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5.提案
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「まあまあ、落ち着いてください。ここで私を殺して困るのは旦那様のほうですよ」
「抜かせ。貴様のような下賎の者など殺しても困りはせん!」
「いいえ、そんなことはありません。まず私のこの家における立ち位置は、王家から遣わされた客人です。それを殺すなど王家に剣を向けるようなものですよ」
「そんなもの、貴様の悪事を白日の下に晒せば問題あるまい」
「私の悪事とはいったいなんでしょう」
何を言っているのだ、この男は。
「貴様が自ら言ったではないか。アミーラを辱しめていると」
「そんなことは申しておりません。私はただ、奥方様の身体のことなら隅々まで把握していると申したのです」
「それが辱しめていると言っているのだ!」
普段怒鳴ることなどない私だが、アルトを前にしていつもの自分を保っていられる気がしない。
しかし、当のアルトはといえば、怒鳴られているというのに涼しい顔だ。
その余裕そうな表情に、より怒りが募る。
「それは旦那様の捉え方の問題では。私は宮廷医です。
第三王女であらせられるアミーラ様に万が一のことがないよう身体のことを把握するのは当然のこと。
それが陛下より命じられた私の職務なのですから」
「だとしてもだ。貴様は明らかに意図して侮辱をしている。
そんな奴にこれ以上大切な妻を任せておけるものか!」
「大切だとお思いになるのなら、なおのこと私の力が必要なはず。
失礼ながら、この世界で私以上にアミーラ様のお身体のことを把握している医師はおりません。
もし私を追い出したとして、アミーラ様が危険な状況に陥ったときいったいどうするおつもりなのですか。
出産とはめでたいことであると同時に、死と隣り合わせの行為でもあるのです。
私ならアミーラ様の命を救えるというのに、その選択肢を放棄して他の者に任せるのですか。
それで本当にアミーラ様のことを考えていると言えるのでしょうか」
アルトの言葉に、怒りで満たされていた思考がわずかに冷静さを取り戻した。
嘘はないのだろう。
宮廷医であるということは、この国でも上位の腕を持った医師だということである。
そんな人間がさらにアミーラの身体のことを知り尽くしているのだ。
アミーラを任せるのに、アルト以上の適任者はどこにもいないだろう。
理屈では理解できる。
だが、それを認めたくないのは私のエゴなのだろうか。
「そう難しく考える必要はありません。旦那様とて一人の男です。
医師とはいえ、若い男を妻に近づけたくないと思うのは当然のことです。
それでしたらこういうのはいかがでしょう。アミーラ様に判断を委ねるのです」
「妻に判断を委ねる、だと?」
「そうです。旦那様は私がアミーラ様に不敬を働くことを警戒なさっているのですよね。
そういうことでしたら、アミーラ様にお尋ねください。
アルトは出産を任せるのに相応しいか、と。
もしアミーラ様が相応しくない、出ていけとおっしゃるようでしたら、私は大人しく出ていきましょう。
アミーラ様の体調管理を任された者として、心の健康を害してしまっては元も子もないですから」
アミーラの考えを聞くというのは悪くない選択肢だろう。
これはアミーラ自身の問題であり、彼女が一番の被害者なのだから。
もし我慢して診察を受けているようなら、そのときはアルトに出て行ってもらえばいい。
「そしてこれからは私が診察の際にどのようなことを行ったのか、逐一旦那様に報告させていただきます。
そして私の発言に誤りがないかアミーラ様にお尋ねください。
そうすれば、私がアミーラ様に医療行為から逸脱したことは行っていないと確認できるでしょう」
何をしたのか私に報告するのであれば、私とアミーラ、二方向からアルトを監視することができる。
確かにそうすれば、私の懸念しているようなことは起こりえないように思える。
しかし、糾弾していたはずが、どうしてアルトの提案にのるかどうか考えているのだろう。
これではまるでアルトの手のひらの上で踊らされているような……。
「いかがですか?」
「……返答は明日する」
「わかりました」
席を立つと一礼して書斎を出ていこうとするアルトだったが、ふと立ち止まると口を開いた。
「ああ、そうそう。アミーラ様はこれからが大切な時期です。
出産するまでは、身体を重ねませんようご承知下さいませ」
うっすらと笑みを浮かべたままそれだけ言い残すと、アルトは書斎を出ていった。
「抜かせ。貴様のような下賎の者など殺しても困りはせん!」
「いいえ、そんなことはありません。まず私のこの家における立ち位置は、王家から遣わされた客人です。それを殺すなど王家に剣を向けるようなものですよ」
「そんなもの、貴様の悪事を白日の下に晒せば問題あるまい」
「私の悪事とはいったいなんでしょう」
何を言っているのだ、この男は。
「貴様が自ら言ったではないか。アミーラを辱しめていると」
「そんなことは申しておりません。私はただ、奥方様の身体のことなら隅々まで把握していると申したのです」
「それが辱しめていると言っているのだ!」
普段怒鳴ることなどない私だが、アルトを前にしていつもの自分を保っていられる気がしない。
しかし、当のアルトはといえば、怒鳴られているというのに涼しい顔だ。
その余裕そうな表情に、より怒りが募る。
「それは旦那様の捉え方の問題では。私は宮廷医です。
第三王女であらせられるアミーラ様に万が一のことがないよう身体のことを把握するのは当然のこと。
それが陛下より命じられた私の職務なのですから」
「だとしてもだ。貴様は明らかに意図して侮辱をしている。
そんな奴にこれ以上大切な妻を任せておけるものか!」
「大切だとお思いになるのなら、なおのこと私の力が必要なはず。
失礼ながら、この世界で私以上にアミーラ様のお身体のことを把握している医師はおりません。
もし私を追い出したとして、アミーラ様が危険な状況に陥ったときいったいどうするおつもりなのですか。
出産とはめでたいことであると同時に、死と隣り合わせの行為でもあるのです。
私ならアミーラ様の命を救えるというのに、その選択肢を放棄して他の者に任せるのですか。
それで本当にアミーラ様のことを考えていると言えるのでしょうか」
アルトの言葉に、怒りで満たされていた思考がわずかに冷静さを取り戻した。
嘘はないのだろう。
宮廷医であるということは、この国でも上位の腕を持った医師だということである。
そんな人間がさらにアミーラの身体のことを知り尽くしているのだ。
アミーラを任せるのに、アルト以上の適任者はどこにもいないだろう。
理屈では理解できる。
だが、それを認めたくないのは私のエゴなのだろうか。
「そう難しく考える必要はありません。旦那様とて一人の男です。
医師とはいえ、若い男を妻に近づけたくないと思うのは当然のことです。
それでしたらこういうのはいかがでしょう。アミーラ様に判断を委ねるのです」
「妻に判断を委ねる、だと?」
「そうです。旦那様は私がアミーラ様に不敬を働くことを警戒なさっているのですよね。
そういうことでしたら、アミーラ様にお尋ねください。
アルトは出産を任せるのに相応しいか、と。
もしアミーラ様が相応しくない、出ていけとおっしゃるようでしたら、私は大人しく出ていきましょう。
アミーラ様の体調管理を任された者として、心の健康を害してしまっては元も子もないですから」
アミーラの考えを聞くというのは悪くない選択肢だろう。
これはアミーラ自身の問題であり、彼女が一番の被害者なのだから。
もし我慢して診察を受けているようなら、そのときはアルトに出て行ってもらえばいい。
「そしてこれからは私が診察の際にどのようなことを行ったのか、逐一旦那様に報告させていただきます。
そして私の発言に誤りがないかアミーラ様にお尋ねください。
そうすれば、私がアミーラ様に医療行為から逸脱したことは行っていないと確認できるでしょう」
何をしたのか私に報告するのであれば、私とアミーラ、二方向からアルトを監視することができる。
確かにそうすれば、私の懸念しているようなことは起こりえないように思える。
しかし、糾弾していたはずが、どうしてアルトの提案にのるかどうか考えているのだろう。
これではまるでアルトの手のひらの上で踊らされているような……。
「いかがですか?」
「……返答は明日する」
「わかりました」
席を立つと一礼して書斎を出ていこうとするアルトだったが、ふと立ち止まると口を開いた。
「ああ、そうそう。アミーラ様はこれからが大切な時期です。
出産するまでは、身体を重ねませんようご承知下さいませ」
うっすらと笑みを浮かべたままそれだけ言い残すと、アルトは書斎を出ていった。
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