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18話 町へ向けて 9
しおりを挟む【恐怖耐性】を習得してからは、だいぶ落ち着いて進めている。
もちろん緊張感が完全に無くなった訳じゃないが、もうパニックに陥りそうな気配はない。
ティナは、
「ゆっくり進んで2~3時間くらい?」
とか言っていたが、もうとっくに時間の感覚は失われているし、足元と光点に気をつけながら時間の感覚までキープするとか無理だよ。
…ヒーーン
ふと耳に馬?か何かの鳴き声が飛び込んでくる、ビクッとしたが足を止めて深呼吸する。
(…感覚的には右前方の方から聞こえた)
落ち着いて再度歩き出す。恐怖が先に立って、すぐ脳裏から追いやられてしまう魔道具の性能を反芻するように頭の中に思い浮かべる。
…ガサ、サササ
右前方から聞こえる、草を掻き分ける音。
少し先の木々の間に何か茶色い物がチラチラ見える。
(…シカ?)
光点の方向に合わせて歩いているだけだが、接近する事で、その動物の全貌が見えた。
地球のシカとほぼ変わらない見た目だ。
枝分かれした角に茶色い体毛、腹側は少し白っぽい。
全部で5頭いて、オス1頭にメス2頭、子供も2頭いる。
子供はやっぱり茶色の体毛部分に白っぽい斑点があり、そこも地球のシカと同じだ。
さっきからオレが進むたび、ガサガサと草を掻き分ける音を立てているが、草を食んでいるシカ達が、それに反応する様子はまったく無い。
魔道具の性能を実感出来た事が、かなりの安心材料になり、そこからの歩みは快調だった。
余裕は思考の停滞も吹き飛ばしたようで、
「そもそも、松明を落とすのが怖いなら、落とさないように工夫すればいい」
と気づき、リュックから手拭いを出し、松明を握った箇所に巻き付けた。
…ガサ、ガサガサ
また草を掻き分ける音が聞こえた。今度は左前方だ。
光点を確認すると、さっきと同じように側を通りそうだ。
油断せず、でも緊張し過ぎずを心がけつつ進むと、また茶色い物見えて来た。
やっぱり、またさっきと同じシカだ。
今度はオスメス1頭、子供1頭の3頭だ。
すでに3~4mほどの距離まで近づいているが、やっぱり反応は無い。
(…そういえば試してなかった)
ティナからも大丈夫と言われていたし、落ち着けた今やってみよう。
(…【鑑定】)
ーーーーーーーーーー
モリシカ
草食動物
ーーーーーーーーーー
(…草食動物。魔物じゃないって事なのか?)
…ガッ、ゴガッ
少し立ち止まってシカを見ていると、突然オス鹿が木の幹に角を打ち付け始めた。
(…何してるんだ?)
少し見ていると、左側の角が唐突にポロッと落ちた。
(そういえば、シカの角って生え変わるって聞いた気がする。)
別にそれほど詳しい訳じゃないから、あっているのかは分からないけど。
オス鹿はその後飽きたのか、右角だけ生やしたまま草を食み始めた。
その姿をボーっと見ていた瞬間、右半身に冷水を浴びせかけられたような感覚と、血の気が引く感覚が突然襲いかかってきた。
「!はぁああぁ!」
堪えられないまま叫び声を上げながら、右へ振り向き、そのまま硬直する。
木々の間、5~6m離れたところから、巨大な獣の顔がこちらを覗き込んでいた。
途切れ途切れに息を吸いながら、言うことを聞かない身体は獣をずっと見続けている。
(息をしろ!…呼吸を整えろ!深呼吸だ!)
大きく吸っては途切れ、大きく吐いては途切れ、思い通りに動かない身体に指令を出し続け、何とか落ち着きを取り戻し始める。
身体の硬直が解けたのを感じ、左足を一歩だけ動かす。
…ガサッ
獣に動きは一切ない。
…ガサ、ガサッガサ
獣の反応を見逃さぬように集中しながら、カニ歩きのように、少し左へ進む。
やはり獣は一切反応しない。
そこに至って、ようやく思考が回り始めた。
ずっと見ていたのに、初めてかのような気分で改めて獣の姿を確認する。
犬のようなキツネのような顔の縦高だけで2mはある? 同じくらいの大きな三角の耳、鼻は尖っていて、足腰は細い。
(見た事ある…なんだっけ?…ジャッカル?)
地球にもかなり似た動物がいる。もちろん大きさは比べるのも馬鹿らしいけど。
ただ、まったく違うのが色だ。
ジャッカルは薄い焦げ茶色だった記憶があるが、この目の前の獣は真っ黒だ。
恐らく後4~5m離れたら、視認出来ない気がする。
(いつまでも立ち止まっている訳にはいかない。歩き出せ!)
意を決して獣から視線を外し、手拭いの中が汗でぬるぬるになった左手の松明に視線を移し光点を見る。
光点の差す方向へ身体を向け、ゆっくりと歩き出す。
ふとさっきのシカ親子が気になり、少しだけ視線をそちらに向ける。
…オス鹿がいない。 メスと子供は足をプルプルと小刻みに震えさせて硬直している。
バッと獣の方を向く。
まったく物音一つしていないのに、忽然と姿が消えている。
周りを見渡すと、進行方向の逆、オレの家がある方向に悠然と立っている。
片角のシカを咥えて。
(………)
(たぶん"音を消すスキル"か何かを習得しているんだろうな)
なんだかもう、生物としての格の違いを見せつけられて、怖がるのも馬鹿らしくなり、逆に落ち着いてしまった。
いや、ただ単に【恐怖耐性】の錬度が上がったのか?
(…【鑑定】)
ーーーーーーーーーー
ナイトワンダラー
レベル:***
ーーーーーーーーーー
(…ナイトワンダラー。やっぱり、この【フィールドダンジョン 夜の森】のボスか…)
オレは光点を確認し、ゆっくりと歩き出す。
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