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3.油断

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「ふっ、ふっ、ふっ!」

 木剣が空気を斬る音だけが訓練場に響く。

 私は一人、誰もいない訓練場で木剣を振っていた。
 それは研鑽のためであり、そして煩悩を祓うためだった。

(カプノスの匂い……)

 模擬戦のあと、カプノスと肩を組んだときに嗅いだあの匂い。
 自分でも理由がわからないが、あの匂いを嗅ぐとどうにも胸の奥がざわついてしまう。

 男装するということはつまり、女の部分を隠すということだ。
 どれだけ男であろうとしても、己の女の部分と向き合わなくてはならない。
 男であろうとすればするほど、己が女であると自覚してしまう。
 未熟な私はこの歳になっても、いや、肉体的に女性らしさが出てきたからこそ余計に男になりきれないでいた。

 どれだけ剣の腕が良かろうとも、純粋な腕力では私はカプノスに敵わないだろう。
 カプノスが肩を組んできたとき。
 もしカプノスが本気で私を抑え込んできたら、私は彼を振り払うことができただろうか。
 模擬戦ではなく本当に襲われたら、私は己の身を守ることができるだろうか。
 そんな不安がどうしても拭えない。

(まあ、私は男だと思われているんだから、襲われるなんてことありえないんだけど)

 同性愛者でもない限り、私が男に襲われることはない。
 それなのにそんなことを考えてしまうということはやはり、私は男になりきれていないのだ。

「ふっ、ふっ、ふっ!……今日はこのくらいにしておくか」

 額に滲んだ汗を拭うと、私は訓練場に併設されたシャワー室へと向かった。

 ピオニエ騎士学校に男はいない。
 それはつまり、女性専用のシャワー室がないということだ。
 まあ、仮にあったとしても、男として通っている私が使うことはできないが。

 私はいつも誰よりも遅くまで訓練場に残って鍛練に励んでいる。
 それは当然己の研鑽のためではあるが、もうひとつ理由があった。
 それはシャワー室で他の生徒と出会わないようにするためだ。
 どれだけ男装をしようとも、裸を見られてしまえば、女であると一目でバレてしまう。

 私が女だとバレてしまえば、クラージュ家にまで迷惑をかけてしまう。
 それだけは避けなければならない。

 念のため脱衣場の入口から中の様子をうかがうが、誰かが使っている様子はなかった。
 私は手早く訓練着を脱いでいく。
 服の下には女の身体があった。

 普通の女に比べれば筋肉がついているものの、カプノスたちの鎧のような筋肉に比べれば子供騙しのようなものだ。
 滑らかな白い肌に、わずかに盛り上がった胸。
 男ならあるべきものがついていない股。

 男ではない、私の嫌いな身体である。

「はあ……」

 見ていて気分のいいものではないので、さっさとシャワー室へと入る。
 シャワー室には仕切りに仕切られて十のシャワーが並んでいる。
 私は入口から一番遠い、奥のシャワーブースへと入る。

 蛇口を捻ると、頭上から少し熱めのお湯が降り注いでくる。
 目を閉じ、顔面でその心地好さを受け止める。

 訓練中の私は常に気を張っている。
 決して女だとバレないよう細心の注意を払っている。
 だからこそ、こうして一人でリラックスできる時間は何よりも貴重だった。

 そんな気の緩みが油断を誘った。

「あれっ、フラウじゃん!」
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