6 / 7
6.調理室にて
しおりを挟む「失礼します」
「須藤君、いらっしゃい」
西日の差し込む調理室では、既に美咲が待っていた。
放課後になり、トイレに寄った以外はまっすぐここへ向かったのだが、どうやら美咲のほうが早かったらしい。
「今日は家庭科部の活動は休みなのだけれど、普段から鍵は私が管理しているから、部室代わりに使わせて貰ってるの」
「そうなんだ」
家庭科部に所属していることは知っているが、実際に活動しているところを見たことはない。
調理室を使用するということは料理もするのだろうが、美咲は得意なのだろうか。
是非とも、美咲の手作り料理を食べてみたいところだ。
「ねえ、須藤君。
今日は何の日か知ってる?」
「えっと。
バレンタインデー、かな」
懐かしいこのやり取り。
去年はスーパーで売っている安物だった。
だが、今日は教室ではなく、こうしてわざわざ調理室まで呼び出されたのだ。
もしかしたら、手作りチョコを貰えるのかもしれない。
「正解よ。
正解した須藤君には、これをあげるわ」
そう言って差し出されたのは、丁寧にラッピングされたチョコだった。
「ありがとう!
まさか、手作り?」
「昨日、部活のときに作って、ここに置いておいたの」
もしかしたらと期待はしていたが、本当に手作りチョコを貰えるとは。
朝の茶封筒でモヤモヤしていたことなど、すっかりどうでも良くなってしまっていた。
「今日はもう一つ用事があるの」
浮かれていた俺は、突然真面目な声を出した美咲を見つめた。
元々凛々しい美咲だが、なんだかいつになく凛としているというか。
いや、これは緊張して表情が強ばっているのか?
「須藤桂馬君。
あなたのことが好きです。
私と付き合ってください」
その言葉に、俺の思考は停止した。
何事もそつなくこなしてしまう美咲が、頬を染めて立っている。
夕日に照らされている少女の姿は儚くて、思わず魅入ってしまいそうになる。
俺は今、告白されたのか。
目の前に佇む、この少女に。
胸の中が熱くなり、頭は真っ白だ。
嬉しい、はずだ。
相手はこれまで密かに思いを寄せていた相手なのだから。
だが、気持ちがまだ追いついてこない。
強すぎる衝撃に、混乱してしまっている。
なかなか返事をしない俺に、美咲は不安そうな視線を向けてくる。
ああ、そんな顔をしないで欲しい。
早く何か言わなくては。
「お、俺も寿野さんのことが好きでした!
だからその、よろしくお願いします!」
上ずった声で、どうにか答える。
ビシッと格好良く答えたいところだったが、そんな心の余裕はなかった。
「ふふっ。
嬉しいわ」
告白の返事すら格好つかないことを恥ずかしく思ったが、柔らかく微笑む美咲の表情を見たら、それでもいいかと思えた。
「須藤君、その……。
ちょっと抱き締めてもいいかしら?」
「えっ!?
うん、もちろん。
ど、どうぞ」
ぎこちなく手を広げる俺の腕の中に、美咲が入ってくる。
背中に手を回してくる美咲を真似て、俺もそっと美咲の背中に手を回す。
細くて、柔らかい。
力を入れたら折れてしまいそうだ。
これが女子の、美咲の身体なのか。
「……やっぱり、生の匂いは堪らないわね」
「ん?
何か言った?」
「いえ、何にも。
私今、とっても幸せだわ」
「俺も。
寿野さんと付き合えるなんて、夢みたいだ」
「美咲でいいわ。
私も桂馬って呼んでいいかしら?」
「もちろん。
美咲……」
「桂馬……」
茜色の室内で、俺たちは下校のチャイムが鳴るまで互いの体温を確かめ合っていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ずっと隣にいます
三条 よもぎ
恋愛
「あんたなんか次の繋ぎなだけだよ」
高校生になって初めて出来た彼氏に振られた千景が体育館裏で落ち込んでいると、1歳年下の侑人に話し掛けられる。
「僕と付き合ってください。僕ならあなたを泣かせない」
しかし、ある事情からその言葉を信じられず、告白を断る。
ただそれから侑人のことが気になり始めた千景がある日、窓から隣の家を見ると侑人と目が合った。
運命かもと浮かれていた千景であったが、やがて風邪で学校を休んだ時に教えていない侑人から差し入れが届く。
疑問に思った千景が直接侑人に尋ねると……。
失恋して傷付いた女子高生が、隣の家に住む幼馴染みからの愛情にようやく気付く物語です。
本編全8話、完結しました。
妹は奪わない
緑谷めい
恋愛
妹はいつも奪っていく。私のお気に入りのモノを……
私は伯爵家の長女パニーラ。2つ年下の妹アリスは、幼い頃から私のお気に入りのモノを必ず欲しがり、奪っていく――――――な~んてね!?
【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】
階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、
屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話
_________________________________
【登場人物】
・アオイ
昨日初彼氏ができた。
初デートの後、そのまま監禁される。
面食い。
・ヒナタ
アオイの彼氏。
お金持ちでイケメン。
アオイを自身の屋敷に監禁する。
・カイト
泥棒。
ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。
アオイに協力する。
_________________________________
【あらすじ】
彼氏との初デートを楽しんだアオイ。
彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。
目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。
色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。
だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。
ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。
果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!?
_________________________________
7話くらいで終わらせます。
短いです。
途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。
教え子の甘い誘惑
hosimure
恋愛
「ねぇ、センセ。オレのものになってよ。そうしたらセンセの言うこと、何でも聞いてあげる」
そんなことを言い出したのは、アタシが勉強を教える高校の教え子くん!
アタシを困らせるだけの彼だけど、ピンチのアタシは彼の手を取るしかない…。
教師生活、どうなっちゃうのぉ~!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる