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10.もっと強くならなくては

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 ひとまずエミは転移魔法で金物屋の裏手まで連れていった。
 初めての転移魔法に驚いていたエミ。
 だが、経緯はどうあれ私の弟子になったのだ。
 この程度のことで驚いていてもらっては困る。
 強い人になってもらわなければいけないのだから。

 店の前はちょっとした騒ぎになっていた。
 泣き崩れている母親と、その肩を抱いている彼。
 街の衛兵の姿もある。
 きっとこれからエミを探そうというところだろう。

 彼のことだ。
 店の裏に転移してきた私たちのことには気がついているだろう。
 それでもそのことを誰にも伝えないのは、おそらくエミが出てくるのを待っているのだ。

 誘拐ではなく、ただの迷子。
 それが彼の中にあるシナリオなのだろう。
 今回の誘拐は私を試すためのものだった。
 だから態々大事にする必要はない。

「ほら、お母さんのところに行きなさい」

 私はエミの背中をポンと押した。

「うん! おば……、おねえさんはいっしょにこないの?」

「私はいいわ。それと修行は明日から行うから。
 今日はしっかり休んでおきなさい」

「しゅぎょー! わかった!」

 エミは笑顔でうなずくと、母親の元へとかけていった。
 誘拐されたことなど、既に忘れてしまったようだ。
 その方がいい。
 彼だって、必要以上にエミが傷つく姿はみたくないだろう。

(はっ! もしかしてそれが本当の意図なの?)

 エミが癒えぬ心の傷を負ってしまったら、彼はいつまでも父親代わりをやめることができない。
 それはつまり、私とも結婚することができないということで。

 冷たい汗が頬を伝う。
 今回の誘拐は私の優しさを試すためだけのものではなかったのだ。
 本当に彼と結婚するつもりがあるのか。
 そのために、立ち塞がる障害をいち早く察知し回避、あるいは除去することができるか。
 それらも試されていたのである。

 今回は運良くエミが癒えぬ心の傷を負う前に助けることができた。
 だがもしあと少し、助けに行くための行動を起こすのが遅れていたら。
 傷ついたエミという、今以上に厄介な障害が彼との間に立ち塞がることになってしまっていただろう。

 私は強く、そして優しくなったと思っていた。
 彼の隣に立つに相応しい女性になれたと。

 だがそれは本当に妥協でしかなかったのだ。
 きっと私は会えない十六年の間に、彼を過小評価してしまっていたのだろう。
 心のどこかで、彼の隣に立つということのハードルを下げてしまっていたのだ。

 エミの修行だけでは足りない。
 私ももっと鍛えなければ。
 強く優しい女性になるために。

 泣きながら抱き合う家族を見つめながら私は決心した。
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