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10.貴族の迎え
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詰所で一通りの取り調べを受けた俺は、そのまま牢へと放り込まれた。
やや高圧的な取り調べだったが、俺は逃げたことの謝罪と、あの路地裏で起こったことを嘘偽りなく話した。
俺の言葉を信じてくれたかはわからないが、どれだけ調べようとも俺から薬が見つかることはない。
俺が売人であるという事実などないのだから。
ゾルグの話を信じるなら、たとえその貴族が現れずとも、三日もすれば解放されるはずだ。
とはいえ、日中このラザールの身体は消えてしまうわけで、その間に空の牢を見られてしまうことになるだろう。
牢に入れられてからその事に思い至ったが、今さらどうしようもない。
また明日の夜にでも牢の中で考えるとしよう。
俺は牢の壁にもたれるようにして腰を下ろした。
牢は詰所の地下に造られており、鉄格子の外からわずかに魔道ランプの明かりが差すだけで、ほとんど闇の中にいるようだった。
石造りの床や壁はひんやりとしており、とてもではないが冬場に入りたいような場所ではない。
(それにしても、俺が牢屋にねぇ……)
農家のラザックとしては、けっして入りたくない場所だ。
だが、ラザールとしてならこれも人生経験だとすんなり受け入れられた。
それは俺がこの世界を夢だと思っているからか、それとも比類なき力を手に入れたからか。
どちらにせよ、釈放されるまでやることもない。
俺は静かに目を閉じた。
◇
牢に入れられて、どれくらいの時間が経っただろうか。
まだ現実で目覚めないということは、日の出よりは前だろう。
俺はというと、夢の中で寝るという行為に勤しんでいた。
もしかしたら、こちらで寝れば、現実で目が覚めるかもしれない。
そう期待しての実験だった。
結果から言おう。
俺は眠ることができなかった。
暗闇の中で横になり、目を閉じているというのに、一切の睡魔を感じないのだ。
これは、この超人的な肉体には睡眠など必要ないということなのだろうか。
わざわざ夢の中で寝たいとも思わないので、それならそれでも構わないが、睡眠すら必要ないとなると、もはや生物をやめているのではないだろうか。
元々【夢双】によって創造された身体なので、生物ではないといったらそれまでなのだが。
暇つぶしに【夢双】について考えていると、静まり返った地下にカツ、カツと足音が響いてきた。
そして次第に近づいてくる足音は、俺のいる牢の前でその音を止めた。
「出ろ」
そう言うなり、見張り番の男が牢の鍵を開けた。
「もう出ていいのか? まだ一晩も経ってないぞ」
「上からの命令だ。そら、無駄口を叩いてないで、早くしろ」
苛立たしげに、見張り番が鉄格子を蹴った。
やけに機嫌が悪い。
そういう性格なのか、それともこのような特例が許せないのか。
俺としても争いたいわけではないので、大人しく牢を出る。
それにしても、上の命令か。
おそらく、ゾルグの予想した通り、あの貴族の女が一枚噛んでいるのだろう。
ゾルグの雰囲気からすると、悪い人ではないように感じる。
少なくとも、ゾルグはそう思っているはずだ。
だが、その貴族がいったいどうして俺のことをわざわざ助けるのだろうか。
確かゾルグは、その貴族は俺の力を知って驚いたとか言っていたか。
どういう意味なのだろう。
あの時、俺は力を示すようなことはなにもしていなかった。
しいて挙げるとすれば、ぶつかった時に倒れなかったことくらいだが、その程度のことで驚きはしないだろう。
となるとなにか別のもの。
例えば、天恵だ。
あの貴族は自身が持つ何らかの天恵によって、俺の力を推し測ったのではないだろうか。
それがどの程度の精度なのかはわからない。
だが、少なくとも驚きを与え、俺に興味を示すくらいのものを感じ取ったのだろう。
単純に考えれば、あの貴族が俺を助ける理由。
それは俺の【夢双】を利用したいということだろう。
(うーん……、なんか面倒臭そうだな)
折角自由にできる力を夢の中とはいえ手に入れたというのに、その夢の中でまで貴族にこき使われるというのは釈然としない。
フォルモーントに思い入れはあるが、やはり逃げてしまおうか。
そんなことを考えながら見張り番の後をついていく。
すると詰所の入口に一人の男が立っていた。
灰色の髪をオールバックにし、片眼鏡をかけた初老の男だ。
顔に刻まれた深い皺は、老いよりも得体のしれない迫力を感じさせる。
燕尾服に身を包むその立ち姿にも隙のようなものは見られない。
「初めまして、ラザール様。
私は執事のヴィペールと申します。
この度は、我が主の命に従い、ラザール様をお迎えに上がりました」
そう言うと、ヴィペールは優雅に頭を下げた。
どうして俺の名前を知っているのか。
どうして俺が詰所にいるとわかったのか。
聞きたいことはたくさんあるが、まず確認しなければならないことがある。
「あんたの主っていうのは、俺が路地裏で会った女か?」
「左様でございます」
やはりそうらしい。
「その主がいったい俺に何の用なんだ?」
「申し訳ありませんが、この場ではお答え致しかねます。
ですが、そう警戒なさらずとも大丈夫です。
けっしてラザール様をとって食おうという話ではありませんので」
警戒するなと言われて、警戒しない奴はいないだろう。
このフォルモーントではどうだか知らないが、現実で俺が耳にした貴族の話といえば、領民から税を巻き上げ、気に入らないことがあれば簡単に首を刎ねるようなものばかりだ。
そんな貴族の懐に入り込もうというのだ。
警戒の一つくらいするだろう。
だがまあ、平民のラザックならともかく、今の俺は比類なき力を持つラザールだ。
たとえ本当にとって食おうというつもりでも、どうにかなるはずだ。
何事も経験である。
現実では貴族に招待されることなどけっしてないだろう。
ならば、怖いもの見たさに、その招待に応じるのもいいかもしれない。
果たして、何が待ち受けているのか。
俺はいつの間にか芽生えていた好奇心に従い、ヴィペールの用意した馬車へと乗り込んだ。
やや高圧的な取り調べだったが、俺は逃げたことの謝罪と、あの路地裏で起こったことを嘘偽りなく話した。
俺の言葉を信じてくれたかはわからないが、どれだけ調べようとも俺から薬が見つかることはない。
俺が売人であるという事実などないのだから。
ゾルグの話を信じるなら、たとえその貴族が現れずとも、三日もすれば解放されるはずだ。
とはいえ、日中このラザールの身体は消えてしまうわけで、その間に空の牢を見られてしまうことになるだろう。
牢に入れられてからその事に思い至ったが、今さらどうしようもない。
また明日の夜にでも牢の中で考えるとしよう。
俺は牢の壁にもたれるようにして腰を下ろした。
牢は詰所の地下に造られており、鉄格子の外からわずかに魔道ランプの明かりが差すだけで、ほとんど闇の中にいるようだった。
石造りの床や壁はひんやりとしており、とてもではないが冬場に入りたいような場所ではない。
(それにしても、俺が牢屋にねぇ……)
農家のラザックとしては、けっして入りたくない場所だ。
だが、ラザールとしてならこれも人生経験だとすんなり受け入れられた。
それは俺がこの世界を夢だと思っているからか、それとも比類なき力を手に入れたからか。
どちらにせよ、釈放されるまでやることもない。
俺は静かに目を閉じた。
◇
牢に入れられて、どれくらいの時間が経っただろうか。
まだ現実で目覚めないということは、日の出よりは前だろう。
俺はというと、夢の中で寝るという行為に勤しんでいた。
もしかしたら、こちらで寝れば、現実で目が覚めるかもしれない。
そう期待しての実験だった。
結果から言おう。
俺は眠ることができなかった。
暗闇の中で横になり、目を閉じているというのに、一切の睡魔を感じないのだ。
これは、この超人的な肉体には睡眠など必要ないということなのだろうか。
わざわざ夢の中で寝たいとも思わないので、それならそれでも構わないが、睡眠すら必要ないとなると、もはや生物をやめているのではないだろうか。
元々【夢双】によって創造された身体なので、生物ではないといったらそれまでなのだが。
暇つぶしに【夢双】について考えていると、静まり返った地下にカツ、カツと足音が響いてきた。
そして次第に近づいてくる足音は、俺のいる牢の前でその音を止めた。
「出ろ」
そう言うなり、見張り番の男が牢の鍵を開けた。
「もう出ていいのか? まだ一晩も経ってないぞ」
「上からの命令だ。そら、無駄口を叩いてないで、早くしろ」
苛立たしげに、見張り番が鉄格子を蹴った。
やけに機嫌が悪い。
そういう性格なのか、それともこのような特例が許せないのか。
俺としても争いたいわけではないので、大人しく牢を出る。
それにしても、上の命令か。
おそらく、ゾルグの予想した通り、あの貴族の女が一枚噛んでいるのだろう。
ゾルグの雰囲気からすると、悪い人ではないように感じる。
少なくとも、ゾルグはそう思っているはずだ。
だが、その貴族がいったいどうして俺のことをわざわざ助けるのだろうか。
確かゾルグは、その貴族は俺の力を知って驚いたとか言っていたか。
どういう意味なのだろう。
あの時、俺は力を示すようなことはなにもしていなかった。
しいて挙げるとすれば、ぶつかった時に倒れなかったことくらいだが、その程度のことで驚きはしないだろう。
となるとなにか別のもの。
例えば、天恵だ。
あの貴族は自身が持つ何らかの天恵によって、俺の力を推し測ったのではないだろうか。
それがどの程度の精度なのかはわからない。
だが、少なくとも驚きを与え、俺に興味を示すくらいのものを感じ取ったのだろう。
単純に考えれば、あの貴族が俺を助ける理由。
それは俺の【夢双】を利用したいということだろう。
(うーん……、なんか面倒臭そうだな)
折角自由にできる力を夢の中とはいえ手に入れたというのに、その夢の中でまで貴族にこき使われるというのは釈然としない。
フォルモーントに思い入れはあるが、やはり逃げてしまおうか。
そんなことを考えながら見張り番の後をついていく。
すると詰所の入口に一人の男が立っていた。
灰色の髪をオールバックにし、片眼鏡をかけた初老の男だ。
顔に刻まれた深い皺は、老いよりも得体のしれない迫力を感じさせる。
燕尾服に身を包むその立ち姿にも隙のようなものは見られない。
「初めまして、ラザール様。
私は執事のヴィペールと申します。
この度は、我が主の命に従い、ラザール様をお迎えに上がりました」
そう言うと、ヴィペールは優雅に頭を下げた。
どうして俺の名前を知っているのか。
どうして俺が詰所にいるとわかったのか。
聞きたいことはたくさんあるが、まず確認しなければならないことがある。
「あんたの主っていうのは、俺が路地裏で会った女か?」
「左様でございます」
やはりそうらしい。
「その主がいったい俺に何の用なんだ?」
「申し訳ありませんが、この場ではお答え致しかねます。
ですが、そう警戒なさらずとも大丈夫です。
けっしてラザール様をとって食おうという話ではありませんので」
警戒するなと言われて、警戒しない奴はいないだろう。
このフォルモーントではどうだか知らないが、現実で俺が耳にした貴族の話といえば、領民から税を巻き上げ、気に入らないことがあれば簡単に首を刎ねるようなものばかりだ。
そんな貴族の懐に入り込もうというのだ。
警戒の一つくらいするだろう。
だがまあ、平民のラザックならともかく、今の俺は比類なき力を持つラザールだ。
たとえ本当にとって食おうというつもりでも、どうにかなるはずだ。
何事も経験である。
現実では貴族に招待されることなどけっしてないだろう。
ならば、怖いもの見たさに、その招待に応じるのもいいかもしれない。
果たして、何が待ち受けているのか。
俺はいつの間にか芽生えていた好奇心に従い、ヴィペールの用意した馬車へと乗り込んだ。
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