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186話 幕間 羽化 2

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「メサリエル様、片付けを終えました」

「ご苦労様です」
 メサリエル様は一瞬こちらを見たが、またすぐにリルト様を見つめる。


「リルト様は…あの症状は一体?」

「"創造錬金"です。
 リルト様は人間の限界を超えた精神力でその技を使われ、結果魔力が暴走を起こし焼き切れた神経と脳の損傷、頭部内の血管の破裂が起きました。
 神力を宿す身体であるリルト様でなければ、今頃"心臓が動いているだけの人形"のようになっていたでしょう」


 私は寒気を覚えた。

「そ、"創造錬金術"とはそのような危険な力なのですか?」

「"創造錬金術"の"創造"とは01に変える神の御業みわざに匹敵する力です。
 もちろん今回のものはリルト様だからこそ出来た事で、通常はそのような事は出来ません」


「リルトは、そこまでの力で一体何を作られたのですか?」

「それはリルト様のおっしゃる"ネタバレ"と言うものです、完成すればご披露されるでしょう」

「そうですか…」


 一瞬の静寂の後、メサリエル様が私を見る。

「ロンドル大司教、これから…いえ、今までもその片鱗はあったかも知れませんが、リルト様の言動には理解の出来ない不自然な現象が伴う事が増えると思います」


「言われてみると確かに…何かが見えているかのように未来の事を話して言い当てられたり、何か威圧感のようなものを感じるのか、敵対していた相手が見つめられてもくしてしまったりする事は何度かお見かけしたことが」


「それはリルト様が無意識のうちに神力を行使しているからなのです。
 今回の事故からの回復でリルト様の精神は一段階人の限界を超えた力を発するようになるでしょう、それはすなわちさらに神力を扱えるようになる、という事でもあります。
 その時に周りのものがあまり騒ぎ立てないようにフォローするように気を配って下さい」


「了解しました。
 この事はワーディル殿には?」

「話して共有して下さい。
 フォローはあなた方の見える範囲で構いませんので」


「リルト様は人の身のまま神に近づいている…という事ですか?」

「そこまで大きな変化ではありません。
 羽化しようとするサナギの隙間から蝶の模様が見える、その程度の小さな変化です」


 そう言うとメサリエル様はまたリルト様の方を向き、静かに見つめ始めた。
 メサリエル様の威圧が無いから勇気が湧いたのだろうか? 私は何度も言いたかった事を口に出してみた。


「…リルト様に、冒険者を辞めて頂く事は出来ないのでしょうか?
 私は常々思っておりました。
 リルト様のお力があれば冒険者などという危険な事をせずとも、もっと安全に日々を過ごせるのではないかと…」


 メサリエル様は憂いを帯びた目でリルト様を見ながら話す。

「ロンドル大司教、貴方は"ガイド"というスキルを知っていますか?」

「ガイド…いえ、初めて聞きました。
 どのようなスキルなのですか?」

「そのスキルを持つ者には天使が一人専任で付いて、その者の危険を知らせたり、分からない事を神託のように教えるのです」

「素晴らしいスキルですね」
 天の叡知えいちを授けられ、天使様に常に見守って頂ける人生、こんなに安心な事は無いだろう。

「ええ、ですが普通に習得する事は不可能で、転生した勇者や聖女が神より直接授けられる特別なスキルなのです」


「…なるほど。
 聖女様の伝承の一つに"精霊術士にも見えない特殊な精霊と会話出来る"と記述があった気がします」

「それはおそらくガイドスキルで天使と会話していたのでしょう」


「なるほど…そういう事だったのですね。
 それで、そのスキルが何か?」


「リルト様はそのスキルを取得出来るにも関わらず、取る事を拒否されました」

「そうなのですか…取って損の無い有益なスキルだと思いますが、何故なのでしょう?」


「私も不思議に思いましたが、後日ディメンティーナ様がおっしゃいました、
"分からない事、苦労する事を悩み乗り越える事の中にも楽しみがあるのだ"
と。
 リルト様はこの世界を楽しむ為に転生されました。
 それは貴族に産まれ安全の中で生きる事でも、平民に産まれ穏やかで波の無い中で生きる事でも無いのです。
 冒険者として時に危険に自らを晒し時に迷う、そしてそれを乗り越えてゆく…そんな事を楽しむ"せい"をリルト様はお望みなのです」


「……」


「リルト様は昇神されれば、世界の為、人の為に永きに渡り自らを捧げる大変な日々を送られる事になります。
 それまでの間、この人生の間だけでも、例え危険であってもリルト様のしたいように、自由に日々を送らせて差し上げたい。
 私はそう思うのです」

「…そうですね。
 メサリエル様のおっしゃる通りだと思います。
 我々はリルト様が自由に生きられるよう影ながらお助けする、それで良いのですね」


「はい。
 …まぁ、少し歯痒くは感じますが」




 何故か、メサリエル様を少しだけ近くに感じた。




    
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