上 下
18 / 244

18話 町へ向けて 9

しおりを挟む

 【恐怖耐性】を習得してからは、だいぶ落ち着いて進めている。
 もちろん緊張感が完全に無くなった訳じゃないが、もうパニックに陥りそうな気配はない。

 ティナは、
「ゆっくり進んで2~3時間くらい?」
とか言っていたが、もうとっくに時間の感覚は失われているし、足元と光点に気をつけながら時間の感覚までキープするとか無理だよ。





…ヒーーン
 ふと耳に馬?か何かの鳴き声が飛び込んでくる、ビクッとしたが足を止めて深呼吸する。

(…感覚的には右前方の方から聞こえた)

 落ち着いて再度歩き出す。恐怖が先に立って、すぐ脳裏から追いやられてしまう魔道具の性能を反芻するように頭の中に思い浮かべる。



…ガサ、サササ

 右前方から聞こえる、草を掻き分ける音。
少し先の木々の間に何か茶色い物がチラチラ見える。

(…シカ?)

 光点の方向に合わせて歩いているだけだが、接近する事で、その動物の全貌が見えた。

 地球のシカとほぼ変わらない見た目だ。
枝分かれした角に茶色い体毛、腹側は少し白っぽい。
 全部で5頭いて、オス1頭にメス2頭、子供も2頭いる。
 子供はやっぱり茶色の体毛部分に白っぽい斑点があり、そこも地球のシカと同じだ。

 さっきからオレが進むたび、ガサガサと草を掻き分ける音を立てているが、草を食んでいるシカ達が、それに反応する様子はまったく無い。



 魔道具の性能を実感出来た事が、かなりの安心材料になり、そこからの歩みは快調だった。
 余裕は思考の停滞も吹き飛ばしたようで、

「そもそも、松明たいまつを落とすのが怖いなら、落とさないように工夫すればいい」

と気づき、リュックから手拭いを出し、松明たいまつを握った箇所に巻き付けた。





…ガサ、ガサガサ
 また草を掻き分ける音が聞こえた。今度は左前方だ。
 光点を確認すると、さっきと同じように側を通りそうだ。

 油断せず、でも緊張し過ぎずを心がけつつ進むと、また茶色い物見えて来た。

 やっぱり、またさっきと同じシカだ。
今度はオスメス1頭、子供1頭の3頭だ。
 すでに3~4mほどの距離まで近づいているが、やっぱり反応は無い。

(…そういえば試してなかった)

 ティナからも大丈夫と言われていたし、落ち着けた今やってみよう。

(…【鑑定】)

ーーーーーーーーーー
モリシカ
草食動物
ーーーーーーーーーー

(…草食動物。魔物じゃないって事なのか?)




…ガッ、ゴガッ

 少し立ち止まってシカを見ていると、突然オス鹿が木の幹に角を打ち付け始めた。

(…何してるんだ?)

 少し見ていると、左側の角が唐突にポロッと落ちた。

(そういえば、シカの角って生え変わるって聞いた気がする。)

 別にそれほど詳しい訳じゃないから、あっているのかは分からないけど。

 オス鹿はその後飽きたのか、右角だけ生やしたまま草を食み始めた。







 その姿をボーっと見ていた瞬間、右半身に冷水を浴びせかけられたような感覚と、血の気が引く感覚が突然襲いかかってきた。

「!はぁああぁ!」

 堪えられないまま叫び声を上げながら、右へ振り向き、そのまま硬直する。







 木々の間、5~6m離れたところから、巨大な獣の顔がこちらを覗き込んでいた。







 途切れ途切れに息を吸いながら、言うことを聞かない身体は獣をずっと見続けている。

(息をしろ!…呼吸を整えろ!深呼吸だ!)

 大きく吸っては途切れ、大きく吐いては途切れ、思い通りに動かない身体に指令を出し続け、何とか落ち着きを取り戻し始める。




 身体の硬直が解けたのを感じ、左足を一歩だけ動かす。

…ガサッ

 獣に動きは一切ない。

…ガサ、ガサッガサ

 獣の反応を見逃さぬように集中しながら、カニ歩きのように、少し左へ進む。

 やはり獣は一切反応しない。
そこに至って、ようやく思考が回り始めた。

ずっと見ていたのに、初めてかのような気分で改めて獣の姿を確認する。




 犬のようなキツネのような顔の縦高だけで2mはある? 同じくらいの大きな三角の耳、鼻は尖っていて、足腰は細い。

(見た事ある…なんだっけ?…ジャッカル?)

 地球にもかなり似た動物がいる。もちろん大きさは比べるのも馬鹿らしいけど。

 ただ、まったく違うのが色だ。
ジャッカルは薄い焦げ茶色だった記憶があるが、この目の前の獣は真っ黒だ。
 恐らく後4~5m離れたら、視認出来ない気がする。




(いつまでも立ち止まっている訳にはいかない。歩き出せ!)



 意を決して獣から視線を外し、手拭いの中が汗でぬるぬるになった左手の松明たいまつに視線を移し光点を見る。

 光点の差す方向へ身体を向け、ゆっくりと歩き出す。






 ふとさっきのシカ親子が気になり、少しだけ視線をそちらに向ける。

 …オス鹿がいない。 メスと子供は足をプルプルと小刻みに震えさせて硬直している。

 バッと獣の方を向く。

 まったく物音一つしていないのに、忽然と姿が消えている。

 周りを見渡すと、進行方向の逆、オレの家がある方向に悠然と立っている。




 片角のシカを咥えて。




(………)

(たぶん"音を消すスキル"か何かを習得しているんだろうな)

 なんだかもう、生物としての格の違いを見せつけられて、怖がるのも馬鹿らしくなり、逆に落ち着いてしまった。
 いや、ただ単に【恐怖耐性】の錬度が上がったのか?



(…【鑑定】)

ーーーーーーーーーー
ナイトワンダラー
レベル:***
ーーーーーーーーーー

(…ナイトワンダラー夜の徘徊者。やっぱり、この【フィールドダンジョン 夜の森】のボスか…)

 オレは光点を確認し、ゆっくりと歩き出す。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

とあるオタが勇者召喚に巻き込まれた件~イレギュラーバグチートスキルで異世界漫遊~

剣伎 竜星
ファンタジー
仕事の修羅場を乗り越えて、徹夜明けもなんのその、年2回ある有○の戦場を駆けた夏。長期休暇を取得し、自宅に引きこもって戦利品を堪能すべく、帰宅の途上で食材を購入して後はただ帰るだけだった。しかし、学生4人組とすれ違ったと思ったら、俺はスマホの電波が届かない中世ヨーロッパと思しき建築物の複雑な幾何学模様の上にいた。学生4人組とともに。やってきた召喚者と思しき王女様達の魔族侵略の話を聞いて、俺は察した。これあかん系異世界勇者召喚だと。しかも、どうやら肝心の勇者は学生4人組みの方で俺は巻き込まれた一般人らしい。【鑑定】や【空間収納】といった鉄板スキルを保有して、とんでもないバグと思えるチートスキルいるが、違うらしい。そして、安定の「元の世界に帰る方法」は不明→絶望的な難易度。勇者系の称号がないとわかると王女達は掌返しをして俺を奴隷扱いするのは必至。1人を除いて学生共も俺を馬鹿にしだしたので俺は迷惑料を(強制的に)もらって早々に国を脱出し、この異世界をチートスキルを駆使して漫遊することにした。※10話前後までスタート地点の王城での話になります。

『スキルの素』を3つ選べって言うけど、早いもの勝ちで余りモノしか残っていませんでした。※チートスキルを生み出してバカにした奴らを見返します

ヒゲ抜き地蔵
ファンタジー
【書籍化に伴う掲載終了について】詳しくは近況ボードをご参照下さい。 ある日、まったく知らない空間で目覚めた300人の集団は、「スキルの素を3つ選べ」と謎の声を聞いた。 制限時間は10分。まさかの早いもの勝ちだった。 「鑑定」、「合成」、「錬成」、「癒やし」 チートの匂いがするスキルの素は、あっという間に取られていった。 そんな中、どうしても『スキルの素』の違和感が気になるタクミは、あるアイデアに従って、時間ギリギリで余りモノの中からスキルの素を選んだ。 その後、異世界に転生したタクミは余りモノの『スキルの素』で、世界の法則を変えていく。 その大胆な発想に人々は驚嘆し、やがて彼は人間とエルフ、ドワーフと魔族の勢力図を変えていく。 この男がどんなスキルを使うのか。 ひとつだけ確かなことは、タクミが選択した『スキルの素』は世界を変えられる能力だったということだ。 ※【同時掲載】カクヨム様、小説家になろう様

創造眼〜異世界転移で神の目を授かり無双する。勇者は神眼、魔王は魔眼だと?強くなる為に努力は必須のようだ〜

ファンタジー
【HOTランキング入り!】【ファンタジーランキング入り!】 【次世代ファンタジーカップ参加】応援よろしくお願いします。 異世界転移し創造神様から【創造眼】の力を授かる主人公あさひ! そして、あさひの精神世界には女神のような謎の美女ユヅキが現れる! 転移した先には絶世の美女ステラ! ステラとの共同生活が始まり、ステラに惹かれながらも、強くなる為に努力するあさひ! 勇者は神眼、魔王は魔眼を持っているだと? いずれあさひが無双するお話です。 二章後半からちょっとエッチな展開が増えます。 あさひはこれから少しずつ強くなっていきます!お楽しみください。 ざまぁはかなり後半になります。 小説家になろう様、カクヨム様にも投稿しています。

Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~

天秤兎
ファンタジー
突然、何故か異世界でチート能力と不老不死を手に入れてしまったアラフォー38歳独身ライフ満喫中だったサラリーマン 主人公 神代 紫(かみしろ ゆかり)。 現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

処理中です...