3 / 7
3.整髪料
しおりを挟む元々気になっていた美咲の存在だが、バレンタインにチョコを貰って以来、その気持ちは明確な好意へと変わっていった。
安物のチョコ一つで振り回されるなんて、自分でもどうかしていると思う。
だが、残念ながらこの気持ちを制御できるだけの精神力を、俺は持ち合わせていなかった。
俺には特技と呼べるようなものがない。
勉強も運動も中の下。
コミュニケーション能力が高いわけでもなければ、これといった趣味もない。
だからせめて、見た目だけでも気をつけようと、初めて整髪料に手を出した。
うちの高校の校則は、それほど厳しくない。
派手な染髪は注意されるが、整髪料で髪型を整えるくらいのことは黙認されていた。
クラスの人気者たちのように、ツンツンにするつもりはない。
ナチュラルな感じに仕上げる。
まあ、何がナチュラルなのか、それすらよくわかっていないのだが。
近所のドラッグストアで、匂いの強過ぎない、ネットでおすすめされていた整髪料を買った。
休日に、スマホで整髪料の使い方を調べながら、鏡の前で悪戦苦闘。
そしてどうにか不自然じゃない、けれどもこれまでの自分よりは垢抜けた雰囲気を作り出すことができた。
髪型一つで、想像よりも変わるものだ。
(俺、案外格好いいのでは……?)
そんな、ナルシストのような感想が思わずでるくらいには、満足のいく仕上がりだった。
これなら、美咲も少しは見直してくれるかもしれない。
そして休み明け。
しかし、昨日の自信はどこへやら。
周りから変に思われていないか、気になって仕方なかったが、美咲に披露したい一心で羞恥心を抑え込む。
そして教室に着くと、珍しく俺のほうから声をかけた。
「おはよう、寿野さん」
紺色のブックカバーに包まれた文庫本を読んでいた美咲は、俺の声に反応して顔をあげると、挨拶をしようとしてその眉をしかめた。
「ねえ、須藤君。
その整髪料、須藤君には合っていないわ」
その一言に、俺は殴られたような衝撃を受けた。
(まさか、似合ってなかったのか……)
自分ではいい仕上がりだと思っていた分、ショックは大きい。
「い、いやあ。
今日は寝癖がなかなか頑固で。
時間がなかったから、これで誤魔化そうと……」
引きつった笑みで、どうにか答える。
美咲に格好良く見られたかったのに、本人から否定されてしまっては、失敗もいいところだった。
美咲は「はぁ……」と溜め息をつくと、文庫本に視線を戻しながら呟いた。
「……須藤君はそんなもの使わなくても格好いいわよ」
「えっ……」
それっきり、美咲が言葉を発することはなかった。
だが、微かに美咲の耳が赤くなっているという事実が、俺の聞き間違いではないと教えてくれていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる