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3.めでたい報せ
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武の名門であるジュラーレ侯爵家ではあるが、当主の普段の仕事といえば、書斎に籠って書類と向き合う日々だ。
毎日毎日机に向かっていると嫌気が差すこともあるが、これも当主の務めだ。
民のため、家のため。
手を抜くことなどできやしない。
そんな代わり映えのしないある日のことだった。
コンコン――。
「旦那様、メリーでございます」
「入れ」
「失礼いたします」
一人のメイドが書斎を訪れた。
掃除やお茶を汲む以外のことでメイドが書斎を訪れることは珍しい。
私は書類から顔を上げメリーを迎え入れた。
「何かあったのか?」
躾の行き届いた我が家のメイドたちであるが、入室してきたメリーの顔にはどこか焦りのようなものが見える。
良からぬことが起こったのかと私は身構えた。
「先ほど奥方様が体調不良を訴えられ、寝室へと移動されました」
ガタン――。
私は思わず立ち上がった。
「アミーラは無事なのか?」
「現在アルト様が診察中でございます」
アルト・ベラータ。
アミーラが降嫁する際に共に侯爵家を訪れた宮廷医の男である。
侯爵家にもお抱えの医師はいる。
しかしアミーラが王族ということもあり、小さい頃からアミーラのことを知っている医師をつけたいと王城から打診があったため、無下にすることもできないので客人としてアルトを受け入れることになったのだ。
アルトは若いが、宮廷医に任命されるだけありその腕は確かである。
彼が診察しているというのであれば問題はないだろう。
「そうか。なら、診察が終わり次第アルト殿に書斎へ来るよう伝えておいてくれ」
「わかりました」
メリーが退出したのを確認してから、私は椅子に座り直し天井を仰いだ。
アミーラ。
もし彼女に何かあったらと思うと気が気でない。
様子を見に行きたい衝動に駆られるが、私が行ったところでアルトの診察の邪魔にしかならないだろう。
今は信じて待つしかない。
しばらくして。
落ち着かない心を宥めながら仕事をしていると、再び書斎の扉が叩かれた。
「旦那様、アルトでございます」
「入ってくれ」
ようやく訪れた待ち人を書斎へと招き入れる。
私は応接用のソファーへと移動すると、対面の席にアルトを座らせた。
アミーラの診察の報告に来たにしては、アルトの表情が妙に明るい。
その事に疑問を抱きつつも、私はすぐに本題へと切り込んだ。
「それでアミーラの様子はどうなんだ?」
私の問いを待っていたとばかりに、アルトは笑みを浮かべて答えた。
「旦那様、おめでとうございます。奥方様はご懐妊なされました」
懐妊。
それはつまり、アミーラの中に私たちの子供が宿ったということ。
「本当、なのか?」
「ええ。奥方様の体調不良はつわりによるもので間違いないでしょう」
貴族にとって跡継ぎは何よりも重要である。
男児であれば望ましいが、女児であったとしても婿養子を取ればいいので問題ない。
だがそれよりも、アミーラが私との子を授かったということ自体が純粋に嬉しかった。
世の父親たちはこのような気持ちを味わってきたのだろうか。
とにかく、無事に出産を迎えられるように備えなくては。
「アルト殿、感謝する。これから大変になると思うが、どうか妻と子が無事に出産を越えられるよう力を貸して欲しい」
「当然でございます。そのために私は奥方様についてきたのですから」
アルトの言葉は自信に満ちていた。
正直いくら医師とはいえ、若い男がアミーラの近くにいるということに思うところがないわけではない。
だがこうして力強い言葉を聞くと不安な気持ちが霧散するので現金なものだ。
毎日毎日机に向かっていると嫌気が差すこともあるが、これも当主の務めだ。
民のため、家のため。
手を抜くことなどできやしない。
そんな代わり映えのしないある日のことだった。
コンコン――。
「旦那様、メリーでございます」
「入れ」
「失礼いたします」
一人のメイドが書斎を訪れた。
掃除やお茶を汲む以外のことでメイドが書斎を訪れることは珍しい。
私は書類から顔を上げメリーを迎え入れた。
「何かあったのか?」
躾の行き届いた我が家のメイドたちであるが、入室してきたメリーの顔にはどこか焦りのようなものが見える。
良からぬことが起こったのかと私は身構えた。
「先ほど奥方様が体調不良を訴えられ、寝室へと移動されました」
ガタン――。
私は思わず立ち上がった。
「アミーラは無事なのか?」
「現在アルト様が診察中でございます」
アルト・ベラータ。
アミーラが降嫁する際に共に侯爵家を訪れた宮廷医の男である。
侯爵家にもお抱えの医師はいる。
しかしアミーラが王族ということもあり、小さい頃からアミーラのことを知っている医師をつけたいと王城から打診があったため、無下にすることもできないので客人としてアルトを受け入れることになったのだ。
アルトは若いが、宮廷医に任命されるだけありその腕は確かである。
彼が診察しているというのであれば問題はないだろう。
「そうか。なら、診察が終わり次第アルト殿に書斎へ来るよう伝えておいてくれ」
「わかりました」
メリーが退出したのを確認してから、私は椅子に座り直し天井を仰いだ。
アミーラ。
もし彼女に何かあったらと思うと気が気でない。
様子を見に行きたい衝動に駆られるが、私が行ったところでアルトの診察の邪魔にしかならないだろう。
今は信じて待つしかない。
しばらくして。
落ち着かない心を宥めながら仕事をしていると、再び書斎の扉が叩かれた。
「旦那様、アルトでございます」
「入ってくれ」
ようやく訪れた待ち人を書斎へと招き入れる。
私は応接用のソファーへと移動すると、対面の席にアルトを座らせた。
アミーラの診察の報告に来たにしては、アルトの表情が妙に明るい。
その事に疑問を抱きつつも、私はすぐに本題へと切り込んだ。
「それでアミーラの様子はどうなんだ?」
私の問いを待っていたとばかりに、アルトは笑みを浮かべて答えた。
「旦那様、おめでとうございます。奥方様はご懐妊なされました」
懐妊。
それはつまり、アミーラの中に私たちの子供が宿ったということ。
「本当、なのか?」
「ええ。奥方様の体調不良はつわりによるもので間違いないでしょう」
貴族にとって跡継ぎは何よりも重要である。
男児であれば望ましいが、女児であったとしても婿養子を取ればいいので問題ない。
だがそれよりも、アミーラが私との子を授かったということ自体が純粋に嬉しかった。
世の父親たちはこのような気持ちを味わってきたのだろうか。
とにかく、無事に出産を迎えられるように備えなくては。
「アルト殿、感謝する。これから大変になると思うが、どうか妻と子が無事に出産を越えられるよう力を貸して欲しい」
「当然でございます。そのために私は奥方様についてきたのですから」
アルトの言葉は自信に満ちていた。
正直いくら医師とはいえ、若い男がアミーラの近くにいるということに思うところがないわけではない。
だがこうして力強い言葉を聞くと不安な気持ちが霧散するので現金なものだ。
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