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5.二人の天恵

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 翌日、早速ミリアとダンジョンへ潜ることになった。
 ミリアはまだレイストのダンジョンへ潜ったことがないので、挑むのは第一階層のホブゴブリンだ。
 ここなら、たとえ俺とミリアの天恵との相性が悪くても、天恵なしの俺一人で倒しきることができるので、不慮の事故が起こることもないだろう。

「ミリアの天恵はどういうものなんだ?」

「私は【縛鎖】という天恵を授かっています」

「【縛鎖】?初めて聞く天恵だな。固有天恵か」

 天恵には大きく分けて二種類ある。
 一般天恵と固有天恵だ。

 一般天恵は、複数の人が授かっている、ありふれた天恵のことである。
 一方固有天恵は、特定の個人のみが有する、唯一無二の天恵のことを指す。
 この世界の大多数の人は、一般天恵と呼ばれるような、凡庸な天恵を授かっており、固有天恵を授かっている者の数はそれほど多くない。

 一般天恵と固有天恵。
 どちらが優れているということはない。
 一般天恵は尖った恩恵があるわけではないが、ありふれている分、天恵の使用に関する研究が進んでおり、汎用性に優れている。
 対する固有天恵は、突き抜けた性能を有することが多いが、その分使用に際して制約が多く、満足に行使することができないということも珍しくない。

「【縛鎖】は、すべての生命体の動きを二分間、完全に封じることができるという天恵です」

「動きを完全に封じるって……。本当にそんなことができるんだったら、魔物なんて倒し放題じゃないか」

 動くことのできない魔物など、ただの的だ。
 絶対安全な状態から、一方的に攻撃を加えることができる。
 ただ単純に強力な攻撃ができるようになるタイプの天恵など比べ物にならないほど、凶悪な天恵だといえるだろう。

「ですが制約もあって。発動するには、対象に直接触れている必要があるんです。
 そして、動きを封じることのできる対象は、同時に一つまで。さらに、一日の使用回数は二回しかありません」

 ああ、なるほど。
 確かにそれではいくら相手の動きを完全に封じるという強力な天恵であっても、普通のダンジョンでは役に立たないだろう。
 まず相手に直接触れるという発動条件だが、触れるという行為自体に危険が伴う上に、対象とミリアの距離が近すぎて、仲間が攻撃をしにくい。
 武器であれ、魔法であれ、攻撃する際に常にミリアを巻き込む危険が伴うため、慎重にならざるをえない。

 そして同時に天恵を行使できる対象が一つというのも、なかなかに厳しい。
 通常のダンジョンにある迷宮部では、徘徊する魔物と遭遇することがある。
 その際に魔物が一体だけであればいいが、複数体で行動していることもしばしばだ。
 相手の数が多ければ多いほど、一体の動きしか封じることのできない【縛鎖】の効果はその意味を失ってしまう。

 最後に発動回数の少なさ。
 通常のダンジョンに一日潜るとすると、魔物との遭遇が二回しかないということはまずありえない。
 戦闘になるたびに使用していたら、一刻も経たずに使い切ってしまうだろう。

 この天恵なら、ミリアがレイストに来たのも納得だ。
 なにせここのダンジョンは、ボスしか出ない。
 つまり、他の魔物のことを気にせず、ボスの動きを封じることだけに専念できる。
 使用回数についても、ボスにのみ使用すればいいだけなので、迷宮部のあるダンジョンを探索して徘徊する魔物に使用するより、よっぽど使用回数の管理がしやすい。

 ミリアにとってレイストは、本来の力を発揮できる理想的な環境になるに違いない。
 そしてそれは、ミリアの話を聞いた今この瞬間、俺にもいえることだった。

「アレクさんの天恵はなんですか?」

「俺が授かっているのは【斬魂】っていう、固有天恵だ」

「アレクさんも固有天恵だったんですね」

 あまり見かけない固有天恵所持者に出会えたことがうれしいのか、ミリアの瞳が輝いた。

「まあな。【斬魂】は、すべての生命体の魂を一撃で消滅させる斬撃を放つことができるようになるっていう天恵だ」

「魂を消滅……。魂が消滅すると、どうなるんですか?」

「死ぬ。人だろうが、魔物だろうが、魂が消滅すれば必ず死ぬ。文字通り、一撃必殺だ」

「一撃必殺……。必ず相手を倒せる天恵なんて、初めて聞きました。そんなに強い天恵ということは、やっぱり制約が厳しいのですか」

「そういうことだ。
 まず、斬撃を放つために、刃物の武器が必要になる。まあ、どこまでが武器として天恵に認められるか、俺も全てを把握しているわけじゃないが、普通の直剣はもちろん、ナイフなんかでも発動することは家畜相手に確認済みだ。
 ただ、斬撃の届く範囲は、使用した武器の刃渡りと同等だから、ナイフだと相手の懐まで入る必要があるけどな」

 他にも、包丁や斧なんかでも発動することは確認している。
 鞭のような、刃のない武器はさすがに無理だったが、それでも使用できる武器の範囲は十分に広いだろう。

「普通の直剣でいいのなら、ダンジョンに潜る分にはそれほど厳しい制約ではないですね。ということは他にも?」

「ああ。次に、武器破壊だ。【斬魂】を発動した武器は、使用後に塵になって消滅しちまうんだ」

 それはもう、見事なほどだ。
 武器の素材や強度は関係ない。
 刀身だけではなく、柄まできれいに崩れ去り、散ってしまう。
【斬魂】を使用すると、俺は即座に丸腰になってしまうというわけだ。

「それは確かにつらいですね。でも、ナイフでもいいのなら、安いものを大量に買い込んでおけば、対処できませんか?
 ナイフなら、攻撃を当てるのは大変かもしれないですけど、直剣なんかと比べると小さくて、持ち運びにもかさばりませんし」

「それはそうなんだが、ミリアの【縛鎖】と同じで使用制限があって、な。【斬魂】は一日に二回しか使えない」

 二回しか使えないとなると、出会った魔物に端から【斬魂】を発動するというような使い方はできない。

「そして最後に。これが一番厄介なんだが。【斬魂】を発動させるには、不動状態で一分間精神統一をする必要があるんだ」

 この精神統一が、最大のネックだ。
 命のやり取りをしている最中に、相手の目の前で一分間棒立ちにならなくてはいけないのだ。
 そんなもの、好きに攻撃してくれと言っているようなものである。
 パーティーを組んで仲間にフォローしてもらおうにも、刃の届く範囲に魔物を一分間もとどめておくのは、なかなかに難しい。
 仮にできたとしても、そんなことができるほど実力に差があるのであれば、わざわざ【斬魂】を発動させる必要はないだろう。

 俺はこの制約のせいで、満足に天恵を発動できずにいた。
 敵を倒すことに特化した天恵。
 それなのに、敵の前では使えない。
 そのジレンマが、俺の魂を蝕んでいた。

 冒険者になったものの、ろくに天恵も使えない。
 そんな俺を嘲笑うかのように、他の冒険者たちは自身の天恵を活用して、ダンジョン攻略を進めていった。
 その姿が眩しくて、羨ましくて、そして妬ましかった。

 どうして自分の天恵はこんな役立たずなんだろう。
 冒険者をやめようかと考えたことも一度ではない。
 だが、それでも必死で食らいついてきた。
 他の冒険者から馬鹿にされても、負けずにダンジョンへ潜り続けた。

 それは、ただの意地だったのかもしれない。
 自分だって、立派な冒険者なのだと証明したかったのだ。

 魔物を倒した時の高揚感。
 戦利品を手にした時の達成感。
 朝まで飲み明かした時の多幸感。

 あまりに俗物的な理由である。
 だが、それが俺の憧れた冒険者だ。

 どんなに弱くても、冒険者でいる瞬間は、生きている感じがした。
 それは熱く、燃え上がるような魂の煌めき。

 冒険者が、冒険者こそが俺の生きる道だと、魂からそう思えた。
 だからこそ、ここまで諦めずに生きてくることができたのだ。

 そしてついに、俺は出会うことができた。
 ミリアという、自身の天恵を活かしてくれるかもしれない存在に。

 俺は真剣な表情でミリアを見つめた。

「ミリアの天恵を聞いて確信した。
 お前の天恵は他のダンジョンでは確かに使いにくい天恵だったのかもしれない。
 だが、レイストならその力を十分に発揮できるはずだ。ギルドで仲間を募れば、間違いなく引っ張りだこになるだろう。
 それこそ、上位のパーティーからだって勧誘されるかもしれない。
 だから、今日だけでいい。今日だけは俺のパーティーメンバーでいてくれ」

 それは、不意に襲った不安を誤魔化すための言葉。
 ミリアの【縛鎖】は、俺の【斬魂】にとって必須といっても過言ではない天恵だろう。
 だが、【縛鎖】の有用性は俺に対してだけではない。
 強力な一撃を所持しているパーティーなら、ミリアは喉から手が出るほど欲しい人材だろう。
 もしミリアがどこかのパーティーに所属してしまったら、もうミリアとパーティーを組むことはないかもしれない。
 そうなればこの先、【斬魂】を敵に対して使うことはきっとないだろう。
 それならば、今日だけは。
 一度だけでいい。
 自分の全力を、魂がたぎるような一撃を、ひりつくような高揚感を味わってみたい。
 挫けずに続けてきた冒険者としての俺が、いつかたどり着くだろう景色を見てみたい。

 もしその景色を見ることができたのなら、俺はこれから先もそのときの高揚感を思い出して生きていけるだろう。

 突然雰囲気の変わった俺の様子に戸惑っていた様子のミリアは「はあ……」とため息をつくと、ゆっくりとその口を開いた。

「アレクさんは意外とお馬鹿さんだということが分かりました」

「なっ!」

 侮蔑ともとれるその言葉と裏腹に、ミリアは顔に笑みをたたえていた。

「ほら、早く行きましょう。置いて行っちゃいますよ」

 そう言って歩き出したミリアの魂は、心なしか煌めいているように見えた。
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