カンニング!

黒うさぎ

文字の大きさ
上 下
3 / 3

張り紙

しおりを挟む
「榎本先生、背中に糸くずがついていますよ」

 私は背後から近づくと榎本先生の背中に手を伸ばした。

「ほら、とれましたよ」

「おお、ありがとな。
 そうだ御堂、実は今朝……」

 キーンコーン

 その時、榎本先生の言葉を遮るように予鈴のチャイムが鳴った。

「ほら先生、授業始まりますよ。
 話なら後でうかがいます」

 それだけいうと私は自分の席へと戻った。

「そんなたいした話じゃないんだが……。
 まあ後でもいいか」

 そんな暢気なことを呟きながら教壇へと立つ榎本先生。

(既に闘いは始まっているんですよ、榎本先生)

 私は教科書で口元を隠しながらほくそ笑んだ。

 ◇

 カンニングはどうしてバレるのか。
 それは世にはびこるカンニングの多くが1つの共通点を持っているからである。

 ではその共通点とはなんなのか。
 それはカンニングに使用するアイテムを身近に用意する必要があるという点である。
 カンニングペーパーしかり、スマートフォンしかり。
 いずれのカンニングアイテムも隠しながらこっそりと見ることのできる場所に用意する必要がある。

 それがわかっているから試験官は一人一人の様子に注意を払うし、カンニングをする際の不自然な体の動きを察知することができる。

 手の届くところでこっそりカンニングするからバレる。
 ならばいったいどうすればいいのか。

 その答えに私は気がついてしまった。
 それならば遠くから堂々とカンニングをすればバレないのが道理であると。

「それじゃあ始め」

 榎本先生の開始の合図に合わせ、小テストを解き始めるクラスメイトたち。
 私もシャーペンを手に持つと真面目に問題を解いている風を装う。

(まだだ……、まだ……)

 焦ってはいけない。
 カンニングのチャンスがくるのを神経を研ぎ澄ませながら待つ。
 教室には机を滑るシャーペンの音と、巡回をしている榎本先生の靴音だけが静かに響いていた。

 そして先生が私の隣を通過したところでついにその瞬間が訪れた。

(きたっ……!)

 私は通りすぎる先生の後ろ姿を注視した。
 正確には先生の背中に貼ってあるカンニングペーパーをだが。

 今回のカンニング法は榎本先生の背中にカンニングペーパーを貼りつけるという大胆にして、榎本先生にはバレにくいという画期的な方法だ。
 先生がどれだけ注意して生徒の様子を見て回ってもけっしてカンニングを見つけることはできない。
 なぜならカンニングが行われるのは必ず先生が背を向けたときだけだからだ。

 カンニングペーパーは授業開始前に糸くずをとってあげると見せかけて先生の背中に貼りつけておいた。
 後はカンニングペーパーの方から答えを見せにやってきてくれるという作戦だ。
 これならさしもの榎本先生といえど、私のカンニングを見抜くことはできまい。

「先生、背中になにか貼られてますよ」

「ん?
 なんだこれ」

 榎本先生は自身の背中から剥ぎ取ったものを不思議そうに眺めていた。

(残念、もうバレたか)

 できれば小テストが終わってから見つかるのがベストではあったが、見つかってしまったのなら仕方ない。

 先生の背中という目立つ場所に貼る以上、遅かれ早かれ見つかってしまうのは当然想定していた。
 その際に犯人が私だとバレてしまってはもともこもない。

 だが私に抜かりはなかった。
 カンニングペーパーはパソコンを使って作成し、朝登校前にコンビニで印刷してきたものだ。
 故に筆跡等から私を特定することはできない。

(これぞ完全犯罪)

 先生が歩き回る以上、実際にカンニングペーパーを読むことができるのはわずか数秒であり、点数をとるという目的に完全に適した方法ではない。
 しかし、そんなことは関係ない。

 私はただ、カンニングがしたいだけなのだから。

「御堂、これを貼ったのはお前か?」

「違いますよ」

 私は慈愛の笑みを浮かべながら答えた。

 まったく、真っ先に私を疑うなんて失礼な先生だ。
 だが、たとえ私を疑おうとも証拠はどこにもない。
 私の勝ちは既に確定事項だ。

「そうか。
 ところで御堂、今朝コンビニへ行ったか?」

 なんだ?
 まさか朝コンビニへ入ったところを見られていたのか?
 先生の意図はわからないが、ここで嘘をつくのは愚策かもしれない。

「はい。
 お昼ごはんを買いに行きました」

 これは嘘ではない。
 お昼ごはんのパンを買ったのは事実だ。

「なるほどな。
 でだ、これに見覚えはあるか」

 そういうと先生はポケットから一つのUSBを取り出した。

(あれは私の……っ!)

 どうして先生が私のUSBを持っているのだろうか。
 疑問はあるが、ここは正直に答えるべきだろう。

「私のUSBです」

「実はな、今朝俺もコンビニに行ったんだよ。
 そしたらプリンターの前で何かやっているお前をみかけてな。
 まあ、なんか真剣そうにしていたから声はかけなかったんだが。
 昼飯を買ってコンビニを出ようとしたとき、ふとプリンターが視界に入ってな。
 そこにこれが忘れてあったんだよ。
 お前のだと思ったから持ってきちゃったんだが、まさかこの中にこのカンニングペーパーのデータが入っていたりしないよな」

「あはは、まさか。
 そんなもの入っている分けないじゃないですか」

(まずい、まずい、まずい!
 カンニングペーパーのデータどころか、今後のカンニング予定表から新たなカンニング案、さらにはカンニングをする上で必要になるスキル一覧まで入ってます!)

 冷や汗が頬を伝い、顔面に張りつけた笑みがひきつる。
 流石にここで認めてしまうわけにはいかない。
 安易に嘘をつくとそこから綻びが生じる可能性があるが、この際仕方ない。

「なるほどな。
 だが、カンニングペーパーがこうしてある以上、俺としても確認をしないわけにはいかないんだよ。
 御堂には悪いが、後で中をみさせてもらうからな。
 別に御堂を疑っているわけじゃないんだ、誤解しないでくれよ」

「すみません、私がやりました」

 ガバッと私は腰が90度になるまで頭を下げた。

「はぁ……。
 御堂、後で準備室な」

 こうして本日の闘いも御堂の敗けで幕引きとなった。



しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

完結 愛人と名乗る女がいる

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、夫の恋人を名乗る女がやってきて……

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...