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19.悪役令嬢は窮地に陥るようです

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 男装作戦を決行してからしばらく。
 アリシアは定期的に男装をして、放課後にメリアと行動を共にした。

 とはいえ、男装をするのは学園の敷地内だけだ。
 街に繰り出すことはない。

 理由はいくつかあるが、まずメリアに男の影があると思わせたいのは、貴族の子女である学園の生徒たちだ。
 街へ繰り出すよりも学園内を歩き回った方が、効率がよい。

 そして、レイネス対策でもある。
 どうやらレイネスは、アリシアの変装した茶髪の男の身元を特定すべく、手の者を使って調査を開始したようだ。
 王子の用意した者たちだ。
 おそらくその調査能力は、アリシアが正面から欺ききれるようなものではないだろう。
 だからこそ、尾行等のリスクがある学園外へ出ることはできない。

 もちろん、学園内にも調査の手が伸びている可能性は十分にあるが、街中と違い、警備の厳重な学園で不審な行動はそう簡単にとれない。
 外部の者が不正に侵入するなど、まず不可能だろう。

 王子の権限を使えば、無理矢理学園内に手の者を侵入させることはできるかもしれないが、レイネスは私欲のために権力を振りかざすような男ではない。
 恋敵ではあるが、その点は信用している。

 学園内でレイネスにできることといったら、自分で調べるか、友人に頼むくらいのことくらいのものだろう。

 したがって、アリシアはレイネスやその友人たちにさえ気をつけていれば、それでいいのだ。

 変装初日は、レイネスに男の存在を印象づけるため姿をみせたが、それ以降は一度もレイネスの前に姿を出していない。

 生徒である前に王子であるレイネスの行動は、公務によってかなり制限されたものとなっている。
 元婚約者のアリシアと、よくレイネスと行動を共にしていたメリアにかかれば、レイネスに遭遇しないように学園内を歩き回ることくらい造作もなかった。

「そういえば、殿下はどうして直接私に聞いてこないのでしょうか?」

 黄色い声援を聞き流しながら、男装したアリシアとメリアは、手を繋ぎながら日課となりつつある校内デートをしていた。

「うーん、殿下なりのプライドじゃないかしら」

「プライド、ですか?」

「そう、プライド。
自分の場所だと思っていたメリアさんの隣に、突如として知らない男が現れた。
メリアさんに聞いて、正体を確かめるのは簡単。
でも、その行為は、その男にメリアさんの隣を奪われるかもしれないと思ってしまっているという劣等感と表裏一体。
一国の王子である自分が、名前も知らないような男に、負けることなどあってはならない。
メリアさんに情けない姿をみせることなく、あの男を排除してみせる。
……まあ、こんなところじゃないかしら」

「……私には、その考えはちょっとよくわかりません」

「奇遇ね、私もよ。
 そんなことをしているから、こうして私にメリアさんの隣を奪われてしまうのよ。
 まあ、奪うもなにも、メリアさんの隣は私のものだけれど」

「あはは……」

 とはいうものの、いくら学園内の調査の手が緩いとはいえ、いつまでも隠し通せるものでもない。
 正体がアリシアだとばれるのも、時間の問題だろう。

 幸い、男装したアリシアの存在は、もう十分生徒たちに認知されたと思う。
 それは、すれ違うだけで上げられる、黄色い声援を聞けばまず間違いないだろう。

 名残惜しいが、そろそろ潮時か。

 メリアと別れたアリシアは、いつも更衣室代わりに使用しているサロンへと向かう。

 周囲の様子をうかがい、人目がないことを確認してからサロンへと入る。

「ふぅ……。
 やっぱりカツラって蒸れるわね」

 茶色い髪をテーブルの上に置き、束ねてあった髪を下ろす。
 サロンに甘酸っぱい香りが広がった。

「この季節でこれなら、夏だったら汗だくになるのは間違いないわ。
 いくらロバートが優しくても、人が汗だくにした制服なんて着たくないでしょうし。
 そういう意味でも、ちょうどいい時期なのかもしれないわね」

 脱いだ制服を綺麗に畳む。

 制服については、変装初日からロバートに借り続けている。
 予備の制服があるようなので、申し訳ないが、ロバートにはそちらを着てもらっているのが現状だ。

 異性に制服を渡すなど、抵抗があるだろうに、ロバートは快く貸してくれた。
 その優しさには、感謝してもしきれない。

 ロバートは礼などいらないといっていたが、せめて公爵令嬢の名にかけて、新品同様に綺麗な状態で返そうと思う。

 そう決心し、自身の制服へと手を伸ばしたそのときだった。

 ガチャ

「えっ……」

「そのカツラ……、ふん。
 やはり貴様だったか」

 開け放たれたドアの前。
 そこにいたのはレイネスだった。

「こんなことだろうと思った。
 このところ、貴様の様子は明らかにおかしかったからな。
 メリアに男の影があると噂されているにも関わらず、一切の動きをみせない。
 それどころか、男が現れてからというもの、放課後になるとまるで身を退くかのように、そそくさと教室を後にする。
 これまでメリアにベッタリだった貴様が、だ。
 王子である私に向かって、メリアを愛しているなどと抜かしたお前が、どこの誰ともわからぬ男を前にして、そう潔く引き下がるはずあるまい。
 そこで私はあることに気がついた。
 貴様が最近よく利用しているこのサロン。
 不思議と、あの男の目撃証言もこの辺りで多い。
 もしやと思い張り込んでみたのだが、どうやら私の予想は当たっていたようだな。
 貴様がこんなことをした理由は、そうだな。
 メリアの周りに男の影をちらつかせることで、私の注意を逸らしつつ、メリアには婚約者がいると周囲に印象づけようとしたといったところか。
 婚約者のいる女性に手を出したとなれば、私の醜聞になるからな。
 ふん、まったく姑息な真似をする。
 だが、こうして男の正体を突き止めた以上、立場は逆転した。
 なにせ貴様は王子である私を謀ろうとしたのだからな。
 これがどういうことか、わからないことはあるまい。
 私がその気になれば……」

「お黙りなさい!!
 この破廉恥王子!!」

「は、破廉恥王子だと!?」

 突然のアリシアの剣幕に、レイネスはたじろいだ。

「着替え中の女性がいる部屋にノックもなく侵入し、開け放ったままの扉の前でジロジロと視姦しながら、ベラベラ語り出す。
 これが破廉恥以外のなんだというのですか!
 この、変態、変態、変態!!」

「なっ!
 ジロジロと視姦などしていない!
 だいたい私は、貴様の裸体になど興味ない」

「その台詞をメリアさんの前でも言えますか。
 私は着替え中の女性の部屋に侵入したが、裸体に興味はなかったと。
 メリアさんはどう思うのでしょうね。
 きっと、この王子は破廉恥で、変態で、デリカシーのない、節操なしの最低男だと思うに違いないわ」

「それは言い過ぎだろう!
 それに、私が破廉恥だというのならば、貴様はどうなのだ。
 なぜいつまでも仁王立ちをしている。
 少しは恥じらったらどうだ!」
 
「メリアさんのために磨き上げたこの肉体に、恥じるべき場所などありません。
 破廉恥王子に晒すのは誠に遺憾ではありますが、ここで退いたら女が廃るというもの」

「意味がわからん!」

 二人の声がサロンに響く。

「それはそうと、破廉恥王子。
 先ほど立場が逆転したと仰いましたよね」

「おい、その呼び方はやめろ!」

「果たして、本当に逆転したのでしょうか?」

「……どういうことだ?」

 訝しむように、アリシアをにらむレイネス。

「半裸の元婚約者と二人きりの王子。
 今この状況で私が助けを求めたら、駆けつけた者たちの目にはどう写るのでしょうね」

「……貴様はどこまでも姑息なやつだな」

「姑息で結構。
 私はメリアさんと結ばれるためならば、どんなことでもします」

 というより、それ以外現状を打破する手段がとっさに思い浮かばなかった。
 茶髪の男の正体が、こんなにあっさりバレるとは思わなかった。
 アリシアの考えるレイネスより、本人は優秀だったということだろう。

 レイネスの言う通り、立場は逆転してしまった。
 なにせ、一国の王子であるレイネスを謀ろうとしたのだ。
 それは捉え方によっては、国への忠誠を疑われてもおかしくない。
 被害者はレイネスであり、アリシアへ下される罰も、レイネスのさじ加減一つでかわってしまう。

 それならば、いっそのことレイネスを悪役に仕立てて、全てをうやむやにしてしまおう。
 半裸の元婚約者に迫ったというレイネスの醜聞を広めてしまえば、アリシアの男装など気にもとめられないだろう。
そうだと思いたい。
 
アリシアは自棄だった。

「くっ!」

 慌てて部屋から出ようとするレイネスに駆け寄り、その腕をガッチリとつかむ。

「おいこら、離せ!」

「離しません!
 さあ、破廉恥王子、なにか言い残すことはありますか」

「貴様、こんなことをしてただですむと思っているのか!」

「私は愛する者のためならば、恐れることなどなにもありません!」

「こ、このっ!
 うぉっ!」

「きゃっ!」

 揉み合う中で、もつれるように倒れこむ二人。

 部屋の入り口で揉み合っていたため、その体は廊下へと投げ出されてしまう。

「どうなさいました、か……?
 えっ、レイネス殿下!
 それにアリシア様も!
 いったい、その格好は……、まさか」

 騒ぎを聞きつけたのであろう、様子を見に来たサロンの管理人は、二人の姿を見て言葉をなくした。

 横たわるレイネスを押し倒すように馬乗りになる半裸のアリシア。
それはまるで、婚約破棄を受け入れることができなかったアリシアが、無理矢理レイネスに迫っているようで。

 管理人が何を想像しているか察したアリシアは顔を青くした。

「ち、違います!
 これにはワケが。
殿下、殿下からもなにか仰ってください!
……殿下?」

 下敷きになっている恋敵の姿を見ると、そこには伸びて気を失っているレイネスの姿があった。
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