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4.リーゼの天恵

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「いや、そんなことは。
 ただ、リーゼさんはその、こんなにも凄い存在感というか迫力があるのに、どうしてかな、と」

「ああ、そのこと。それは私の天恵のせいね。私の天恵は〈威光〉。
 私を視認し、私が視認した相手は無条件で私に対して畏怖の念を抱くようになるのよ。
 今のあなたのように」

 なるほど、天恵か。
 ようやく納得がいった。
 俺が覗き見をしていたときは、俺が一方的にリーゼを視認していただけで、リーゼは俺を視認していなかった。
 だから〈威光〉は発動せず、恐怖を感じなかった。
 しかし、俺が姿を現したことでリーゼが俺を視認した。
 それによって〈威光〉が発動し、俺は恐怖を感じたというわけだ。

「効果時間は人それぞれだけど、私から目を逸らせば少しずつ楽になっていくはずよ。
 今も私と目が合った瞬間と比べれば、多少はマシになったんじゃないかしら」

 言われてみれば、リーゼから目を逸らしてからいくらか恐怖が和らいだ気がする。
 まだまだ逃げ出したいくらいには怖いが、それでも死を感じるほどではない。

「そんな凄い天恵があるなら、もっとゴブリンを倒せるんじゃ?」

〈威光〉の効果は絶大だ。
 リーゼの実力が俺と大差ないとわかった今でさえ、リーゼと闘って勝てるかといわれれば、全く勝てる気がしない。
 恐怖で身体がすくんで、いつものように動けるとは思えないのだ。

 しかし、リーゼはどこか悲しそうな声で言った。

「凄くなんてないわ、こんなもの。
〈威光〉は相手に畏怖の念を抱かせることができるけど、それはあくまで対人限定。
 魔物には一切の効果がないのよ。
 私がいくらゴブリンと目を合わせたところで、奴らは怯むことなく襲ってくるわ」

「それは……」

 なんというか、こと魔物討伐において、全く役に立たなそうな天恵である。

「でも対人ならその天恵は強力だよ。
 冒険者じゃなくても、例えばお店の用心棒とかなら引く手数多なんじゃないかな」

「それも考えたことはあるけれど、そもそも私を怖がって誰も雇ってくれなかったわ。
 対人系の仕事は全部そう。皆私を怖がって雇ってくれない。
 かといって何か特技があるわけでもない。
 天恵が役に立たないとわかっていても、私には冒険者になるしか道がなかったのよ」

 冒険者になるしか道がなかった、か。
 孤児院で育ち、なんの特技もないまま世の中に放り出された俺と同じだ。
 自分が冒険者に向いていると思えなくても、冒険者になるしかなかった。

「俺も、だ。冒険者になるしか、生きていく手段がなかった」

「そう。やっぱり私と同じね」

 リーゼがくすりと笑った。

「そうかもな」

 話してみてわかった。リーゼはいい奴だ。
〈威光〉のせいで皆に怖がられているが、それはリーゼの本質ではない。
 リーゼはもっと温かい気持ちを持っているのだ。

 だから俺もそんなリーゼともっと真剣に向き合うべきだろう。

「もう見てもいいか?」

「服は着たからいいけれど、でもまた〈威光〉が発動するわよ」

「それは、まあ、いいよ」

 俺はリーゼへと視線を向けた。
 途端に強烈な恐怖が身体を襲う。
 天恵のせいだとわかっていても、噴き出る冷や汗が止まらない。
 みるみるうちに顔が青くなっていく俺を、リーゼは申し訳なさそうな表情で見ていた。

 でも、俺が見たいのはそんな顔ではない。

「き、今日は助けてくれてありがとう」

 震える身体を抑え、俺は感謝の言葉を告げた。

「……別に助けたわけじゃないわ。入口の近くにいて邪魔だっただけよ」

「うん、それでもありがとう」

「……あなた、変わってるわね」

「そうかな」

 肩をすくめるリーゼ。
 しかし、その表情に不快の色は見えなかった。

「そういえば、あなたは私のことを知っているようだけど、私はあなたの名前を知らないわ。
 聞いてもいいかしら?」

「俺はオルクスだ」

「よろしくオルクス。私もリーゼでいいわ。新人同士仲良くしましょう」

「ああ、よろしく」

 俺は差し出されたリーゼの手を握り返した。

 冒険者になってしばらく。
 知り合いらしい知り合いもできないままここまできたが、ようやく初めての知人ができた。
 こうして握手をしている間も怖いし冷や汗も止まらないが、それもまたいい思いでとなるに違いない。
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