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3.整髪料

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 元々気になっていた美咲の存在だが、バレンタインにチョコを貰って以来、その気持ちは明確な好意へと変わっていった。

 安物のチョコ一つで振り回されるなんて、自分でもどうかしていると思う。
 だが、残念ながらこの気持ちを制御できるだけの精神力を、俺は持ち合わせていなかった。

 俺には特技と呼べるようなものがない。
 勉強も運動も中の下。
 コミュニケーション能力が高いわけでもなければ、これといった趣味もない。

 だからせめて、見た目だけでも気をつけようと、初めて整髪料に手を出した。
 うちの高校の校則は、それほど厳しくない。
 派手な染髪は注意されるが、整髪料で髪型を整えるくらいのことは黙認されていた。

 クラスの人気者たちのように、ツンツンにするつもりはない。
 ナチュラルな感じに仕上げる。
 まあ、何がナチュラルなのか、それすらよくわかっていないのだが。

 近所のドラッグストアで、匂いの強過ぎない、ネットでおすすめされていた整髪料を買った。
 休日に、スマホで整髪料の使い方を調べながら、鏡の前で悪戦苦闘。
 そしてどうにか不自然じゃない、けれどもこれまでの自分よりは垢抜けた雰囲気を作り出すことができた。
 髪型一つで、想像よりも変わるものだ。

(俺、案外格好いいのでは……?)

 そんな、ナルシストのような感想が思わずでるくらいには、満足のいく仕上がりだった。

 これなら、美咲も少しは見直してくれるかもしれない。

 そして休み明け。
 しかし、昨日の自信はどこへやら。
 周りから変に思われていないか、気になって仕方なかったが、美咲に披露したい一心で羞恥心を抑え込む。

 そして教室に着くと、珍しく俺のほうから声をかけた。

「おはよう、寿野さん」

 紺色のブックカバーに包まれた文庫本を読んでいた美咲は、俺の声に反応して顔をあげると、挨拶をしようとしてその眉をしかめた。

「ねえ、須藤君。
 その整髪料、須藤君には合っていないわ」

 その一言に、俺は殴られたような衝撃を受けた。

(まさか、似合ってなかったのか……)

 自分ではいい仕上がりだと思っていた分、ショックは大きい。

「い、いやあ。
 今日は寝癖がなかなか頑固で。
 時間がなかったから、これで誤魔化そうと……」

 引きつった笑みで、どうにか答える。
 美咲に格好良く見られたかったのに、本人から否定されてしまっては、失敗もいいところだった。

 美咲は「はぁ……」と溜め息をつくと、文庫本に視線を戻しながら呟いた。

「……須藤君はそんなもの使わなくても格好いいわよ」

「えっ……」

 それっきり、美咲が言葉を発することはなかった。
 だが、微かに美咲の耳が赤くなっているという事実が、俺の聞き間違いではないと教えてくれていた。

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