1 / 1
船旅
しおりを挟む
鳩の群れがフミの足元を、首を上げ下げして周っている。フミが袋から餌を投げると、鳩はずかずかとそれを追うのだ。中には真っ白で綺麗で、でも弱弱しい小鳩がよちよちと周りを伺い、餌にありつけないでいる。
「ほらっ、カワイソウだろ」
とそいつを俺が指さす。
フミはなんだか意地悪を語尾に含めて
「知ってるよー、あの奥手っぽい子でしょ」
と笑いながら、ほれほれと餌を投げる。それも太った茶鳩に横取りされ、フミもむきになって片手いっぱいの餌をばらまく。
「チョイ盛りのサービス!」
「はは、大雑把だな」
俺は久しぶりに笑ったような気がした。昨日のテレビのショートコントでもそれなりに笑ったけれど、それとは違う部分が。
「これで、おしまい」
「こんなところで、餌を使い切るなんてなー。船に乗ってからだろ、普通」
「だって、わたしは乗らないもん」
「行かないのか」
「うん、決めた。わたし、ここが好きなんだ。ここの畑だったり、トマトだったり、山田ベーカリーのコロッケパンだったり、仕事だったり、まだバイトにちょっと足した程度のものだけれどね、やりがいがあるんだ」
「そっか」
俺よりもここの土地が好きなんだな。俺もここが好きだ。フミも好きだ。だけど、もっと好きなものが、この空の向こうのどこかにある気がする。そんなあやふやな「ある気」に向かって旅をするなんて、ノリのいい友達は応援してくれるけど、真剣な仲間は止めろと言ってくれて、過去に旅をしていた親父もそこで出会った母もそう説教していて、だけどその気分は止められない。気分としか言いようのないふわふわしたものだけど、俺の背中を強烈に押す追い風だ。これに逆らっては、もう、立っていることさえ出来ない。前へ、前へと駆り立てる。
フミの顔が目の前にある。ちょっと笑ってる。
「ゾーンに入っちゃって。見えなくなっちゃうんだから。でも、そういう一途なところ、好きだよ」
「そっか、俺も好きだ」
なんて、告白を潜めてみた。なんて。弱ったらしいな、自分。
「ははっ、やっぱり自分大好き人間なんだー。自分が好きなんて、ナルシストー」
「ははっ」
そんな感じで玉砕するのも、俺らしい。確かにそんな俺を、俺は憎めない。もう一つ踏み込んで、お前のことがだよ、なんて言えない。言うのが格好悪い気がする。そこまで自分で分析みたいなものまでしてしまっている。頭でっかちなんだな。フミはなんか凄い勢いで文句を言い続けてる。
「こんなんだから、誰とも相談しないで旅に行っちゃうんだよ。せめてわたしに相談してくれたってさ。別にいいけどさ。あーあ、本当にあっけらかんとした空だよね。梅雨時らしくない。たまの晴れ間。こんな時、隣町まで夏服買いにバスでごとごと行ったよね。子供の時の大冒険。帰りは日が落ちちゃって、叱られたっけ。ねえ、今度も帰ってくるよね。帰ってくるか。どうでもいいか。ほんと、わたし何言ってんだろ」
「ほんと、何言ってんだか」
「ははは」
「はははは」
「馬鹿っ」
「なんだよ、なんでバカなのか、わかんねーぞ」
「わかんなくていーわよー」
*
「はい」
カッパエビセンが渡される。
「鳩に全部やったんじゃないのか?」
「も一つ、買ってきた。どんなんだか見れないけど、なんだか見て欲しいじゃん」
「ありがと。何円?」
「二百円」
「なんだ、そのぼったくり価格。ちょっと待ってな」
「いいよ」
「あっ?」
「帰ったら返してね。出世払い」
「えらくショボい出世払いだな、係長補佐級?」
「バイトのサブリーダー級」
「はは」「はは」
「じゃね」
「じゃな」
*
真っ青な空のようで、でもやっぱり雲はところどころに散らばっている。でも、太陽は眩しい。風はシャツを通り抜け、髪をくすぐる。
その空の中を船は走る。
船の甲板の底からはエンジンの振動が絶えず小刻みに揺れている。直に見ると異様に大きいプロペラはごうごうと派手な重い音を立て続ける。
カッパエビセンを空に投げた。カモメだかトビだか、名も知らない鳥たちが、ぐぐっと旋回して下降して、落ちていくそれをキャッチする。
鳥の群れに投げ入れてみると、それぞれの鳥は衝突しないぎりぎりの位置で縄張りを保ち、ある鳥は踏み出し、ある鳥はけん制する。けん制しあってこぼれたのを狙うような位置にも、また二匹、三匹、そこにも競争がある。
「このヤロー」
高く思いっきり投げたそれを、焦げ茶の大鳥は受けそこなったが、その下横から若鳥が滑るようにダイビングしていく。
フミのくれたカッパエビセンは、カッパのように雨こそ呼ばなかったが、鳥たちを引き連れていった。
船は風を泳ぐように前へと進む。
「ほらっ、カワイソウだろ」
とそいつを俺が指さす。
フミはなんだか意地悪を語尾に含めて
「知ってるよー、あの奥手っぽい子でしょ」
と笑いながら、ほれほれと餌を投げる。それも太った茶鳩に横取りされ、フミもむきになって片手いっぱいの餌をばらまく。
「チョイ盛りのサービス!」
「はは、大雑把だな」
俺は久しぶりに笑ったような気がした。昨日のテレビのショートコントでもそれなりに笑ったけれど、それとは違う部分が。
「これで、おしまい」
「こんなところで、餌を使い切るなんてなー。船に乗ってからだろ、普通」
「だって、わたしは乗らないもん」
「行かないのか」
「うん、決めた。わたし、ここが好きなんだ。ここの畑だったり、トマトだったり、山田ベーカリーのコロッケパンだったり、仕事だったり、まだバイトにちょっと足した程度のものだけれどね、やりがいがあるんだ」
「そっか」
俺よりもここの土地が好きなんだな。俺もここが好きだ。フミも好きだ。だけど、もっと好きなものが、この空の向こうのどこかにある気がする。そんなあやふやな「ある気」に向かって旅をするなんて、ノリのいい友達は応援してくれるけど、真剣な仲間は止めろと言ってくれて、過去に旅をしていた親父もそこで出会った母もそう説教していて、だけどその気分は止められない。気分としか言いようのないふわふわしたものだけど、俺の背中を強烈に押す追い風だ。これに逆らっては、もう、立っていることさえ出来ない。前へ、前へと駆り立てる。
フミの顔が目の前にある。ちょっと笑ってる。
「ゾーンに入っちゃって。見えなくなっちゃうんだから。でも、そういう一途なところ、好きだよ」
「そっか、俺も好きだ」
なんて、告白を潜めてみた。なんて。弱ったらしいな、自分。
「ははっ、やっぱり自分大好き人間なんだー。自分が好きなんて、ナルシストー」
「ははっ」
そんな感じで玉砕するのも、俺らしい。確かにそんな俺を、俺は憎めない。もう一つ踏み込んで、お前のことがだよ、なんて言えない。言うのが格好悪い気がする。そこまで自分で分析みたいなものまでしてしまっている。頭でっかちなんだな。フミはなんか凄い勢いで文句を言い続けてる。
「こんなんだから、誰とも相談しないで旅に行っちゃうんだよ。せめてわたしに相談してくれたってさ。別にいいけどさ。あーあ、本当にあっけらかんとした空だよね。梅雨時らしくない。たまの晴れ間。こんな時、隣町まで夏服買いにバスでごとごと行ったよね。子供の時の大冒険。帰りは日が落ちちゃって、叱られたっけ。ねえ、今度も帰ってくるよね。帰ってくるか。どうでもいいか。ほんと、わたし何言ってんだろ」
「ほんと、何言ってんだか」
「ははは」
「はははは」
「馬鹿っ」
「なんだよ、なんでバカなのか、わかんねーぞ」
「わかんなくていーわよー」
*
「はい」
カッパエビセンが渡される。
「鳩に全部やったんじゃないのか?」
「も一つ、買ってきた。どんなんだか見れないけど、なんだか見て欲しいじゃん」
「ありがと。何円?」
「二百円」
「なんだ、そのぼったくり価格。ちょっと待ってな」
「いいよ」
「あっ?」
「帰ったら返してね。出世払い」
「えらくショボい出世払いだな、係長補佐級?」
「バイトのサブリーダー級」
「はは」「はは」
「じゃね」
「じゃな」
*
真っ青な空のようで、でもやっぱり雲はところどころに散らばっている。でも、太陽は眩しい。風はシャツを通り抜け、髪をくすぐる。
その空の中を船は走る。
船の甲板の底からはエンジンの振動が絶えず小刻みに揺れている。直に見ると異様に大きいプロペラはごうごうと派手な重い音を立て続ける。
カッパエビセンを空に投げた。カモメだかトビだか、名も知らない鳥たちが、ぐぐっと旋回して下降して、落ちていくそれをキャッチする。
鳥の群れに投げ入れてみると、それぞれの鳥は衝突しないぎりぎりの位置で縄張りを保ち、ある鳥は踏み出し、ある鳥はけん制する。けん制しあってこぼれたのを狙うような位置にも、また二匹、三匹、そこにも競争がある。
「このヤロー」
高く思いっきり投げたそれを、焦げ茶の大鳥は受けそこなったが、その下横から若鳥が滑るようにダイビングしていく。
フミのくれたカッパエビセンは、カッパのように雨こそ呼ばなかったが、鳥たちを引き連れていった。
船は風を泳ぐように前へと進む。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
傷つけて、傷つけられて……そうして僕らは、大人になっていく。 ――「本命彼女はモテすぎ注意!」サイドストーリー 佐々木史帆――
玉水ひひな
青春
「本命彼女はモテすぎ注意! ~高嶺に咲いてる僕のキミ~」のサイドストーリー短編です!
ヒロインは同作登場の佐々木史帆(ささきしほ)です。
本編試し読みで彼女の登場シーンは全部出ているので、よろしければ同作試し読みを読んでからお読みください。
《あらすじ》
憧れの「高校生」になった【佐々木史帆】は、彼氏が欲しくて堪まらない。
同じクラスで一番好みのタイプだった【桐生翔真(きりゅうしょうま)】という男子にほのかな憧れを抱き、何とかアプローチを頑張るのだが、彼にはいつしか、「高嶺の花」な本命の彼女ができてしまったようで――!
---
二万字弱の短編です。お時間のある時に読んでもらえたら嬉しいです!
ほのぼの高校11HR-24HR
深町珠
青春
1977年、田舎の高校であった出来事を基にしたお話です。オートバイと、音楽、オーディオ、友達、恋愛、楽しい、優しい時間でした。
主人公は貧乏人高校生。
バイト先や、学校でいろんな人と触れ合いながら、生きていきます。
けど、昭和なので
のどかでした。
オートバイ、恋愛、バンド。いろいろです。
バンディエラ
raven11
青春
今はもうプレーすることから遠ざかった、口の中が血の味になりながら、ただひたすらにゴールにぶち込むことだけを考えながら走り続けた、かつての歴戦の選手へ。
また、その経験がなくても芸術的なシュートや、パスに心躍ることのできるあなたへ。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
DQNの刺客とガチバトル 結果、親友ふたりできたんだが
JUNG2
青春
高校生高宮隼(たかみやしゅん)は、古武道「天法院流護法拳」の使い手。
学校の帰り、恐喝されていた同級生中村大地(なかむらだいち)を救ったことから、校内のDQNグループと、その依頼を受けた刺客との対決に発展してゆきます。
格闘アクション+青春小説です。
主人公や刺客、そしてその家族と触れ合うことで、封印されたような青春を送る少年が、明るく自由な心を獲得してゆきます。
バイオレンス(格闘シーン)や、性への言及などありますので、R15としました。
以前書いた怪獣小説「鬼神伝説オボロガミ」と世界観、登場人物を共有しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる