夢双戦記~村人は夢の中で最強になる!~

黒うさぎ

文字の大きさ
上 下
7 / 10

7.ミーナの天恵

しおりを挟む
 俺は子供の頭ほどある石を抱えるように持ち上げると、地面を踏み締め、全力で放り投げた。
 手を離れた石は風を切り、青空の彼方へと飛んで――いくようなことはなく、ドスンと数歩先へと落下した。

「まあ、そうなるよな」

 予想通りであり、また期待外れな結果に俺は肩を落とした。

 夢の中で冒険者として受けた、廃材運搬の依頼。
【夢双】によって無敵の力を得た俺は、ゾルグに倣い、天へとそびえる外壁を越すように廃材を投げて依頼をこなした。

 あのような芸当ができるのは、もはや化け物の領域だろう。
 それを自分がやっているという事実が、気分を高揚させた。
 目を覚ましたあともその興奮が収まることはなく、こうして石を投げてみたわけだが、所詮は夢での出来事らしい。

 相変わらず現実の俺はただの農民で、お伽噺のような怪力など持ち合わせていなかった。
 わかっていたことだが、言葉通り夢から覚めた気分だ。

「ラザック、なにやってるの?」

 俺の奇行が気になるのだろう。
 ミーナが背中で手を組みながら話しかけてきた。

「天恵の検証だよ」

「ラザックの天恵って、【夢双】だっけ?
 夢の中で強くなれるって言ってたけど」

「昨日夢の中で材木や瓦礫なんかを、でっかい壁の向こうに投げたんだよ。
 もしかしたら、現実でもできるかもって思ったんだけど、やっぱり無理だわ」

「あはは、それは残念だったわね。
 にしても、ラザックの【夢双】って不思議な天恵よね。
 夢の中って、もちろん思い通りにいかないこともあるけど、反対に空を飛ぶ夢だって見たりするじゃない?
 わざわざ天恵の力を使ってできることにしては、使用者に恩恵が少なすぎる気がするわ」

 ミーナの言う通り、【夢双】でどれほど強くなろうとも、現実に一切の影響があるわけでもない。

 天恵によって与えられる能力は様々であり、その効力にも当然ながら個人差がある。
 中には役に立たない天恵もあるだろう。
 だがそれにしても、だ。
【夢双】には精々夢見が悪くなりにくい、程度の効果しかない。

「毎日寝るわけだし、悪い夢を見にくくなると思えば、多少は恩恵があるといえないこともないのかなあ……」

【夢双】を擁護するように呟く。
 そうしないと、先日まで天恵拝受の儀を楽しみにしていた自分が報われない。

「俺に比べて、ミーナの天恵はシンプルに凄いよな。
 わかりやすく役に立つっていうか」

「確かにそうかもしれないわね」

 そう言うと、ミーナは両手を重ねるようにして、掌で器を作った。
 すると掌から水が湧き出してきたではないか。

「【湧水】だっけ?
 自由に水を生み出せるなんて、生物として最強だよな。
 飲み水に困らないわけだし」

「井戸水を汲んで飲む生活に慣れちゃってるから、普段のどが渇いても自分で水を作って飲もうっていう発想があまり浮かばないんだけどね。
 何かあったときに便利なのは間違いないわ」

「ミーナが作った水って美味しいのか?」

「飲んでみる?」

 俺が手で器を作ると、ミーナがそこに水を注いでくれた。
 ひんやりとしたそれを、俺は一気に飲み干す。

「ぷはーっ! かなり美味いな、これ」

「そう? なら今度料理にも使ってみようかしら」

「俺にも食わせてくれよ」

「わかってるわ」

 ミーナの作る料理は美味い。
 小さい頃から母親の手伝いをしてきた経験は、伊達ではないということだろう。
 想像しただけで腹が鳴りそうだ。

「ミーナは【湧水】について、どれくらい知ってるんだ?」

 俺はふと、昨夜ゾルグと話したことを思い出した。
 自分の天恵が、意図せず周囲の人々に被害を与えるかもしれない。

 大抵の天恵は使用に際する制約上、あるいは効力的に誰かを害するようなことはないという。
 ミーナの【湧水】も、俺が見た限りでは無意識に誰かを害する可能性のある天恵ではないだろう。

 それでも万が一ということもある。
 ミーナには誰かを傷つけて、辛い思いなんてしてほしくない。

「どれくらいっていうと……、水を出せることくらい?」

 チョロチョロと掌から水を出すミーナ。

「例えば、もっと大量の水を出すことはできるのか?」

「うーん、たぶんできる気がする」

 ミーナが掌を正面に向ける。
 すると、先ほどまで弱かった水流がその径を増し、放物線の距離を伸ばすように噴出した。

「その水で、あの木を折ったりは?」

 俺は少し離れた所に立つ、一本の木を指差した。

「えー、やってみるけど、さすがにそれは無理よ」

 ミーナが手の向きを変え、木の幹へ水流を当てる。
 バシャバシャと激しい水流が木を打つ音が響くが、それだけだ。
 幹が折れるような気配はない。

「もっと威力を上げることは?」

「練習すればできるかもしれないけど、今は無理。これが最大ね」

「なら、水の量を減らしたら、勢いを強くできないか?
 水流を糸みたいに細くするイメージで」

「……こうかしら」

 太かった水流が次第に細くなっていく。
 ミーナの表情が少し厳しいのは、それだけ操作に神経を集中させているということなのだろう。
 バシャバシャと音を立てていた水流は、その径が細くなるにつれてより強く叩きつけるような音に変わっていく。
 幹に当たった水が細かい飛沫となって散る。

(明らかに強くなってるよな……)

 響く水音は明らかに高くなっている。
 水流も初めは弧を描いていたが、今では完全に直線だ。
 未だに細くなっている。

 これは、もしかするかもしれない。
 俺は唾をのみながらその様子を見守った。

 そして、その時が来た。
 やがて糸のように細くなった水流は、針を刺すように、太い幹を貫いた。

「えっ?」

 まさか木を貫くとは思っていなかったのだろう。
 目の前の光景に動揺したミーナの手が揺れる。
 その揺れに合わせ、放たれていた水流も横に払われた。
 幹を貫いていた水流は、まるで粘土のように容易く木を断ち切った。

 しばしの静寂。
 そして、時を思い出したかのように、分断された木が地鳴りを響かせながら倒れた。

「「……」」

 もしかしたら、という程度の試みだった。
 だが、まさか木を貫くどころか切り倒してしまうとは。

 ミーナへと視線を向けると、目を見開いた彼女と目が合う。

「……もしかして、私の授かった天恵って危険?」

「……危険かどうかは使い方次第だと思う。
 水を飲んだりできるのが便利なのは確かだし。
 でも、何ができるかはいろいろ試していった方がいいかも」

「そうね、そうするわ」

 もし何も知らないミーナが、意図せずこの力を誰かに使ってしまっていたら。
 そう考えると、今ここで【湧水】の力の一端を確認できたことは僥倖と言えるだろう。
 俺は未だに激しく鳴る胸を押さえながら、倒れた木を見つめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...