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4.金髪碧眼のミリア

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 ダンジョンからの帰り道。
 ドロップ品の換金を行うために、俺は冒険者ギルドへと向かった。

 戦闘の内容はともかく、初めてボスを倒した記念日であることに違いはない。
 それにレイストに来た記念日でもある。
 金はないが、精々派手に安酒でも飲み明かしてやろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、冒険者ギルドの前にたたずむ一人の少女が目に入った。
 背中まで伸ばした艶やかな黄金色の髪。
 透き通るような白い肌。
 背はそれほど大きくない。
 俺より頭一つは小さいだろう。
 大きな碧眼の瞳はまっすぐにギルドの方を見つめていた。

(ギルドに何か依頼でもしにきたのか?)

 冒険者ではないだろう。
 小柄で、武器を振り回す力はなさそうに見える。
 なにか戦闘用の天恵を所持している可能性はあるが、少女の魂は冒険者特有の荒々しいものではなく、穏やかで温かなものだった。

 天恵の副次効果によって、見えるようになった魂。
 魂はその生き物の本質を映し出す。
 そこに一切の嘘は存在しないということを、これまでの経験から理解していた。

 少女は恰好こそ冒険者のような軽装備をしているが、旅装束に見えないこともない。
 おそらく、近くの集落から依頼をしに来たところなのだろう。

 冒険者といえば、武器を片手に魔物と戦うような奴らだ。
 初めて冒険者ギルドに来たのだとしたら、その威圧的な姿を見て緊張してしまうのも無理ない。

「ギルドになにか用か」

 それはほんの気まぐれだった。
 初めてのボス討伐で気分が良かったのかもしれないし、あるいはレイストでも変われない自分を誤魔化したかっただけなのかもしれない。

 突然声をかけられた少女は一瞬ビクッと身体を揺らしたが、俺を見ると落ち着いた様子で口を開いた。

「今日初めてレイストに来たので、緊張してしまって」

「何か依頼でもあるのか?」

「あっ、いえ、違います。私これでも一応冒険者なんです。見えないかもしれないですけど……」

 少女は自嘲するように笑った。

(同業者だったか)

 本人は小柄であるが故に冒険者ではないと判断されたと思っているようだが、それは違う。
 こんなに穏やかな魂の持ち主が、争いを好むとは思えない。
 だから冒険者ではないと判断したのだが、本人が冒険者だと言うのならそうなのだろう。
 きっと、冒険者にならざるを得ない理由があったのだと思う。
 気にはなるが、追及はしない。
 初対面であるし、何より冒険者同士での過剰な過去の詮索はご法度だからだ。

「悪かったな。俺はアレク。俺も今日初めてここに来た冒険者だ」

「ミリアです。アレクさんも他から来た方だったんですね」

「ああ。前はワーズで冒険者をしていたんだが、普通のダンジョンだと俺の天恵と相性が悪くて、な。
 ここのダンジョンはボス部屋しかないって聞いたから、試してみようと思って」

(結局ここでも天恵を使う余裕はなかったが)

 そう思うが、口には出さない。
 わざわざ言うようなことでもないだろう。

 そこはかとない虚しさが沸き上がったが、一方のミリアはその大きな瞳を輝かせた。

「私も、私もです!私の天恵も少し特殊で、普通のダンジョンではあまり役に立たなくて……」

「そうなのか?」

「そのせいでパーティーも組めなかったんです。
 というより、他の人の足を引っ張るのが申し訳なかったから組まなかった、といった方が正しいかもしれませんね」

 こいつも俺と同じなのか。
 俺は何も自分だけが天恵に恵まれなかったと悲観していたわけではない。
 他にも同様の境遇の者がいるということは理解していた。
 だが、実際に同じ立場の者に出会えたということが、ただ純粋に心に響いた。

「レイストなら私の天恵も役に立つかもしれない。
 お荷物じゃなくて、対等なパーティーを組めるかもしれないと思って来たんですけど……。
 いざ、ギルドを前にしたら、不安になってきてしまって。
 冒険者なのに、駄目ですね」

「なら、俺と組まないか」

 その言葉は、自然と口からこぼれた。

 これはただの傷の舐めあいなのかもしれない。
 冒険者として、天恵に恵まれなかった者同士の、劣等感の誤魔化し合い。

 ミリアの天恵がどんなものかは知らない。
 もしかしたら、俺との相性は最悪かもしれない。

 それでも、たとえ一時であったとしても、俺はミリアとパーティーを組みたいと思った。
 互いに何も知らない今この瞬間ならば、少なくとも対等の関係でパーティーを組めるから。

 いつも近くで眺めることしかできなかった、ガリスたち<覇者の導>の姿に憧れた。
 互いを信頼しあい、背中を預けることができるその関係に。

 わずかな間だけでいい。
 俺は夢が見たかった。

「もちろんお試しで構わない。ミリアが嫌になったら、それで解散でいい。
 だから、一回でいいから俺とダンジョンに潜ってみないか」

 ミリアは驚いているようだった。
 それはそうだろう。
 出会って少し言葉を交わしただけの相手から、いきなりパーティーの勧誘を受けたのだから。

 しばしの沈黙が二人の間を流れる。

 のどが渇き、変な汗が背中を伝う。
 それほどまでに緊張している自分に気がつき、俺はおかしくなった。
 先ほど、ホブゴブリンと闘っていた時でさえ、これほど精神を張り詰めていなかっただろう。
 だが、それだけ俺は真剣だった。
 目の前にいる穏やかで温かな魂を持った少女、ミリアとパーティーを組みたいと思っていた。

 考えこんでいたミリアだったが、決心がついたのかまっすぐに俺の瞳を見つめると、口を開いた。

「お試し、でしたら。私の天恵がここのダンジョンで通用するかわかりませんし、もしアレクさんが私のことを役に立たないと判断したら、その時は解散しましょう」

 決して綺麗なものではない。
 互いに他者に対して劣等感を抱いていた。
 予防線を引かなければ、パーティーすら組めないような臆病者。
 それでも、たとえ歪で、仮の関係であったとしても、今日ここでパーティーを組めたことが、俺は嬉しかった。
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