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1.いじめの始まり

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 「おい奴隷、早く購買行って私らの昼飯買ってこいよ」

 「えっ……、でも……その、お金が足りな……」

 僕は投げ渡された百円玉を見て恐る恐る尋ねる。
 いくら購買の品が支援価格として学生用に安く設定されているとはいえ、さすがにこれではなにも買えない。

 「そんなの、いつも通りお前が足りない分を払えばいいだけじゃん」   

 「もう僕、お小遣いがほとんど残ってなくて……」

 「ほとんどってことはまだあるんでしょ。
 早くしてくんない? お前が鈍臭いせいで私らの昼休みがどんどん減ってくんだけど」

 まるで虫ケラでも見るような目で睨まれる。

 「ひっ……!」

 僕はあの目が恐くてたまらない。
 あの目を向けられなら、これまで何度ひどい目に遭わされてきたことか。
 殴る、蹴るの暴力は当たり前。
 大きな声で怒鳴られたり、お金を巻き上げられたり。
 までさせられ、しかもその写真まで撮られた。

 また酷いことをされる。
 そう思うと僕の足は逃げるように教室を飛び出していた。

 ◇

 どうしてあんなことをしてしまったのだろう。
 ただの気の迷いだった。
 ある日の放課後、僕は教室に忘れ物を取りに戻った。
 教室に入ろうとしたとき、ふと中に誰かがいることに気がついた。
 こんな時間にいったい誰だろうと覗くと、そこにいた須藤玲奈の姿に僕は目を丸くした。

 玲奈はいわゆる不良というやつで、クラス内でも腫れ物のような扱いであり、逆らえる者は誰もいなかった。
 当然僕も玲奈とは極力関わらないようにしていた。
 不良に目をつけられればろくなことにならないとわかっていたからだ。

 その玲奈が今、誰もいない教室で着替えを行っていたのだ。
 校内には男女ともに更衣室があるものの、僕たちの教室からは少し遠い。
 そのため男子なんかはよく教室で着替えをすることもある。
 しかし、まさか誰が来るかもわからない教室で女子が着替えをしているとは。
 それもあの須藤玲奈が。

 ゴクリと喉が鳴る。
 玲奈は素行こそ悪いが、その容姿は完璧といっていい。
 バターブロンドに染められ、ふんわりとカーブする長髪。
 つり目がちの鋭い瞳に、筋の通った鼻。
 しゅっと整った顔は芸能人にも負けてない。

 顔だけではない。
 身長は女性としては高く、百六十後半はある。
 細身の印象を受けるが、胸回りと腰回りは制服の上からでもその豊かな膨らみを確認することができる。

 その玲奈が一枚ずつ制服を脱いでいく。
 よく見るとワイシャツにシミのような汚れがあることに気がついた。
 コーヒーでも溢したのだろうか。

 元々緩かった胸元から下にボタンが外されていく。
 はだけたワイシャツの下には女子高生とは思えない、立派な双丘が見られた。
 ワイシャツを脱いだ玲奈は、そのままスカートのホックを外すとストンと床に落とす。

 玲奈は下着だけの姿になった。
 上下とも黒に統一されており、西日に照らされ、わずかに影になったその扇情的な同級生の姿に、僕はどこか大人の雰囲気を感じた。

 無防備にも下着姿のままワイシャツについたシミにタオルを押し当てる玲奈。
 腕の動きに合わせてふるふると揺れる胸から僕は目が離せなかった。

 だから気がつけなかった。

 「お前、なに覗いてんの」

 背後からかけられた声に背筋が凍りついた。
 動揺して動けない僕を尻目に、声の主は扉を開けると教室に僕を蹴りこんだ。

 「きゃっ!」

 普段教室では聞いたことのない玲奈のかわいらしい悲鳴が響く。

 「玲奈、こいつに覗かれてたよ」

 ここでようやく僕は声の主が同じクラスの早乙女響だと気がついた。

 「なんだ響か。それと……近藤だっけ?」

 教室への侵入者が友人であるとわかりほっとした様子の玲奈は、鋭い視線を床に倒れている僕に向けた。

 「ぼ、僕はその……、教室に筆箱を忘れちゃって、それを取りに来ただけで……。
 覗きなんて、そんなこと……」

 心臓はうるさいし、冷や汗は止まらない。
 それでもどうにかしてこの場を切り抜けなければ……。
 覗き魔のレッテルなんて貼られたら僕の学校生活は終わってしまう。

 「へえ……。近藤は覗いてないっていうんだ」

 「も、もちろん!」

 「これを見ても?」

 響が自分のスマホの画面を見せてきた。
 そこには間抜けな顔をしながら、扉についている小窓から教室のなかを夢中になって覗き込む僕の姿が写っていた。
 それもご丁寧に、小窓越しに小さく玲奈の姿まで写っている。

 どこからどう見ても玲奈の着替えを僕が覗いているようにしか見えなかった。

 「玲奈、この画像どうする?
 玲奈が写ってるところだけボカして学校や警察に届け出る?
 それとも、こいつの両親にでも送りつけてみる?」

 「ま、待ってください! それだけは許してくださいっ!」

 そんなことをされてしまっては、僕の居場所がどこにもなくなってしまう。

 「許してくださいって、なんで覗かれた私があんたを許さなきゃいけないわけ?」

 下着姿のままの玲奈が僕の前にしゃがみこむ。
 こんな状態にも関わらず、僕の視線は脚と脚の間の影に吸い込まれてしまう。

 「で、でも僕は須藤さんが教室で着替えているなんて知らなくて。
 教室に来たのも本当にたまたまで……」

 「近藤は私が悪いって言いたいの?」

 「そ、そんなことはないけど……」

 西日を背にしていることと下着の色も相まって深く濃い黒の詳細を把握することはできない。
 それでもそれが異性、クラスメートの下着姿であると思うとどうしても目が離せない。

 「だいたい許しを乞うやつがなんで人の股をガン見してるわけ?
 キモいんだけど。土下座くらいしろよ」

 「ご、ごめんなさい」

 僕は慌てて目を逸らすと、そのまま床に額をつける。
 弱みを握られたことに対する動揺で、その行為が屈辱的なものだと考える余裕もない。
 初めて額に感じる床はひんやりと冷たかった。

 「ねえ響ぃ~! こんなやつに覗きされたとかマジで最悪なんだけど!」

 「よしよし。……ねえ玲奈、学校にチクるってだけじゃつまんないし、こいつのこと奴隷にしない?」

 「奴隷って?」

 「パシリだよ、パシリ。
 飯買わせに行ったり、金を貢がせたり、ストレス溜まってるときはサンドバッグにしたり」

 「そんな!」

 頭上で交わされる会話の内容に思わず声を上げる。

 「変態は黙ってろ。お前に拒否権があると思ってるのか?」

 「ぐっ……!」

 脇腹を蹴られる。
 軽い蹴りだったが、無防備な状態で受けたそれは息を詰まらせるには十分だった。
 苦しむ僕の前に響がスマホを見せつける。
 画像をチラチラされてしまえば、もう僕に抵抗することはできなかった。

 「いいじゃん、奴隷! そういうの欲しかったんだよね」

 玲奈は僕の髪を掴むと、グイッと顔を上げさせた。

 「私の命令は絶対服従だから。これからよろしくね、奴隷くん」

 この日、僕の平凡な日常が終わった。
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