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20.受付嬢リューシュ

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 レイストは突如生まれたダンジョンを中心にできた街だ。
 冒険者が、商人が、貴族が。
 皆が名声や財、地位を求めてこの地に集まった。
 人の欲の力は絶大だ。
 作物もろくに育たない不毛の地に、一年足らずでこれだけの街を築き上げてしまうのだから。
 そして未だその欲は衰えることなく、規模を大きくしている。

 昼下がり。
 俺はレイストの街並みを眺めながら、一人大通りを歩いていた。
 いつもならダンジョンに潜っている時間に、こうして街を歩いていると不思議な気分になる。

 冒険者にも休息は必要だ。
 ソロで活動していたときも適度に休息日を作るようにしていた。
 ミリアともパーティーを組むに当たって、適宜休息日を設けるよう話し合っている。
 そして、ポーションでほとんど治っているものの、第五階層攻略で負った怪我の療養も兼ねて今日は休息日とすることにした。

 正直、ダンジョンに潜らなくてほっとしている自分がいた。
 ミリアとパーティーを組んでからというもの、これまで悩みもしなかったことでつまずいている気がする。
 別に、ミリアとパーティーを組んだことを後悔しているわけではない。
 ミリアのお陰で【斬魂】を活かせるようになったし、二人で勝利を分かち合うのは今までにない満足感を与えてくれる。

 だがその一方で、己の弱さを突きつけられるのだ。
 天恵を使えるようになって、それでも晒される力ない自分。
 何度もミリアを危険な目に遭わせてしまった。
 ミリアが傷つく度に、己の無力さを嫌というほど理解させられる。
 それでも強くなろうと足掻いても、ミリアを守るどころか守られてしまう始末。

 一人だった頃は、こんな気持ちになることはなかった。
 自分が傷つくのは耐えられる。
 しかし、仲間が傷つくことがこんなにも辛いものだなんて思いもしなかった。

 俺はどうしたらいいのだろう。
 そんな暗い思考が、もう幾度も頭の中に浮かんでは消えている。

「ふう……」

 気分を変えようと、俺は周囲に気を向けた。
 ダンジョンを中心にできた街という、冒険者が数多く生活する場所でありながら、視界の中にほとんど冒険者の姿はない。
 それはそうだろう。
 今頃皆ダンジョンで精を出しているはずであるのだから。

 子供たちの元気な声が聞こえる。
 人が住み始めて一年足らずのこの地にいるのだから、レイスト出身ということはあるまい。
 商人の両親にでも連れてこられたのだろう。
 知人などいないだろうに、新たな地でもすぐに他の子と仲良くなってしまう。
 子供というのはすごいものだ。

 俺はたった一人の仲間のことですら、どうしたらいいか悩んでいるというのに。

「駄目だ、駄目だ……」

 気がつくと、すぐに思考が戻ってしまう。
 せっかくの休息日だというのに、これでは休まるものも休まらない。
 とはいえ、だからといってどうすることもできないのだが。

「ん?あれは……」

 通りの少し先で、何やら騒いでいる男たちがいた。
 体格や風貌からいって冒険者だろう。
 赤らんだ顔から察するに、昼間から随分酔っているらしい。
 通行人が男たちを避けるように歩いているのを見ると、同業者として少し恥ずかしい気持ちになる。

 男たちはナンパでもしているのか、一人の女性を囲んでいるようだった。
 男たちの影になって顔は見えないが、荒くれ者の男たちに取り囲まれるのは、それなりの恐怖を伴うだろう。

 俺と同じようにチラチラと視線を向けている人はいるが、誰も助けに入ろうとはしない。
 それも仕方ないだろう。
 赤の他人のために、そこまでする義理はない。
 一般人が酔っ払った冒険者に突っかかっていって、無傷で済むはずがないのだから。

(助けにいくか? でもなあ……)

 このところ誰かを助けようとして上手くいった記憶がない。
 ゲイリューダが背後からエイラを襲おうとしたのを助けようと飛び出したときは、結局無駄足になり笑い者になった。
 ゲイリューダからミリアを庇おうとしたときは、手も足も出ずに、結局エイラに助けられた。

 俺が出ていったところで助けられるとは限らない。
 相手は酔っていても冒険者だ。
 ゲイリューダのときみたいに返り討ちにあうかもしれない。

「あっ……」

 そんなことを考えているうちに、男たちは女性を囲んだまま路地裏へと入っていってしまった。
 人目のないところに行ってしまっては、もう誰かが助けにはいることを期待することはできないだろう。

「くそっ!」

 俺は慌てて走り出した。

(恥をかくとか、返り討ちにあうとか知ったことか!
 今行かなきゃ、あとで絶対後悔するっ!)

 飛び込むようにして路地裏に身を踊らせる。
 するとそこには、予想外の光景が広がっていた。
 
 結論から言うと、やはり俺の行動は無駄足だったらしい。
 飛び込んだ路地裏には、地面にひっくり返って泡を吹いている男たちと、その中心に立つ若草色の髪をした女性がいた。

「リューシュ……」

 それは冒険者ギルドの受付嬢、リューシュだった。

「まあ、アレクさん。これはお恥ずかしいところを……」

 失神する男たちに囲まれながら恥じらう姿というのはなんともシュールだ。

「女性が男たちに囲まれて路地裏に入っていくのが見えたから慌てて来たんだが、どうやら無用な心配だったみたいだな」

 さすがは冒険者ギルドの受付をしているだけのことはある。
 リューシュの経歴を知っているわけではないが、恐らく前線で活躍していた元冒険者なのだろう。
 酔っ払いなど、相手にすらならないらしい。

「いえ、そんなことは。お気遣いありがとうございます」

 相変わらず事務的な笑みを浮かべるリューシュに思わず苦笑する。

「それじゃあ、俺はもう行くわ」

 結局無駄足だった。
 世界は俺の助けなど求めていないのだろう。
 そんな馬鹿なことを考えながら、リューシュに背を向ける。

「あの、アレクさん」

「ん?どうした?」

「アレクさんはこの後何かご予定が?」

「いや、とくにないが……」

「でしたらせっかくお会いしたことですし、よかったらお茶でもしませんか」
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