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ホノカ編

三十話 ヒーロー

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 また昔の夢を見た。今度は小学六年生の頃の光景だ。
 高学年になってくると、僕とアオの性格は逆転していった。僕は人間関係の複雑性を意識しだしてから、どうやって関われば良いかわからなくなって、どんどん友人が減って孤立。反対にアオは明るくなっていき多くの友人を持つようになっていった。生きる世界が違う気がして、そして彼女の近くにはいない方がいいんじゃないかと思うようになって、次第に僕はアオのことを避けるようになり、クラスも違っていたことで、どんどん距離が離れていった。
 夢はそんな状況の中の出来事。ある日の学校で僕は不運に多く見舞われた。授業中に席の後ろから意地悪な子に絡まれ、それに抵抗していると機嫌が悪かった先生に皆の前で怒られた。しかも勘違いされて僕一人だけで。理不尽さを感じながらも、その後にリカバリーしようと積極的に手を挙げ指されて自信を持って答えると大外れで皆に笑われた。その日は掃除当番でもあってそれをしていると、意地悪な子に邪魔され、また先生に遊んでると思われて怒られてしまった。

「うぅ最悪だ……」

 踏んだり蹴ったりで、すぐに感情が爆発してしまいそうになって、帰る前に処理しておこうと僕は体育館裏に訪れて、地面に体育座りで腰を下ろした。

「なんで……こんなことに……」

 思い出せば思い出すほど涙が溢れ、無力感や怒り、孤独感を感じてきて、それによってまた悲しみが助長される。そのループを繰返し続けた。
 世界で一番辛くて誰にも理解されない、そんな風に感じて泣いている中、後ろから僕を呼びかける馴染みある声がして。

「ユウ、泣いてるの?」
「アオ……どう、して」

 振り返ると心配そうにしているアオがいた。どうしてここにいるのかとか、泣いてる顔を見られたとか色々と思ったけれど、何よりもそこにアオの顔を見て嬉しくて安心してしまった。

「さっき廊下で泣きそうな顔で走って行くのを見かけて、追いかけてきたんだ」
「そっ……か」

 アオは僕のすぐそばに寄ってきてくれて、目の前に来ると。

「よしよし」

 柔らかく頭を撫でてくれる。その掌の温かさと感触に、無意識にせき止めていた力が緩んでさらに嗚咽と涙が流れ出した。

「ぐす……えっぐ……ごめん……止められ、なくて」
「泣いていいんだよ。ずっとナデナデしてあげる」

 それからアオは撫でる手を止めず泣き止むまでずっと待ってくれた。常に人の温もりを感じていたからか、安堵によって落ち着いていって。

「もう大丈夫」
「そっか、良かったよ~」

 泣き腫らした目にはアオの笑顔が凄く眩しかった。

「アオ、何でこんなに優しくしてくれたの?」
「何でって、幼馴染が泣いているんだから当然じゃん」

「でも、最近はあんまり会ってなかったし、ちょっと避けてたし」

 露骨に避けていたわけじゃないけど、多分アオにもそれに気づかれていたと思う。明らかにアオからのコンタクトも減っていたし。

「そんなの関係ないよ。ユウは大切な幼馴染だもん」
「アオ……」

 はっきりとそんなセリフを言われて胸の奥がじんわりとして、今までの自分の行動に罪悪感が湧いてきて。

「ねぇ、どうして避けていたの? ユウに悪いことしちゃったかな。私、ユウとまた一緒に遊びたいな」
「違うんだ……」

 純粋な想いをぶつけられて、耐えきれなくなって僕は本当の事を口にする。それをアオはにこやかに聞いてくれた。

「なーんだ、そういうことだったんだね。良かった、嫌われてなくて」
「嫌いなんて……ただ相応しくない気がして」
「そんなことないよ。それに、私は前みたいにユウと仲良くしたい」

 アオは僕の手をぎゅっと握ってくれた。さっきまで撫でてくれたその手はとても優しくて。

「お願い」
「……わ、わかったよ」
「やった!」

 アオは本当に嬉しそうにしてくれて、自分は彼女の近くにいていいんだって思えた。

「じゃあさ久しぶりに一緒に帰ろっ!」
「うわっ、引っ張らないで……」

 僕はアオに手を引かれて体育館裏から日の下に出される。陽の暖かさが頭上に感じたけど、それ以上にアオの温もりが残っていて。
 前を進む彼女の背を見ていると、ヒーローのように思えて心の中にくすぐったいような熱が灯った。

*

「アオ……」

 頭にその掌の感触と胸の奥に灯った熱の感覚が残ったまま、僕の意識は浮上した。とても長く眠ったような気だるさがあり、ぼーっとしたまま目をゆったりと開ける。

「ここは……」

 まず霞む視界に見えたのは木目のある天井だ。そして、頭の下には枕があり、身体の上には重みがある布がかかっていて、下には吸収するような柔らかなものが敷いてあるようで。その感覚は布団に入っているようでどこか落ち着いた。
 ただ、それとは異質な部分があり、横からは落ち着くような温かさを感じて、顔をそちらに向ける。

「え」

 そこには寝ている女の子の顔があった。気持ちよさそうに寝ている。
 僕はまた仰向きに戻り目を閉じた。そして何が起きているのか、一気にクリアになった頭をフル回転させる。
 まず夢ではなさそうだ。それを認識し終えてから少し前の記憶をたどった。確かエルフの女の子をウルフェンの人から助け、最後に謎の少女に魔法を受けて気絶したんだ。そういえば、隣で寝ていた子はエルフの子に似ていたような。
 もう一度横を見て、すぐに定位置に頭を戻した。その子で間違いない。特徴的な細長いエルフの耳を持ち、きめ細やかな色白の肌をして至近距離でもずっと眺めていられる美しい顔をしていている。寝顔にはどこか幼さも見え隠れしていた。
 最新の記憶と現状を照らし合わせると、恐らく倒れた後、彼女が助けてくれて、家に運んで来てくれたのだろう。でも何故一緒に寝ているのか。
 やっぱり夢なんじゃと思いもう一度彼女の方に顔を向ける。

「あっ」
「ぅぅ……?」

 彼女はゆっくりと瞼を持ち上げ、エメラルドの瞳が現れる。眠たげでトロンとしてる眼を二回ほどパチパチとと瞬き。

「ああ……」

 こちらに焦点が合ってくると、スローモーションにどんどん目を大きく見開いき表情も笑顔の花を咲かせていく。

「目覚めたのですね!」
「は、はい」

 彼女は純度の高い可愛らしい声を上げながら、勢いよく上体を起き上がらせる。僕もそれに合わせて起きると、少し冷えた空気が身体に流れ込んできた。

「コノの勇者様!」
「え、ちょ!」

 両手を広げると抱きついてきた。華奢な身体が密着して、髪からは甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。そして何より彼女の持つ膨らみが当たってきて。
 さっきの夢の余韻が完全に吹っ飛んだ。

「ま、待ってください」

 肩を優しく掴んで軽い力で何とか引き離す。密着感覚はまだ残っていて、心臓の高鳴りは止まらない。

「あの、何が起きているのか……わからなくて」
「はっそうでした! 急にごめんなさい、つい嬉しくて」

 彼女は掛け布団を剥がすと姿勢を正座に変える。服装は黄緑の花柄のスカートのある着物を着用していた。

「えっと、まずは名乗らせてもらいますね。コノはコノハって言います! 勇者様!」

 少し寝癖のついた長い緑の髪を揺らして、あどけない笑顔を輝かせた。
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