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6.調理室にて

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「失礼します」

「須藤君、いらっしゃい」

 西日の差し込む調理室では、既に美咲が待っていた。
 放課後になり、トイレに寄った以外はまっすぐここへ向かったのだが、どうやら美咲のほうが早かったらしい。

「今日は家庭科部の活動は休みなのだけれど、普段から鍵は私が管理しているから、部室代わりに使わせて貰ってるの」

「そうなんだ」

 家庭科部に所属していることは知っているが、実際に活動しているところを見たことはない。
 調理室を使用するということは料理もするのだろうが、美咲は得意なのだろうか。
 是非とも、美咲の手作り料理を食べてみたいところだ。

「ねえ、須藤君。
 今日は何の日か知ってる?」

「えっと。
 バレンタインデー、かな」

 懐かしいこのやり取り。
 去年はスーパーで売っている安物だった。
 だが、今日は教室ではなく、こうしてわざわざ調理室まで呼び出されたのだ。
 もしかしたら、手作りチョコを貰えるのかもしれない。

「正解よ。
 正解した須藤君には、これをあげるわ」

 そう言って差し出されたのは、丁寧にラッピングされたチョコだった。

「ありがとう!
 まさか、手作り?」

「昨日、部活のときに作って、ここに置いておいたの」

 もしかしたらと期待はしていたが、本当に手作りチョコを貰えるとは。
 朝の茶封筒でモヤモヤしていたことなど、すっかりどうでも良くなってしまっていた。

「今日はもう一つ用事があるの」

 浮かれていた俺は、突然真面目な声を出した美咲を見つめた。
 元々凛々しい美咲だが、なんだかいつになく凛としているというか。
 いや、これは緊張して表情が強ばっているのか?

「須藤桂馬君。
 あなたのことが好きです。
 私と付き合ってください」

 その言葉に、俺の思考は停止した。

 何事もそつなくこなしてしまう美咲が、頬を染めて立っている。
 夕日に照らされている少女の姿は儚くて、思わず魅入ってしまいそうになる。

 俺は今、告白されたのか。
 目の前に佇む、この少女に。

 胸の中が熱くなり、頭は真っ白だ。
 嬉しい、はずだ。
 相手はこれまで密かに思いを寄せていた相手なのだから。
 だが、気持ちがまだ追いついてこない。
 強すぎる衝撃に、混乱してしまっている。

 なかなか返事をしない俺に、美咲は不安そうな視線を向けてくる。
 ああ、そんな顔をしないで欲しい。
 早く何か言わなくては。

「お、俺も寿野さんのことが好きでした!
 だからその、よろしくお願いします!」

 上ずった声で、どうにか答える。
 ビシッと格好良く答えたいところだったが、そんな心の余裕はなかった。

「ふふっ。
 嬉しいわ」

 告白の返事すら格好つかないことを恥ずかしく思ったが、柔らかく微笑む美咲の表情を見たら、それでもいいかと思えた。

「須藤君、その……。
 ちょっと抱き締めてもいいかしら?」

「えっ!?
 うん、もちろん。
 ど、どうぞ」

 ぎこちなく手を広げる俺の腕の中に、美咲が入ってくる。
 背中に手を回してくる美咲を真似て、俺もそっと美咲の背中に手を回す。

 細くて、柔らかい。
 力を入れたら折れてしまいそうだ。
 これが女子の、美咲の身体なのか。

「……やっぱり、生の匂いは堪らないわね」

「ん?
 何か言った?」

「いえ、何にも。
 私今、とっても幸せだわ」

「俺も。
 寿野さんと付き合えるなんて、夢みたいだ」

「美咲でいいわ。
 私も桂馬って呼んでいいかしら?」

「もちろん。
 美咲……」

「桂馬……」

 茜色の室内で、俺たちは下校のチャイムが鳴るまで互いの体温を確かめ合っていた。

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