2人の夏祭り

黒うさぎ

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2人の夏祭り

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「はあ……」

 紗理那は夕暮れの中に見える神社の明かりを眺めながら溜め息をついた。
 本来であれば今頃、紗理那もあそこにいるはずだった。

 実穂と行く約束をしていた小さな夏祭り。
 神社の境内を利用したそれは屋台も決して多くはない。
 小さな仮設の舞台も、有名人をよぶ予算などあるはずもなく、地元の小学生たちのつたない合唱が行われるくらいだ。

 境内の中央には櫓が設置され、そこを中心にして盆踊りを皆でするのが毎年の恒例である。
 小学生や老人はともかく、高校生の紗理那にとってろくに覚えていない踊りを人前で披露するのは少し恥ずかしい。

 そんな夏祭りでも、実穂と参加すればきっと楽しいものになるはずだった。

 それはたんなる不注意だった。
 学校で実穂とおしゃべりをしながら歩いていたとき、うっかり階段から足を滑らせてしまったのだ。

 幸い命に大事はなかったものの、足を骨折。
 そのまま入院することとなった。

 手術は問題なく終了しリハビリも順調だが、退院予定日は明日。
 夏祭りには間に合わなかった。

(浴衣着たかったな……)

 実穂と約束をし、バイト代をはたいてわざわざ新調した浴衣。
 平時に着るものではないので、来年までは物置き送りだろう。

 浴衣を着て実穂と2人歩く境内。
 少し高い屋台の食べ物に文句をいいながらも、結局買い漁ったり。
 恥ずかしいのを我慢して、盆踊りに参加してみたり。

 そんなあったかもしれない今を想像すると、途端に胸の内が切なくなる。

 毎日お見舞いに来てくれていた実穂も今日は顔を出していない。
 もしかしたら他の友人とあの場所にいるのだろうか。
 だから今日は来てくれないのだろうか。

 明日退院なのだから今日見舞いに来なくてもなんらおかしくはないのだが、怪我のせいか思考までマイナスに傾く。

 窓から視線を逸らすと、布団を被る。

 その時だった。
 静かにスライドする病室の扉の音を聞き、すっと布団から顔を出す。
 するとそこには大荷物を抱えた浴衣姿の実穂がいたのだ。

「実穂?
 どうしたの、こんな時間に」

 いつも実穂がお見舞いに来てくれたのは昼過ぎだったので思わず問いかける。

「紗理那、今から外出ってできる?」

 実穂は私の問いには答えず、そう切り出した。

「えっ?
 できるとは思うけど……」

「よかった!
 それじゃあほら、車椅子に乗って、乗って」

「ちょっと待って。
 どこ行くの?」

「すぐそこまでだから、ね」

「ねって……」

 仕方がないのでカーディガンだけ羽織ると、半ば強引に車椅子に乗せられ病室から連れ出される。
 スタッフステーションに寄って外出許可をとると、実穂に連れられるがままに病院を出た。

 果たしてたどり着いたのは近くの公園だった。
 夕方だからか、近くで夏祭りをしているからか人影はみられない。

「こんなとこに来て、何かあるの?」

 背後に立つ実穂を見上げる。
 実穂は悪戯な笑みを浮かべながら、あるものを取り出した。

「じゃーん!
 これはなんでしょう?」

「えっ……。
 それって……」

 紗理那はそれを見て目を丸くした。
 なんと実穂が持っていたのは紗理那の浴衣だったのだ。

「おばさんに無理いって貸して貰ったんだ。
 ほら」

 実穂はそういってそっと紗理那の肩に浴衣をかけた。

「さすがに着るのは大変だから、今日はこれで我慢してね。
 裾が汚れるといけないから折り畳んでピンで留めてあるけど、もし皺になったらごめんね。
 ……紗理那?」

「えっ、あっ、ごめん。
 ありがとう、実穂。
 ちょっと驚きでフリーズしてた」

「驚いて貰えたのならよかった。
 ほら、あとこれも」

 そこには焼きそばやたこ焼きなどの食べ物が詰まった袋があった。

「さっき屋台で買ってきたんだ。
 ちょっと冷めちゃってるかもだけど。
 ……今更だけど、食事制限とか大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「そっか、ならよかった。
 そして最後にこれも」

「線香花火?」

「そうそう。
 派手なやつは一人で後処理するの大変だから、また今度ね」

「ここって花火OKだっけ?」

「今日はそんなこと気にしないの。
 ほら、何から食べる?」

 いつもの朗らかな笑みを向けてくる実穂。
 私もつられるようにして、微笑む。

「紗理那ったら、泣くほど嬉しかったの?」

「えっ……」

 自分の顔に手をやると、そこには確かに頬を伝う水跡があった。

「……ごめん。
 入院で思っていたよりナーバスになっていたみたい」

 慌てて水滴を拭うが、後から後から出てきて止まりそうもない。

 するといつの間にか横に立っていた実穂にそっと頭を抱き抱えられた。

「ちょっと実穂。
 今、あんまりきれいじゃないから……」

「そんなの私は気にしないよ~」

 そういいながら優しく頭を撫でる実穂。

 静かな公園に小さな嗚咽が響いた。


  
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