいた。
 当然ほとんどもう知っている味で、本当の意味でこの生活に慣れてきたんだなとちょっとした感慨を食べ物と一緒に噛み締めた。

「そういえばおぬしは、グリフォドールによってこの島に訪れたのだったな」
「はい、ウルブの村のある島からですね」
「そうなると仲間も心配しているだろうな……」

 あまり考えないようにはしているのだけど、やっぱり日を追うごとに、奥にしまった焦燥がカタカタと揺れていた。

「そう……ですね」
「早く会わせてあげたい気持ちもあるが、すまないなこちらの都合で閉じ込めるような形になってしまって。融通を効かせられるとよいのだが……」
「い、いえ。そこまでして貰うのは申し訳ないですし、それにもうすぐですから」

 もしかしたら今もアオ達は僕を探しているかもしれないと思うと胸が痛くなる。
 でも、通行止めには理由もあるし、下手に動くと襲われるリスクも増えるだろう。さらにその事をオボロさんに伝えて気遣いは大丈夫と断った。

「それに、報酬を頂けるということですし、それをお土産にすれば、皆も許してくれると思いますから」
「そうか……! ならば楽しみにしててくれ、自慢の品を用意するからな。きっと喜んでくれるだろう」

 オボロさんは深いシワを作り自信溢れる笑顔を見せる。これなら、多少は心配かけた補填にもなるだろうし、ようやく役に立てるかも。

「にしても、改めて凄い偶然だよな。このタイミングでユウワが現れるなんてさ」
「わかる! やっぱりホノカもそう思うよね。これって導かれし運命なのかも!」
「そこまでは言ってないけどな」

 そうツッコミが入ると、途端にシュンとしてしまう。

「……だよね」
「ど、どうしたんだよコノハ。いつもなら、食い下がってくるのに」
「いやぁ……この世には、本当に凄い運命があるって知っちゃったから。コノが思う運命は、運命じゃなかったんだって」

 これは僕とアオの関係を言っているのだろう。落ち込んでいるようで、何か声をかけるべきなのだろうけど思いつかず口が動かなかった。

「あー……いや、よく考えたら結構運命かもな? うん、運命だよ運命」
「ほ、本当に思っている?」
「思ってるぞ? いや割とガチで」

 若干雑なフォローな感じもするが、幾分かコノの表情は穏やかになった。

「ホノカありがと、気を遣ってくれて」
「し、してねぇから。本当に思い直しただけだから」
「ふふっ」

 この瞬間だけはコノの方が年上のような形になっていて、ホノカは顔を赤くしつつぷいっとそっぽを向いてしまう。相変わらず素直にはなれていないようで、少し先は思いやられた。

*
 
 僕たちは終始和やかなムードで食卓を囲んだ。特にコノに話しかけられアオの事を根掘り葉掘り聞かれた。彼女の表情に陰はなくなっていて、楽しげに話に耳を傾けてくれた。
 その後に、洗い物や口内を洗浄して風呂の時間となった。コノからホノカ、僕、最後にオボロさんという順で。
 場所としては奥の右手の扉の向こう側にある。その先にちょっとした通路が伸びていて左手にユニットバスがあり、真っ直ぐ進んだ向こうにホノカの部屋があった。

「ではゆっくり温まるのだぞ」
「ありがとうございます」

 僕はオボロさんに魔法で身体を洗われてお湯を貯めてもらった。湯加減も丁度良くて、言葉に甘えて長めに浸かって疲れを癒す。余計な事は考えずひたすら無心のまま時間を揺蕩った。
 出てからオボロさんの部屋に戻るとコノがいて髪を乾かすと言ってくれ、ホノカも部屋でゆっくりしているということで僕はお願いすることに。

「やっとユウワさんのお世話ができました」
「いつもありがとうね」
「いえいえ。コノ、ユウワさんに色々してあげるの好きですから」

 無邪気なその言葉が心の裏側辺りを撫でてきてくすぐったい。後ろから髪に当たる熱風も手伝って少し身体に熱がこもる。

「ねぇユウワさんって、ミズアさんの事をお好きですか?」
「え! いや、えっと……ど、どうしたの突然」

 唐突にそんな事を訊いてくるものだから、言葉が詰まってしまい、質問に逃げる。

「ごめんなさい急に。でも、聞いておきたくて」
「……正直、わからないのが本音かな。複雑な感じで、僕自身も整理できてなくて」
「じゃあ、コノを恋愛的に見れそうですか?」

 核心的な質問が飛びかかってくる。それにどう返答しようか思考を張り巡らせた。

「それは……」

 もう髪は乾ききっていて僕はコノの方を向いた。

「多分、難しい。少なくとも今は」
「その今は、数日間で変わるものですか?」

 目の前の彼女の口調はとても起伏が少なくて、どこか諦めというか悟ったような哀愁もあって。

「それは無理……かな。アオと色々と向き合わないといけないから」
「そうですか……じゃあコノの未練は他の方法を考えないとですね」
「他って……」
「恋愛関係じゃない、別の大切な人通しが結べる関係性です」

 まさかコノからそれを言われるとは思わなかった。

「でもコノの気持ちは……」
「好きなのは変わりません。でも、すぐにその関係になれないのなら蓋をして、それはこれが終わってからにします。今はまた別の何かを探して、それになれるよう頑張ります」
「……ごめん」

 やっぱりコノは凄く現実的に考えられる子で、しっかりしていて強い子だと改めて認識する。

「仕方ないことだと思います、謝らないでください。それに――」

 コノは強い意志をエメラルドの瞳に宿して僕を見つめると。

「悩ませないくらい好きになってもらいます。例え相手がミズアさんでも」

 そう言い切るコノにはもう、アオの事を聞いて狼狽えていた夢見がちな少女の面影はなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

処理中です...