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172話 幕間 追いかける者たち 1
しおりを挟む「おおぉ、…部下から報告は受けていましたが…本当に、本当にハイエルフに成られたのですね!
おめでとうございます!」
ここは宿屋のわしの部屋。
消音の魔道具を使っていなければ目の前にいる諜報部隊長であるコヤツの声で何が起きたかと店員が駆け込んで来そうだ。
「ありがとうのう。
ただ、いくら消音してるとは言え声を荒げ過ぎではないか?」
「し、失礼しました…
ですが、こんなに喜ばしい事はこのところ無かったものですから」
頭を下げてはいるが、顔は笑顔だ。
「…そうなるとは限らんがな…」
わしは呟く。
「…? それよりもどういたしましょう?帰国の計画を立てなければなりませんね。
どのような日程にしますか?」
(…やはりそうきたか)
「帰国は…せぬ」
笑みを浮かべたまま固まり、何を言われたのか分かっていない顔は、やがてゆっくりと驚愕した顔へ変わってゆく。
「な、何を言われているのですか?
ハイエルフに成られたのです、闘争心を失ってしまった"元老院"を率いて王を、国を導いて下さるのでしょう?」
元老院とは"自然派"に存在する数少ないハイエルフ達で構成されている機関で、時の王や中枢の者達に助言を行う為に存在する。
過去には愚王を王座から引きずり下ろし、王の代わりを勤めていた時代もある。
だが本来は自然や精霊を愛する穏やかな性格の方々で、"統率派"との長きにわたる争いに嫌気が差し、今では積極的な攻勢の政策には必ず反対意見を投じられる。
わしも現役時代には何度と無く衝突していたな…
「すまんな。
実は…進化した際に神からの啓示を受けておるのだ、わしにはやらねばならない事がある。
だから国には帰れんのだ」
「そ、そんな…」
隊長は脱力し項垂れる。
実際には神託を授かった訳では無いが、リルトと出会い我が父との御目見えを果たし進化した。
この状況自体がわしにとっては啓示に等しいのだ。
リルトの魔道具作りを助け、やがて神へと至る者の旅に同行する…素晴らしい人生だ。
わしは2通の手紙を取り出し隊長に渡す。
「これは王に、こちらは元老院の代表に渡してくれ、わしからの最後の助言が書かれている」
いずれ来る"精霊神交代"の神託について、ボカして書きながらも凶事では無いので慌てないようにといった内容をしたためた。
「はい…」
「わしは国に帰る事は出来ない、だが祖国を思う気持ちを忘れた訳では無い。
これからはオヌシが国や世界の情勢を逐一報告に来る事は無いだろうが、何か困った事があれば何時でも来るのだ、わしらは同じ木陰に産まれた家族なのだからな」
「ワーディル老…」
わしは立ち上がり近くに置いていたバッグから取り出した物を隊長に差し出す。
「これは…?」
それは漆黒に染め上げられた一枚の外套、光を反射しない燻銀の留め具には小さなオニキスがはめ込まれている。
「わしがハイエルフになった事で作れるようになった魔道具だ。
【魔法耐性】、【斬撃耐性】が付与され、その宝石に魔力を込めておけば"不可視の衣"を使う事が出来る。
わしからの最後の手向けだ、受け取ってくれ」
「こ、このような高価な魔道具を受け取れません!」
隊長は外套をわしへ差し出す。
「諜報部隊長、ヤールディラオルフェール」
「はっ」
本名を呼ばれ姿勢を正す部隊長。
「貴君のこれ迄の働きに感謝する。
そして…これからも我らが祖国を頼むぞ」
「ワーディル老…」
部隊長は外套を素早くはおり、オニキスに魔力を込める。
「ありがとうございます。
この外套を身に付け、これからも祖国の為に力を尽くす事を誓います、では…」
外套から放たれた魔力により部隊長の輪郭がおぼろげになり、薄い認識を纏い部屋を出てゆく。
「…まぁ、どうせ"精霊神交代"の神託が出たら慌ててまた来ると思うがな」
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