上 下
1 / 3

1.『聖女』のお務め

しおりを挟む
「ミレーユ様~!」

 呼び掛けに振り向いた私は、微笑みを浮かべながらそっと右手を振った。
 純白のベールの下からふわりと宙を舞った黄金色の髪が、日の光を透かしきらきらと光を放つ。

「きゃーっ! ミレーユ様が手を振って下さったわ!」

「ミレーユ様の生み出す『聖水』のおかげで、私たちは元気に暮らしていけます!」

「ありがとう、ミレーユ様~!」

 人々の歓声をその背に浴びながら、私は聖堂の中へと入った。
 
「流石は我がグリメンス領の誇る『聖女』だ。相変わらずミレーユ殿の人気は素晴らしい」

 しんと静まりかえった聖堂の中には二人の男がいた。
 聖堂に自由に出入りできる者は限られている。
 いずれも面識はあるが、できればこの場で顔を会わせたくはなかった。

「ロフト様……。御用がおありでしたら、呼びつけて頂ければ私のほうから伺いますのに」

 ロフト・グリメンス。
 それが声をかけてきた男の名前である。
 細い目にうっすらと笑みを浮かべた四十余りの優男。
 ここグリメンス領の領主であり、私が最も会いたくない人間だ。

 ロフトは領主として充分に優秀な人間といえるだろう。
 グリメンス領は国内でも比較的豊かな領地であり、ロフト自身、民からの信頼もあつい。
 私もただの平民であったのなら、ロフトの治めるこのグリメンス領で暮らせることに喜びを感じていただろう。
 実際、『聖女』になる前はそうだった。

 しかし、『聖女』として見出だされ、『聖女』としての責務を果たさなければならない身の上となってしまった以上、そう素直にロフトの存在を受け入れることはできなかった。

「いや、なに。久しぶりにミレーユ殿のお務めを見学しようと思ってね」

 ロフトの言葉に、私は身体が強張るのを感じた。
 お務めの見学。
 それは私がロフトを受け入れることのできない理由でもある。

「……そう何度も見学されたところで、代わり映えするものでもありません。ロフト様を退屈させてしまうのは、私としましても心苦しいですわ」

 無駄だとわかっていても、暗に帰れと言わずにはいられない。
 それだけ私にとってお務めの見学というのは受け入れがたいことだった。

 そして悲しいことに、ロフトが私の意を汲んでくれることなどない。

「退屈だなんてとんでもない! なにせ『聖女』のお務めの内容を知っているのは、この聖堂にいる修道女の一握り。そして男ではグリメンス領の領主であるこの私だけなのだから。ミレーユ殿を『聖女』と慕う民草のうちの誰も知らない秘密を知っている。それだけで心が悦びで満たされるよ」

 恍惚の笑みを浮かべるロフトに思わず背筋が震える。
『聖女』だなどともてはやされても、元々ただの平民だった私に自由にできる権力などない。
 どれだけロフトの存在を受け入れがたくても、拒絶することなどできなかった。

「……ロフト様がそうおっしゃるなら。それでサイト様はなぜ聖堂にいらっしゃるのでしょうか?」

 私はもう一人の男へと視線を向けた。

「サイトももう二十歳になるからね。そろそろ次期領主として、『聖女』のお務めと『聖水』について知っておいてもらおうと思ってね」

「っ! ……サイト様もご一緒に見学なさるのですか?」

 今まで外で顔を合わせることはあっても、聖堂を訪れたことなど一度もなかったサイト。
 それはロフトが『聖女』の秘密について、民衆はもちろん、家族にすら明かしていなかったからだ。
 ロフトの命で、聖堂への立ち入りは厳重に管理されており、次期領主であるサイトですら足を踏み入れることができなかった。

 そのサイトが聖堂内にいる。
 姿を確認したときからまさかとは思っていた。
 当たって欲しくない予想だった。

「そういうことだ。グフッ。よろしく、ミレーユ様」

 サイトのねばつくような視線に鳥肌が立つ。
 引き締まった体躯であるロフトとは異なり、サイトはその身を脂肪で覆っていた。
 領主の息子として、幼少の頃より甘やかされて育てられたのだろう。
 とくにここ数年は『聖女』と『聖水』の恩恵もあり、この地を治める彼らはより贅を尽くした生活を送っているはずだ。

 人を見た目で判断するつもりはないが、それでもやはり私はサイトという男が苦手だった。
 生理的に受け付けないと言うべきだろうか。
 丸々と太った身体に、脂ぎった顔。
 私を見るその粘着質な視線には、下卑た欲求が露骨に見てとれる。
 正直、私が『聖女』という立場で、サイトが領主の息子という立場でなかったのなら、けっして関わりたくない相手である。

 そんな相手がお務めの見学をする。
 いずれそんな日が来ることを想像しなかったわけではないが、それでもやはりいざそのときになると、容易く受け入れられることではなかった。

 嫌悪感から膝が震え、崩れ落ちそうになるがどうにか踏みとどまる。
 どれだけ嫌であろうと、私に逆らう力はない。
 もし意を唱えようものなら、私の生まれ育った孤児院がどうなるかわからない。
 今こうして会話できているのも、それは二人の気まぐれに他ならない。
 私が『聖女』として従順に振る舞い、この地に益をもたらしているから自由を許されているだけだ。
 彼らからしてみれば、私を縛りつけ無理やりお務めをさせるほうが遥かに簡単なのだから。

「……わかりました。それではこれよりお務めを始めますので、こちらへどうぞ」

 目をそらしても、現実が変わることはない。
 抵抗して今ある自由を奪われるくらいならば、どれだけ屈辱的なことであったとしても受け入れる他ない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【R18】絶望の枷〜壊される少女〜

サディスティックヘヴン
ファンタジー
★Caution★  この作品は暴力的な性行為が描写されています。胸糞悪い結末を許せる方向け。  “災厄”の魔女と呼ばれる千年を生きる少女が、変態王子に捕えられ弟子の少年の前で強姦、救われない結末に至るまでの話。三分割。最後の★がついている部分が本番行為です。

【完結済み】正義のヒロインレッドバスターカレン。凌辱リョナ処刑。たまに和姦されちゃいます♪

屠龍
ファンタジー
レッドバスターカレンは正義の変身ヒロインである。 彼女は普段は学生の雛月カレンとして勉学に励みながら、亡き父親の残したアイテム。 ホープペンダントの力でレッドバスターカレンとなって悪の組織ダークネスシャドーに立ち向かう正義の味方。 悪の組織ダークネスシャドーに通常兵器は通用しない。 彼女こそ人類最後の希望の光だった。 ダークネスシャドーが現れた時、颯爽と登場し幾多の怪人と戦闘員を倒していく。 その日も月夜のビル街を襲った戦闘員と怪人をいつものように颯爽と現れなぎ倒していく筈だった。 正義の変身ヒロインを徹底的に凌辱しリョナして処刑しますが最後はハッピーエンドです(なんのこっちゃ) リョナと処刑シーンがありますので苦手な方は閲覧をお控えください。 2023 7/4に最終話投稿後、完結作品になります。 アルファポリス ハーメルン Pixivに同時投稿しています

【R18】触手に犯された少年聖女を見て興奮した俺はヒトとして獣人として最低です

アマンダ
恋愛
獣人騎士のアルは、護衛対象である少年と共に、ダンジョンでエロモンスターに捕まってしまう。ヌルヌルの触手が与える快楽から逃れようと顔を上げると、顔を赤らめ恥じらう少年の痴態が――――。 連載中の『世界のピンチが救われるまで本能に従ってはいけません!!〜少年聖女と獣人騎士の攻防戦〜』のR18ver.となります。おなじく『男のフリした聖女は触手にアンアン喘がされ、ついでに想い人の獣人騎士も後ろでアンアンしています。』の続編・ヒーロー視点となっています。 本編は読まなくてもわかるようになってますがヒロイン視点を先に読んでから、お読みいただくのが作者のおすすめです! ヒーロー本人はBLだと思ってますが、残念、BLではありません。

魔法少女ピュアハメ淫らに堕つ~原理主義オタクの催眠調教~

猪熊夜離(いのくま よが)
ファンタジー
魔法少女ピュアハメは愛と正義の魔法少女である。他者からの愛を受け取って戦う彼女のエネルギーは、愛する者の精液。今日も幼馴染と近所の公園で青姦もといエネルギー補給に勤しんでいたはずが、全ては敵の催眠が見せる幻だった! 「幼女の憧れ魔法少女が膣内射精大好き変態女のはずがない。偽物め!」と歪んだ義憤を撒き散らして怪人化した男(元ピュアハメ大好きオタクくん)に捕まり、催眠で身体の自由を奪われ何度もアヘらされる魔法少女の明日はどっちだ!

【R18】スライムにマッサージされて絶頂しまくる女の話

白木 白亜
ファンタジー
突如として異世界転移した日本の大学生、タツシ。 世界にとって致命的な抜け穴を見つけ、召喚士としてあっけなく魔王を倒してしまう。 その後、一緒に旅をしたスライムと共に、マッサージ店を開くことにした。卑猥な目的で。 裏があるとも知れず、王都一番の人気になるマッサージ店「スライム・リフレ」。スライムを巧みに操って体のツボを押し、角質を取り、リフレッシュもできる。 だがそこは三度の飯よりも少女が絶頂している瞬間を見るのが大好きなタツシが経営する店。 そんな店では、膣に媚薬100%の粘液を注入され、美少女たちが「気持ちよくなって」いる!!! 感想大歓迎です! ※1グロは一切ありません。登場人物が圧倒的な不幸になることも(たぶん)ありません。今日も王都は平和です。異種姦というよりは、スライムは主人公の補助ツールとして扱われます。そっち方面を期待していた方はすみません。

【R18】俺の上司が死ぬほどかわいい

寺谷ヒノ
ファンタジー
俺の上司は巫女であり婚約者であり、現在発情期である。俺自身は聖女(※双子の妹)に不能の呪いをかけられたので最後まではできないものの、発情期の上司を慰める必要がある。正当な理由なのである。ということで、あと半年で結婚できるまで頑張ろうと思う。――前向きな変態(先代聖女と異世界の王子の子供)(現代日本育ち)がちょっと酷い半生を送っていた女の子と“仲良く”してる話。 ※本番なし。 ※前半はいつもの軽いノリですが、後半はシリアスなのでご注意ください。

【R18】少年のフリした聖女は触手にアンアン喘がされ、ついでに後ろで想い人もアンアンしています

アマンダ
恋愛
女神さまからのご命令により、男のフリして聖女として召喚されたミコトは、世界を救う旅の途中、ダンジョン内のエロモンスターの餌食となる。 想い人の獣人騎士と共に。 彼の運命の番いに選ばれなかった聖女は必死で快楽を堪えようと耐えるが、その姿を見た獣人騎士が……? 連載中の『世界のピンチが救われるまで本能に従ってはいけません!!〜少年聖女と獣人騎士の攻防戦〜』のR18ver.となっています!本編を見なくてもわかるようになっています。前後編です!! ご好評につき続編『触手に犯される少年聖女を見て興奮した俺はヒトとして獣人として最低です』もUPしましたのでよかったらお読みください!!

処理中です...