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2.新天地レイスト

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「ここがレイストか……」

 乗合馬車に揺られること一月。
 レイストへとたどり着いた俺は、その光景を見て感嘆した。

 俺が知識として知っているレイストとは、作物の育ちにくい荒れた大地である。
 そんな土地が栄えるはずもなく、いくつか小さな集落が点在するだけだと聞いていた。

 だが、今目の前に広がっているのは、人々で賑わう立派な街だ。
 大きな建物こそ少ないが、その数は中規模都市のそれと比較しても遜色ないだろう。
 立ち並ぶ建物はまだまだその規模を広げているようで、街の外れでは大工たちの威勢のいい声が飛び交っている。

「これがダンジョンの影響か……」

 冒険者がダンジョンへと潜るのは、なにも己の闘争心や探求欲を満たすためだけではない。
 ダンジョンから発掘される資源。
 それを見つけることも、冒険者の目的の一つである。

 魔物を倒すことで手に入る、魔力が凝縮された石、魔石は武器や魔道具などの材料として使用される。
 また、ダンジョン内で見つかる宝箱からは、神代の遺物といわれる、現代の技術では再現不可能な品々が発見されることもあり、物によっては国宝として取り扱われることもあるという。

 そんな貴重な資源を求めてダンジョンに集まるのは、一獲千金を狙う冒険者だけではない。
 商人や貴族など、数多の人々がその恩恵を求めて集うのだ。
 その規模は大きく、不毛の地に過ぎなかったレイストに、ほんの数か月で街ができてしまうほどである。

 人々の喧騒に包まれながら、俺は目的の場所へと足を進めた。

「こりゃまた、立派な建物じゃねぇか」

 街の中心部の一角に建つ、五階建ての建造物。
 石造りであるその建物には、交差する二本の剣が描かれた特徴的な看板がかかっている。

 冒険者ギルド。
 冒険者活動の支持母体であり、国を跨いでその規模を広げている、超巨大組織である。
 冒険者がダンジョンで手に入れた素材の換金や、貴族などの権力者から優秀な冒険者を守ることが冒険者ギルドの主な役割だ。
 物によっては国家間のバランスさえも崩しかねない神代の遺物。
 そんなものを手に入れることのできる優秀な冒険者は、是非とも囲っておきたいと考えるのも当然だろう。
 冒険者ギルドができる以前は、そんな権力者に目をつけられた冒険者たちが、無理難題を課せられ、擦り切れるまで使い潰されてしまっていた時代もあるらしい。
 そんな冒険者たちを守るために、立ち上げられたのが冒険者ギルドである。

 冒険者ギルドの設立によって、冒険者ギルドに所属する全ての冒険者はその庇護下に置かれることとなった。
 冒険者ギルドが権力者と冒険者の間を仲介することによって、冒険者がいたずらに命を落としてしまうことを防ぐことができるようになったのだ。
 それだけではない。
 これまでは個人の実力頼りだった冒険者活動だが、冒険者ギルドが支援することによって、新人の育成や、パーティー結成の斡旋など、ダンジョン攻略もより効率的にできるようになったのである。

 冒険者ギルドは瞬く間にその規模を拡大し、現在では国ですら無視できないほどの規模へと成長した。

 スイングドアを通り抜けると、冒険者ギルドの中は想像したよりも人影が少なかった。
 まだ昼過ぎだ。
 冒険者の多くは、ダンジョンに潜っている最中なのだろう。

 俺は壁の掲示板に貼られた依頼書を遠めに眺めながら、入口正面奥にある受付へと向かった。

「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか」

 事務的な笑みを浮かべている受付嬢へと視線を向けた。
 目鼻立ちの整った、作り物のような美しい顔立ち。
 流れるような若草色の髪から覗く、特徴的な長耳。
 エルフだ。

 俺はワーズの冒険者ギルドしか知らないが、そこの受付嬢も美人だった。
 どうやら、冒険者ギルドの受付嬢はどこも美人であるという、酒場で恒例の噂話は本当らしい。

 そんな美人な受付嬢であるが、血の気の多い冒険者の相手をする者が美しいだけのわけがない。
 基本的に受付に座れるのは一線で活躍していた元冒険者であり、その実力は折り紙付きだ。
 その美貌に目が眩む程度の、ありふれた冒険者が手を出そうものなら、返り討ちにあうのは火を見るより明らかだろう。

 そして悲しいかな、俺は手も足も出ない、ありふれた冒険者の一人に過ぎない。
 目の保養はさせてもらうが、痛い思いをするとわかっていて、それ以上関わりたいとは思えなかった。

「ワーズから来たんだ。これからここで世話になるから、挨拶にと思ってな」

 そう言って懐から一枚の金属板を取り出した。
 鈍色に輝くそれには、俺の冒険者としての情報が刻み込まれている。
 いわゆる冒険者カードと呼ばれる、身分証のようなものだ。

 この冒険者カードだが、これもダンジョンから発掘された神代の遺物である。
 正確には、神代の遺物は冒険者カードとして利用されている金属板を生み出す、魔道具の方だが。
 なんでも、その魔道具によって生み出された金属板は、一つとして同じものがないらしい。
 どうして同じものがないとわかるのかといえば、同じく神代の遺物として発掘された物の中に、それら金属板を鑑別できる魔道具もあったからだ。

 金属板製造の魔道具は、冒険者ギルド本部に一台しか存在していないが、鑑別の魔道具の方は現代の天才魔術師の手によって、すでに製造が可能となっている。
 そのため、今では各地の冒険者ギルドに鑑別の魔道具が設置されており、冒険者カードとして使用している金属板で本人確認ができるのだ。

 金属板を受け取った受付嬢は、冒険者カードを白色の台の上に置いた。

「……アレクさんですね、確認できました。ようこそ、レイストへ」

 相変わらず事務的な笑みを浮かべる受付嬢から冒険者カードを受け取る。
 まずはダンジョンの下見にでも行くとしよう。
 噂のボス部屋で自分の天恵が通用するのかどうか。

 俺はほのかな期待を胸に、ダンジョンへと向かった。
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