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1.そう簡単に離したりしませんよ
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「エスメラルダ、君との婚約を解消させてもらおう」
それは唐突な申し出だった。
フェルゼン王国第一王子にして、私の婚約者であるピエドラは真剣な表情で言葉を続ける。
「エスメラルダは誰もが振り向く美人で、器量も良い。
学もあって、国民に対する愛情も深い。
僕にはもったいない、本当に素敵な女性だと思う」
「……愛を囁かれているのかしら?」
「そうじゃない。
頭のいい君ならわかるだろう。この国はあまりに脆弱だ。
今は隣国が静かだから平和に過ごせているが、それがいつまでも続くとは思えない。
もし侵攻でもされようものなら、抵抗すらできずにこの国は呑み込まれるだろう。
もし僕が王となったときにこの国が攻められたら、僕だけでなく王妃である君の命もきっと奪われることになる。
そうなるくらいならいっそ……」
「私との婚約を解消しようと?」
私の問いに、ピエドラは静に頷いた。
まったくこの男は。
今の言葉がどれだけ私を傷つけたかわからないのだろうか。
いや、きっと傷つけるとわかっていて、それでも私の身を案じてその決断に至ったのだろう。
ピエドラは優しい。
それは間違いなく彼の美点で、だからこそ私は彼に惚れたのだ。
だが、今回だけはその優しさを受け入れるわけにはいかない。
私は覚悟を決めた。
婚約解消をさせないために。
これからも彼と一緒にいるために。
「私たちの婚約は、私たちの一存でどうにかできるようなものではありません。
明らかな不祥事でもない限り、陛下も私の父である公爵も婚約解消など認めないでしょう」
「わかってる。僕が周りを説得するよ。
もちろん、婚約解消したことによって君が不利益を被らないように最大限の配慮はするつもりだ」
ピエドラの意志は固いらしい。
その表情を見ればわかる。
「……一つお聞きしてもいいかしら?」
「なんだい?」
「殿下は私のことをどうお思いになっているの?」
「愛してるよ。婚約関係がなくなったとしても、この気持ちは変わらない」
それは力強い言葉だった。
嘘偽りない、彼の本心なのだろう。
「その言葉を聞いて安心しました。
殿下が私のことを思って婚約解消を申し出たということも」
「だったら……」
「ですが、その申し出を受け入れるつもりはありません」
「なぜだ! 死んでしまうかもしれないんだぞ!」
声を荒らげるピエドラ。
彼の優しさは嬉しいが、もし私が我が身可愛さにピエドラを見捨てるような女だと思われているのだとしたら心外だ。
「死んだりしませんよ。殿下も、もちろん私も」
「この国に僕たちを守るだけの力はない。
そして悲しいことに、僕にこの現状を変えるだけの力もない。
……いきなり婚約解消なんて言われて、エスメラルダも困るよね。
周りの説得にも時間がかかるだろうし、今すぐに納得する必要はない。
だからゆっくり考えて欲しい。何が一番いい選択なのかを」
それだけ言うと、ピエドラは背を向けて立ち去っていった。
私は小さくなる彼の背を見つめながら呟いた。
「そう簡単に離したりしませんよ」と。
それは唐突な申し出だった。
フェルゼン王国第一王子にして、私の婚約者であるピエドラは真剣な表情で言葉を続ける。
「エスメラルダは誰もが振り向く美人で、器量も良い。
学もあって、国民に対する愛情も深い。
僕にはもったいない、本当に素敵な女性だと思う」
「……愛を囁かれているのかしら?」
「そうじゃない。
頭のいい君ならわかるだろう。この国はあまりに脆弱だ。
今は隣国が静かだから平和に過ごせているが、それがいつまでも続くとは思えない。
もし侵攻でもされようものなら、抵抗すらできずにこの国は呑み込まれるだろう。
もし僕が王となったときにこの国が攻められたら、僕だけでなく王妃である君の命もきっと奪われることになる。
そうなるくらいならいっそ……」
「私との婚約を解消しようと?」
私の問いに、ピエドラは静に頷いた。
まったくこの男は。
今の言葉がどれだけ私を傷つけたかわからないのだろうか。
いや、きっと傷つけるとわかっていて、それでも私の身を案じてその決断に至ったのだろう。
ピエドラは優しい。
それは間違いなく彼の美点で、だからこそ私は彼に惚れたのだ。
だが、今回だけはその優しさを受け入れるわけにはいかない。
私は覚悟を決めた。
婚約解消をさせないために。
これからも彼と一緒にいるために。
「私たちの婚約は、私たちの一存でどうにかできるようなものではありません。
明らかな不祥事でもない限り、陛下も私の父である公爵も婚約解消など認めないでしょう」
「わかってる。僕が周りを説得するよ。
もちろん、婚約解消したことによって君が不利益を被らないように最大限の配慮はするつもりだ」
ピエドラの意志は固いらしい。
その表情を見ればわかる。
「……一つお聞きしてもいいかしら?」
「なんだい?」
「殿下は私のことをどうお思いになっているの?」
「愛してるよ。婚約関係がなくなったとしても、この気持ちは変わらない」
それは力強い言葉だった。
嘘偽りない、彼の本心なのだろう。
「その言葉を聞いて安心しました。
殿下が私のことを思って婚約解消を申し出たということも」
「だったら……」
「ですが、その申し出を受け入れるつもりはありません」
「なぜだ! 死んでしまうかもしれないんだぞ!」
声を荒らげるピエドラ。
彼の優しさは嬉しいが、もし私が我が身可愛さにピエドラを見捨てるような女だと思われているのだとしたら心外だ。
「死んだりしませんよ。殿下も、もちろん私も」
「この国に僕たちを守るだけの力はない。
そして悲しいことに、僕にこの現状を変えるだけの力もない。
……いきなり婚約解消なんて言われて、エスメラルダも困るよね。
周りの説得にも時間がかかるだろうし、今すぐに納得する必要はない。
だからゆっくり考えて欲しい。何が一番いい選択なのかを」
それだけ言うと、ピエドラは背を向けて立ち去っていった。
私は小さくなる彼の背を見つめながら呟いた。
「そう簡単に離したりしませんよ」と。
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